夜の空に息と共に白い煙が立ち込める。学園の裏側に立つ棟の屋根に雪男はしゃがみこんでいた。人気はない。指先に挟んだ一本の煙草を深く吸い込めば肺まで苦みが浸透する。そして吐き出せば、口からこぼれる煙はあっと言うまに夜の風に紛れてしまう。
「はぁ…」
まだ半分も吸い終えていないのによく知った気配が近づいてきている。せっかくの静かな夜だというのに。一人の時間が終わってしまった。
「おぉ、いいのかなぁ〜?未成年が煙草なんか吸っちゃってぇ」
からかいを含んだ声と共にひやりと頬に冷たい感触が押し当てられる。後ろを振り替えれば、案の定シュラだった。缶ビール片手に、シュラが隣に腰を下ろす。
「どうせなら酒にしとけよ。酒はうまいぞぉ」
くはぁぁっ!と、これ見よがしにシュラが缶を煽った。その間止まっていた煙草から、灰がぼとりと足元に落ちる。最後に一際赤くなって、音もなく消えていく。
「アルコールは遠慮しておきます」
「煙草片手に説得力ないぞ」
空いている手で拒否の形をとれば、シュラはにやにやとした顔で煙草を指差した。もう、すっかり短くなってしまっている。吸ってあと一息分だろう。雪男は足でくしゃりと踏み潰した。
そこには他にも吸殻があり、ここが雪男の喫煙の定位置であることがわかる。
「嫌がられないのか?あいつ鼻良いだろ」
「取れてから帰りますから、ご心配なく…」
はぁ、と吐き出す息は白くならない。口内に広がる苦味だけが残っている。それを意味もなく舌でなめとってみるが、やはり苦い。
「ふぅん。ま、これで風邪引いたら燐より馬鹿ってことだな」
「引きませんし、馬鹿でもありません」
雪男が黙ってしまうとシュラは空になった缶を横において、また新しい缶を開け雪男の横においた。
「酒も煙草も二十歳過ぎてからってな」
「そうですね」
プシュっと一瞬の開閉音を立て、中から微かな泡が覗く。次の缶を飲み始めたシュラの隣で、雪男も缶を一口煽った。あまり飲むことのない苦味ともつかないものが喉を滑り落ちていきく。
丑三つ時に差し掛かったころ、雪男はようやく自室に戻ってきた。採算の注意を払い静かに扉を開け中に入ると、燐のかすかな寝息が聞こえる。
音を立てないように燐の寝台に近づき覗き込むと、あどけない寝顔があった。
「兄さん…」
雪男は燐の額に散らばる前髪をすいてやると、ぐっすりと眠る燐の額に唇を落とす。起きてしまわないように、そっと。
「おやすみ、兄さん」
cigaret end
(煙草の吸殻)
(お酒もひとつまみ)