「おめでとう!お前は死んだんだ」
奇妙な高さの、驚くほど明るい声で告げられた。
自分は死んだのだと。
「…死んだ?」
「そう、死んだ。お前を取り巻くあらゆる呪縛から解放され、お前は揺るぎない真実を手に入れた。生の中では、けっして得ることのできないある種の答えだ」
嬉しそうに手を叩きながら、語り出す。
言われている内容を何一つ理解していないのに、自分は大人しく聞いている。
自分が立っているのは廃屋になってしまった教会。
傾いてしまった十字架と消えたキリスト像。ぐるりと首を回せば、穴だらけの天井からきらきらと光が降り注いでいた。
そして、その向こうには広い青空がある。
鳥一匹飛んでいない空。
そこはあまりに遠くて、手を伸ばしても届かない。
「お前は何なんだ」
今だ喋り続けている"奴"に聞いた。
「お前こそ何なんだ?」
どこまでもふざけた"奴"だ。
人を死人扱いしておいて、こちらの質問には答えない。
「じゃあ、仮に一つ聞こう。俺は何だ?」
まるで言葉遊び。
「それは俺が聞いたことだ」
相手はやれやれと肩をすくめ、台座に腰掛ける足を組み直した。
「いいや、違う。俺が聞いたことだ」
お前は馬鹿なのか?とおまけまでつけて言い返してくる。
会話が成り立たない。まったく進展のない現状。
けれど、相手は楽しそうにこちらを見ている。
その姿は答えを急かす子供のようでもあった。
「話にならない」
「じゃあ、話を変えよう。お前はどうして死んだ?何故死んだ?何があって死んだ?」
言い方を変えているだけで、聞かれていることは一つ。
「知らない」
「おいおい、自分がどうやって死んだのかも知らないのか?」
相手は鼻で笑った。
その様子がひどく気に障る。
「なら、お前は知っているのか」
「あぁ、俺は知っている」
そのまま、どちらも黙り込む。
言葉で通じない気がしたから。
それに、どうしても相手を認めたくない。
訳の分からない苛立ちが、体を蝕んでくる。
「なぁ、お前にとって俺はどう見える」
「はぁ?そんなもん…」
わからない。
確かに其処にいる。
なのに、わからない。
「…わからない」
指先が震える。
自分はいったい、何にも怯えているのだ。
なぁ。と、相手が口を開いた。
その声音は、先程とはまったく違って弱り切った子犬のようだった。
「お前にとって…初音は重荷だったか?」
誰だ、それは。
誰の名前を言ったのか、わからなかった。
「重荷になんかじゃない…俺の、生きる意味だった。」
なのに、口からは勝手に言葉が零れる。
「ゆりに突然巻き込まれて迷惑だったか?日向と過ごした時間は嘘だったのか?」
「迷惑でもないし、嘘でもない!!」
馬鹿みたいに涙が止まらない。
例え覚えていなかったとしても、幻なんかではなかった。
夢のような日々ではあったけど、確かにその時間はあったのだ。
「お前コレなのか?」
「違ぇよ!!」
「ちょっと、2人とも真面目にやりなさいよ!」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「なぁ、奏でって呼んでいいか?」
「あなたがそうしたいのなら」
「じゃあ、俺のことは結弦って呼んでくれないか?」
忘れることが次へ進むために必要なことだとしても、忘れることなんて出来はしない。
「もう一度聞く。俺は何だ」
「お前は…音無結弦。俺が過ごした時間だ」
「正解」
ぱちぱちとゆっくり手を鳴らす。
とても嬉しそうで、とても寂しそうだった。
消えたときに、置いてきてしまった自分。
「さぁ、お前はどうする?」
「勿論、お前も連れて行く。新しい時間が始まったとしても、俺だからな」
いつだって遠回り生き方だった。
大切なことは気付くのが遅くて、周りに教えられる。
それでも、最後は必ずたどり着いた。
「俺は戻るよ。みんなの所に」
「そうか、頑張れよ」
「あぁ」
「音無!」
「あれ…日向?」
開いた視界いっぱいいたに日向が入ってきた。
その顔があまりに心配そうなので、なんだか申し訳ない。
「お前、階段から落ちたんだぞ。覚えてるか?」
「そういえば…」
駅の階段で足を滑らせた女子生徒を庇って、けっこうな高さから落ちたんだ。
「打ったところが、あと数センチずれてたらお前死んでたんだぞ」
鼻に染みる消毒液の匂い。
白い清楚な部屋。
クリスマスに病院なんて、記憶に残る1日になりそうだ。
「ほんとに、音無といると寿命が縮むぜ」
大きなため息をつくそいつは、今年の入学式で出来た友達。
気さくな奴で、今は一番仲がいい。
というか、向こうから一方的に話しかけられ気づいたら仲良くなってた。が、正しい説明になる。
結果、恋人のいない2人はクリスマスを共に過ごすことになった。
野郎と過ごして楽しいのか、と問えば、満足な顔で楽しいよと返される。
そんな矢先の事故。
助かったんじゃない。たぶん俺は死んだんだ。
流石の神様も事故死ばっかりは、可哀想だと思ってくれたのかもしれない。
それか、クリスマスに善いことをしたのだから、サンタさんが来てくれたのかもしれない。
何にせよ、生き返った。
「日向は…」
「ん?」
「最初から、俺のこと知ってるみたいだったな」
今から思い返せば、何気ない癖を知っていたり、好みを知っていたり。
「え?…いや、気のせいだよ」
気にするなと言うくせに、悲しそうな顔をする。
日向は時々、俺を誰かと重ねていた。
その意味がやっとわかる。
「なぁ、日向」
「お前、今日はよく喋るな。やっぱ頭打ったからか」
「もし、もし覚えてるなら…俺の名前を呼んでみてくれないか?」
「おと、なし…」
「違うだろ?」
にやりっと笑ってやる。
日向が困惑させるのは、いつだって楽しかった。
日向は目を見開いて、大げさに椅子から立ち上がる。
嬉しそうな顔で涙を浮かべる日向が、どうしようもなく愛おしかった。
「そうだな…結弦」
ぎゅっと苦しいぐらい抱きついてくる日向の首筋に、顔をうずめた。
鼻をくすぐる太陽のような匂いも、温かな体温も、触れた箇所から日向を伝えてくれる。
「まさにクリスマスの奇跡だな」
肩を震わせる日向を、俺も抱きしめた。
「ばーか」
何度生まれ変わっても君が側にいる
生まれ変わっても日音であればいい(*^^*)
勿論、日向は記憶ありです。
覚えていない音無にもどかしくありながらも、側で守ろうと決意する日向。
生まれ変わる=新しい音無になるのなら、一個人として音無同士の対話もありだと思う(゚∀゚)
を書いてみたら、こんな風になりました。
結局は日音!
タイトルのlilasはフランス語でライラック。季節は知りませんが、花言葉は"初恋の思い出""友情""愛の芽生え"とピッタリだっだので使いました。Noelはクリスマスなので、クリスマスのライラックという意味です。