小学校に入って初めて出来た友達の家に遊びに行ったとき、あまりの衝撃に声がでなかったの覚えてる。
「はぁー……」
「日向君、またため息?最近多いね」
変だよ。と、目の前で首を傾げる少女は小学校のときからの友人。
中学に上がっても、クラスが一緒だった為か、友人たちの中でも比較的話すことが多い。
というか、彼女は親友と言ってもいい位置にいる。
お互い良い相談相手であり、嘘や隠し事などない。
しても、すぐに気づくしバレた。
だから、彼女とは友情以上恋愛未満のちょうどいい関係を保っている。
しかしそんな彼女に対して、一つだけ心苦しいこともあった。
(まさか、親友の兄貴が音無とは思わなかったんだよなー…)
彼女を初めて見たときは、名字が一緒だとか顔が似ているとぐらいにしか思っていなかった。
家に行ったとき迎えてくれた彼の顔と、自分の血が沸き立つ感覚を今でも忘れていない。
そして、自分達の歳は6も空いてしまっていた。
(中学生と大学生はキツいよなぁ…)
初音の家に遊びに行くたびに音無を見ては、歓喜のあまり出そうになる涙と、勢いで抱きつきそうになるのを堪えた。
あれは正に涙ぐましい努力だ。
「日向君、聞いてる?」
「え?あっ、悪い。聞いてなかった」
「だから、帰りに本屋さんに寄ってもいいかって言ったの。やっぱり変だよ…」
まさか、お前のお兄ちゃんのことで悩んでます。なんて言えない。
「初音ちゃーん!先生が呼んでるよぉ」
「はーい。じゃぁ、帰りに本屋。忘れないでね」
「おう」
「あれ…日向?」
「えっ!?」
心臓が跳ね上がった。
後ろを振り返ると、いつもの笑顔を浮かべる音無がいる。
「初音も一緒?」
「あぁ、はい。多分その辺に」
改めて音無の横に並ぶと、身長差がつらい。
年齢上仕方ないのだが、プライドというか音無より低いのは何か嫌だ。
「中学校には、もう慣れたのか?」
「まぁ、初音もいますし」
それに二回目だし。
肉体年齢と精神年齢が合わないから、なかなかしんどい。
「成績も良かったんだろ?初音が言ってたぞ」
「でも初音には負けた」
二回目だからと、ちょっと余裕でいすぎた。
期末は頑張ろう。
ちらりと見ると、音無の手には参考書があった。
勿論、医学関係。
いっそ、音無とはまったく違う思考であって欲しかった。
昔の音無が彷彿して仕方ない。
目の前に並ぶ、今夏オススメの文庫。
映画にもなると話題になっている。
「これ、すごい人気だよな」
そう言いながらも、本を手に取ろうとしない。
本の帯に印刷された文字が、はっきりと目に入る。
あらすじは、少女が大切にしていた犬が死んでしまった。そして少女が大人になる頃、犬が生まれ変わって会いに行くという話。
「結弦、さんは…生まれ変わりとか信じますか?」
もう、昔のように呼び捨てでは呼べない。
声は震えていないだろうか。
普通の顔で言えただろうか。
姿形の変わらぬ音無を前に、これ以上耐えられなかった。
「あると…思いますか?」
「俺は…」
音無が続きを告げるのを静かに待つ。
音無の視線が何度かさ迷ったあと、小さく息を吐いて日向を真っ直ぐ捕らえた。
まるで、もう迷わないと言いたげな。
戸惑いのない瞳。
「例え前世を信じようと…今があるなら、日向は今を生きた方がいい」
がつんと頭を殴られた気がした。
目の前が真っ暗になる。
世界が遠のいていきそうで。
でも、それも一瞬だった。
日向から目をそらさない音無の顔が、あんまりにも悲しそうだったから。
拒絶はされた。
それでも、もし彼の世界に自分がいるなら。
「結弦…っ!」
「あっ、お兄ちゃん」
向こう側から初音が手を振っていた。
「初音」
ほっとした顔で、音無が離れていく。
「日向君、帰らないの?」
音無と手を繋ぐ初音が不思議そうに日向を見ている。
「わりぃ、先帰ってくれ」
「え?…じゃあ…先、帰るね」
明らかに日向を不審に思いながらも、初音はそれ以上追求してこなかった。
音無の手を引いて、本屋を出て行く。
そういう彼女の気遣いは、音無そっくりだった。
独りになると、先程の音無の言葉が甦ってくる。
「今を生きた方がいい」
「無理だって…そんなの」
だって今いる音無は、自分が愛した彼そのものだったのだから。
決して揺るがない、彼のままだった。
「今だって…お前と生きたいんだよ」
でなければ、産まれた意味がない
日向のことを想いすぎて、身を引いちゃった音無が書きたかった。
でも、音無の想像以上に日向の愛は深かった(*^w^*)