揺りかご
※時間設定は二度目ののウォーゲーム開始時辺りからです。
原作と一緒でファントムは一度目のウォーゲームでダンナと相打ちになっています。
レスターヴァ城の一室に向かって一定のリズムを刻む足音が聞こえてくる。
やがて、足音は扉の前まで来ると、一拍おいてから扉を開けた。
扉を開けた人物はまだ、少年と青年の境目に佇(たたず)むような少年だった。
痩身で細く、華奢な体に、クセの強い黒のような青い柔らかな髪。
白く透き通る肌は病弱を醸(かもし)し出すが、どこまでも深く、青く、深海のようで貫くような瞳に完璧なバランスで配置された顔のパーツ。淡い桃色の小さな口。
「……ファントム」
少年が目の前の人影を見つめながら呟いた。
人影は見た目こそ青年ではあるものの、実際にはその年齢を大幅に超えている人成らぬ存在だった。
紫苑まじりの光輝く銀髪に、整った輪郭を彩るのはアメジストを思わせる紫色(しいろ)の瞳。
そして、1人の存在に対してのみどこまでも甘く、優しい唇はその存在の名を口にする。
「大きくなったね、アルヴィス君」
それを聞いた少年―アルヴィスはそのまま、勢いよくファントムに抱きついた。
「ファントム!!」
抱きつかれたファントムはアルヴィスの背中に手を回し、細い体を抱きしめた。
「ファントム…お帰りなさい」
「ただいま、6年ぶりだっけ?あの頃よりも綺麗になったね」
ファントムは顔を綻(ほころ)ばさせ、腕の中のアルヴィスの顔にキスを降りそそいでいく。
アルヴィスも心地良さそうにファントムにすり寄っていく。
しばらくしてアルヴィスが細くしなやかな身をよじってファントムを見上げた。
「ファントムが眠ってから、オレは強くなったんだ!たくさんたくさん修行して、ナイトの1人になったんだ」
「うん、わかってるよ。子供の頃よりも魔力が上がってるもんね、頑張ったね!」
褒めてと抱きついた腕に力を込めるアルヴィスをファントムは躊躇うことなく甘やかしていく。
「人間たちが僕らのことを忘れかけてるね、醜くて汚いくせに。また、ウォーゲームをしなくちゃいけないかな?」
「今回はオレも出るからな!」
ファントムはオレが守るから。そう言ってファントムだけに笑顔を見せるアルヴィスにファントムは顔が見えないように微笑んだ。
目を細めて、口の端をつり上げた。まるで悪魔のように。
燃え上がる街や森、その中を逃げ惑う人々。
時が経てば経つほど逃げる人の数は減っていく。
腕や背に十字架を掲げた戦士たちも蘇(よみがえ)った魔王と、その兵によって命を散らされていく。
咲き誇る花たちはイコリスよりも紅く、赤へと色を変えていく。
「キミ達は忘れているね。ボク達を忘れている。それはとてもガマンのならない事なんだ。だからこういった形で思い出させてあげるからね…チェスの兵隊の存在を!!! 」
ファントムはまるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように喜んだ。
そんなファントムの隣でアルヴィスは猫のように目を細めては笑っている。
「今度はオレたちが勝つよ」
それと同時刻に、かつてクロスガードのNo.2と呼ばれた男が1人の異界の少年をメルヘヴンの地へと招いた。
(甘やかして、甘やかして、大切にして、愛して)
(多くの亡骸によって積み上げられた死者の城で愛しい愛しいその存在を血の揺りかごへと閉じこめるために)