日向はそわそわしていた。
傍目からは普段通りに見えるが、内心は常にそわそわもぞもぞとしていた。
2月14日。
バレンタインデー。あるいはセントバレンタインズデー。
ローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日。言わずとも世界各地で男女の愛の誓いの日とされている。
この日を何とも思わない男子がいるのなら、是非教えてほしい。そして、落ち着き方の教授を願いたい。
つまりのところ、日向の心境はそんな感じだった。
しかし、日向は一般例には準じない交際をしている。同性同士の恋愛。
別にその事自体を後悔したことはないのだが、問題はその同性である恋人はチョコをくれるのか。
意外に男前な一面をもつ恋人のことだから、くれないかもしれない。という心配が、今の日向の脳内を埋め尽くしている。
そして、そんな日向に救いの手が伸ばされることもなく今日もまたゆりっぺによるオペレーションが始まった。
「みんな今日が何の日が覚えてるわよね」
手を組んだゆりっぺが、まるで見下すように男子を眺めながら言った。
「そりゃー…2月14日って言ったら」
「普通にバレンタインデーだな」
わざわざ聞かずとも、昨日まで無かったはずの壁掛けカレンダーにはでかでかと『バレンタインデー』と赤い字で書き込まれている。
「その通り。甘くも苦いバレンタインデー」
何を言いたいのか、甘いのか、苦いのかよくわからないゆりっぺの発言にみんな首を傾げるしか無かった。
「野田君」
「なんだ、ゆりっぺぇ!」
「あなた、チョコを貰ったことは無いわよね」
「あぁ、流石だゆりっぺ!ない!!」
大声で誇らしげに言うことではない。
それに、断言して言ったゆりっぺは鬼だ。
「そういうわけだから、音無君。チョコを作りなさい」
「はぁ?」
何故そこで、音無なんだ。
普通、女子が作るものではないのか。SSSにそれなりの数の女子がいる。
「ゆり………どうして俺なんだ」
理解不能と言わんばかりの表情で、音無が尋ねた。
「あら、不服?」
「不服もなにも、俺じゃなくて他の女子が作ればいいんじゃないのか?」
「理屈じゃないのよ、音無君。だって、あなたが一番上手そうなんだもの」
呆れ気味に言った言葉に納得。
たしかに、このメンバーでまともなものを作れそうな奴は一人もいない。その前にまともな奴がいない。致命的な事だ。
「音無君はチョコ。作ったことないの?」
「…ないことは、ないけど」
「じゃあ、決まりね。チョコなら食堂のコックがが準備してくれるそうよ。私の分だけ、よろしくね」
それだけ告げると、ゆりっぺは颯爽と校長室から出て行ってしまった。
「自分の分だけかよ…」
「なんて悪質なんだ」
つまりは、貰えないであろう男子諸君の前で一人チョコを貪る計画。なんて卑劣な作戦なんだ。
「男の心を踏みにじるっつーか、何というか…」
我らが隊長殿は、やっぱりただの鬼畜だった。
そう思っている内に校長室を出て行こうとする音無に着いて、日向も校長室から出た。
「なー、音無。お前のチョコ作んのか?」
「あぁ。作らないと後が怖いしな」
「確かに」
でも、本音はまんざらでもなさそうだ。
どうせ音無のことだから、日ごろの感謝がてらだとか考えているのだろう。
「音無はさぁ…誰かに作ったことあんのか?」
「え?」
「だから、チョコだよ」
すでに音無からチョコを貰っている奴がいるなら、悔しい。
拗ねる日向とは逆に音無は何でもないように答えた。
「妹にだよ」
「妹?…へぇ、妹いるんだ」
また一つ、音無について知った。
自分のことを語らない音無について知る機会は、実際のところまったく無い。
「音無は優しいお兄ちゃんなわけだ」
「いや…そうでもないさ」
とっさに聞き返そうとしたが、音無が淋しそうな顔をしていたから、それ以上妹について聞くことは止めた。
ゆっくりと歩いていたつもりでも、もう食堂の目の前にまで来ている。
「手伝わなくていいのか?」
「いい。一人の方が動きやすいからな」
そっか。とだけ言って、日向は寮へと踵を返した。
気にはなったが、それより踏み込む勇気はこういうときばかり役に立たない。
まったく恋愛とは人を臆病にするものだ。
「ちゃんと作りにいったわね。えらいえらい」
「ゆりっぺ!?」
どこからか、ゆりっぺが気配もなく姿を現した。
どこか満足そうな顔で。
「感謝しなさいよ。音無君がチョコを作る口実作ってあげたんだから」
「ゆりっぺ…まさか、狙って?」
一瞬日向の脳内に天使という単語が浮かんだが、ゆりっぺに気づかれる前に消した。
隙を見せてはいけない。
「さぁ、どうかしらね。ま、渡す候補は私たち以外にもいるんだろうけど」
「岩沢たちか…?」
「なら、いいんだけどね」
またもや謎の発言だけ残して、ゆりっぺは女子寮へと歩いていってしまった。
日向は何故か寮に帰る気にはなれず、食堂の入り口にしゃがみ込んだ。
扉の開く音と人の気配に顔を上げると音無が、不思議な顔をして立っていた。
「日向…お前ずっと待ってたのか?」
「まぁな」
チョコの行方が気になって寮に帰れなかったなんて、言えるわけがない。
「なぁ、日向」
音無は日向の隣にしゃがむと、綺麗にラッピングされた箱を日向の膝にことんと置いた。
「音無…」
「ゆりには言うなよ?」
たぶん言わなくてもバレてる。
だけど、とにかく嬉しくて口から言葉は出てこなかった。
変わりに音無にがばりと抱きついて、けっこうな大声で叫んだ。
「音無ー!マジで愛してる!!」
こんな所で叫ぶなと怒鳴った音無だったが、日向の尻尾が見えたせいか、珍しくそのまま日向の頭をなでた。
「あれ……。なぁ音無…」
「ん?」
ハイテンション症候群の時並みでいた日向が怪訝そうに顔を上げた。視線の先には音無が持っている三つのラッピングされた箱。
「一つはゆりっぺだろ?」
「あぁ。寄越せって言われたからな」
「じゃぁ、残り二つは?」
二つではガルデモでも校長室の残りメンバーでもない。
音無がチョコを渡しそうな二人。しばらく思考の海を泳いだあと、ぴったりの候補が脳内に浮かんでしまい、日向はひくりと頬を痙攣させた。
「奏と直井だけど?」
それがどうかしたのかと言わんばかりの顔で尋ねてくる音無に、日向は脱力するしかなかった。音無はあの二人に甘い。
嬉しそうにチョコもらう天使と直井を想像して、言いようのない敗北感が日向を襲う。
「ちくしょー…」
「なんか言ったか?」
「いや…なんでもない」
うなだれる日向に音無はため息を吐くと、日向の耳元に口を寄せ囁いた。
日向にしか聞こえないぐらいの小声で。
「―――…だよ」
ばっと顔を上げた日向とは反対に音無は顔を真っ赤にして、日向から退くと早足で歩き出した。
「な、音無。今のもっかい言って!」
「言うか!」
やっぱり2月14日は愛情を認識する日でした。
本命は君だけだよ
(だって、余所見出来ないくらい君に夢中だから)
なんとか間に合ったー!
書いてるうちに、なんだか長くなってしまった。おまけにぐだぐだ(´・ω・`;)
結局は日音。でも奏ちゃんと直井も大好き。