「あれ、雪男君今日も帰っちゃうの?」

「最近ずっとだよ」

「うん、ごめんね」


委員会のあと、クラスメイトの誘いを断って帰路を急ぐ。ランドセルをがしゃがしゃいわせながら、どんどん早歩きになっていく。時間は、まだ4時。それでも帰る頃には夕食の支度が始まる。

「今日は何かなぁ?」

夕食のことを考えると、勝手に顔がにやけてくる。これまで特に何も感じなかった夕食でも、今は違うのだ。食べるのは勿論、製作行程だって見逃したくない。 なんたって大好きな兄が作るのだから。
つい先日初めて卵焼きを作った燐は父に誉められたのが嬉しかったのか、たった数日の間にめきめきと腕をあげていった。
なにより不思議だったのが、燐の作るものは全て雪男好みの味なのだということ。どれを食べても心の底から美味しいと思うのだ。それに雪男たちのために一生懸命作る燐が可愛くて、ずっと眺めていたい。


「ただいまー!」

勢いよく扉を開けて修道院の中に入れば、台所から既に包丁の音が聞こえてきている。

「兄さん、ただいま」

「おかえり!」

ランドセルも置かぬまま、カウンター越しに燐を覗き込む。燐は初心者とは思えない手つきで野菜を刻んでいく。

「今日の晩ごはんはなに?」

「ハンバーグ。だから手ぇ洗ってうがいしてこいよ。んで、皿並べるの手伝え」

「うん!」

どたどたと雪男とは思えない足音で部屋にランドセルを投げ捨て、手早く手洗いを済ませ、再びキッチンに戻る。既に燐はフライパンを温めながら、ハンバーグを丸め始めていた。フライパンの隣では小鍋がくつくつと音をたてている。

「なにか手伝うことある?」

「もうちょいで終わるから、箸とコップと…サラダ取るお皿並べといて」

「はーい」

人数分の皿を並べ終わる頃には、ハンバーグの匂いが充満してくる。

「おぉ、良い匂いだな」

「今日はハンバーグかぁ」

匂いにつられて、ぞろぞろと大人達が集まってきた。

「雪男ぉー!出来たぞぉ!」

カウンターに並べられた皿を取りに行けば、そこには店で見るように彩られたハンバーグが並んでいた。甘く煮込まれたニンジンはもとより、コーンにブロッコリー。そして明らかに手作りであろうソース。

「わぁ!」

獅朗が来るのを待って、みんなでいただきます。を合図に夕食が始まった。

(おいしぃ!)

口一杯に広がる肉汁とソースに、雪男は感動を覚える。

「ソースまで作るとは…わが息子ながら、末恐ろしい」

瞳を潤ませながら獅朗が、ゆっくり味わいながらハンバーグを咀嚼していく。

「どうだ、美味いか!?」

「美味しいよ、兄さん!すごいね」






「あれ…?」

仕事帰りに寮の食堂に立ち寄れば、燐が鼻唄を歌いながら料理している最中だった。厨房の中には既に、色鮮やかに盛りつけられた料理がところ狭しと並んでいた。偶然なのか、そこにあるのは全て雪男の好物ばかり。悪いとは思いつつ、一番傍にあった卵焼きに手を伸ばす。いったいどうやって作っているのかと思うほど、ふっくらとした卵焼きは小学生のころから変わらず雪男は好きだった。

「ん…美味しい」

「あっ、こら!つまみ食いすんな」

うっかり声に出してしまうと、ようやく気づいた燐が菜箸片手に雪男を叱る。

「まだ作るの?」

「これで最後だ」

そう言って皿に盛られたのは、一口サイズのミートボール。

「今日はずいぶん豪華だね」

「あれ?言ってなかったか」

何が。と聞く前に、自分達以外いないはずの廊下を数人の足音が食堂へ向かってくる。

「ええ匂いしてますやん」

「美味しそぉ」

期待に目を輝かせた志摩としえみを筆頭に祓魔塾の面々が入ってきた。後ろの方には神木にまでいる。

「あぁ、先生も間に合いはったんですね」

良かった良かったと言いながら、次々真ん中のテーブルに着席していく。

「まぁ!燐、すごーい!わ、私も料理運ぶの手伝うね」

「…私も、手伝ってあげるわ」

「ほんなら、僕も」

次々と料理を運んでいくしえみと子猫丸一緒に、おずおずと手を差し出して出雲も皿を運んでいく。あっというまに寮の食堂は燐の料理で埋まった。箸をつけるなり、その勢いは増す。

「…ありえへん」

「おおおおおいしい!!」

感極まったしえみが足をバタバタさせて、悶えている。眉間にシワを寄せる出雲の箸も、なんだかんだで止まらない。

「嫁に欲しいな…」

「ほんま、この煮付けも美味しいわぁ」

次々と料理に箸を伸ばす塾生を嬉しそうに眺める燐の頬を、雪男は軽く引っ張った。

「いひゃっ…!」

「兄さん…どういうこと?」

「み、みんなが俺が料理出来るって信じないから、じゃあ食ってみろって」

「言ったんだ…」

その場にいなくても、簡単に想像出来る。

「はぁ……」

「お、怒ってるのか?」

恐る恐る尋ねてくる燐に、雪男はさぁね。と答えた。別に怒ってるわけじゃない。燐の料理が美味しいのは事実なのだし、それが誇らしいというのも嘘ではない。ただ何故か、燐が塾生たちのために料理を作ったというのが気に入らないだけなのだ。

「明日…」

「へっ?」

「卵焼きが良い。あと何か煮物も欲しい。それとさっきのミートボールも」

それで、ちゃらにしてやろうというのだから、自分はなんて優しい弟だろうか。
ようやく理解したらしい燐の顔が、ぱぁと輝く。

「まかしとけって、とびきり美味いの作ってやるよ」

意気揚々とキッチンに戻る燐に雪男はため息をついた。

「先生らは、食べへんのですか?」

「勿論、食べますよ」

でも、わざわざ作ってまで教えなくても。僕が知ってるだけで、良かったんじゃない?なんてことは、可哀想だから口にはしない。だから、そう言ってしまわないように、まだ湯気をたてている料理を口へ放り込んだ。




こんな僕らの日常



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