「言わないって…本気なんですか?」

返答を求めても、目の前の男はただ背を向けたままだった。
雪男は据えた目で父と慕っていた男に拳を握る。苛立ちからか、焦燥からか。今にでも殴り出さないのは、それが困惑だと分かっているから。


雪男が祓魔師になった日の夜、藤本獅郎は十三年間隠し続けていた兄弟の秘密を雪男にだけ打ち明けた。雪男自身も過去の体験や燐の人間離れした力から、わりとすんなり受け入れることができた。そうだったのか、と。兄はどこも可笑しくなんかなかったのだ。ただ、悪魔だっただけ。それは燐を敬遠するどこれか、燐へと雪男が更に愛情を深める要素の一つになった。

「なら、兄さんには僕から言っておくよ」

だから、ごく当たり前に言った。きっと父のことだ、まだ兄には話していないのだろう。優しいくせに不器用な人たち。なら、自分が教えればいい。


「その必要はない」


あとから思えば、獅郎にしては冷たい声だったと思う。
だから不思議だった。どうしてこんなにも空気は重たいのかと。

「…どうして?」

「燐に教えるつもりはない。あいつはおまえに比べて精神が未熟過ぎる。今はサタンの侵入を許すわけにはいなかいんだ」

言い分は最もだ。今の話なら、サタンの狙いは燐と言うことになる。そして燐に抗う力はない。

「それでも当事者が知らないなんて、おかしいよ。現に兄さんはそれでずっと苦しんできたんだ」

「燐を守るためだ」

おまえだって、燐を守りたいから強くなったんだろ。そう言われてしまえば強く出ることはできない。けれど、現に燐は苦し見続けている。何度も歯を喰い縛り、涙を飲む姿をみてきた。そんな苦痛を与え続けることが、果たして守ることに繋がるのだろうか。

「だけどっ…」

「雪男!」

ようやく振り向い父の顔は厳しかった。温もりなんて何処にもない。いつもひょうひょうとしていた目は、睨むような鋭さになっていた。ぞくりと体が震え、芯から冷えてくる。

「燐には、言うな」

穏やかな父の威圧感に、唇を噛み締め反論は飲み込むしかなかった。

「これは、おまえがこれからの祓魔師として燐を守るための絶対条件だ」

そして、何事もなかったかのように踵を返すと修道院の中へ入っていった。その背中を見送る雪男の影を月明かりが細長く照らしている。

雪男は今頃眠りの底にいるであろう、ただ一人の兄を想い描いた。唸りだしそうな喉を、さすりながら。


「何も教えないことが守ることなんて。そんなの…ただの飼い殺しじゃないか」

冷たい夜の空気に吐き捨てた言葉は紛れもない真実。
そして、知らされてもなお兄が飼い殺しにされるのだとは知らなかった頃の話。





Absolute condition
(絶対条件)
(君の鳥籠でいること)



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