AC/ZC
手紙が届いた。
真っ白な封筒と便箋。
宛名も送り主も書かれていない手紙が、知らないうちに郵便受けに入れられている。
ふんわりと、敏感な嗅覚をくすぐるのは花の香り。上品でいて甘い匂い。クラウドの脳内に、何故かエアリスが浮かんだ。
「手紙?」
郵便受けを見に行ったきり戻ってこないクラウドの様子を見に、ティファも外へ出てきた。クラウドの持っている物を見て、珍しいね。と、手紙を覗きこむ。
「誰から?」
「わからない」
真っ白な手紙をティファに渡す。
裏返してみたり封筒の中を覗き込んだりして、クラウドより入念に確かめている。あれ?と、ティファも匂いに気づいたのか大きく息を吸い込んだ。
「素敵ね。ユリの香りだわ」
「ユリ…なのか」
ティファに言われるまで、何の花なのかは深く考えなかった。
だからエアリスを思い出したのかもしれない。彼女はいつもユリの香りに包まれていた。
(ユリだけか…?)
それだけではない気がする。ユリに混じってほのかに懐かしい匂いがする。
「でも、誰からかわからないのは困るわね」
どうしようかと笑うティファは、言うほど困ったようには見えない。どちらかというと、楽しんでいるような。遊びを見つけたとき子供たちと同じ顔をしている。
「たぶん、クラウドによ。この手紙」
「おれ宛じゃないかもしれない」
「きっとクラウドにだと思う。私の周りに、こんな洒落たことをしてくれる人なんていないから」
そう言って、手紙を再びクラウドの手の中に戻した。
「今日は仕事ないんだし、その手紙の送り主さんでも探したら?」
手紙を指差して、にっと笑う彼女は、やはり楽しそうだった。
途中になっていた朝食を済ませると、クラウドはフェンリルを走らせ知り合いの間を回った。
半日かけた結果は誰も知らない。結局、誰からなのかわからない。
そんなわけはないと思いつつも、倒壊寸前の教会に足を向ける。教会の中は以前よりも埃っぽくなってしまっていて、人気は何処にもない。中央に出来た水溜まりの中で、唯一昔と変わらない花が今も咲き続けていた。膝をついて水の中にてを伸ばし、三本ほど花を摘み取る。水を含んだ花弁から水滴が零れ落ちていく。
一度だけ後ろ手に振り向いて、教会を出。
(おれも、未練がましいな)
自分に呆れつつ、丘へと走り出す。バスターソードに花を添えたのは、もう随分前のことだから、前の花はとっくに枯れてしまっているだろう。
「え…」
教会と同じで昔と変わらぬはずの丘にはバスターソードがなかった。綺麗に跡形もなく、消えてしまっている。
「まさか…」
手紙をポケットから出す。今日一日で何度もポケットにしまうのと出すのを繰り返していたから、朝に比べるとよれてしまっている。
「あっ…」
ひときわ強く吹いた風に、手からするりと手紙が飛ばされてしまった。風に煽られた手紙は、一度高く舞い上がってからクラウドの目の前を落ちていく。
慌てて丘の傾斜を滑り降りて、手紙に手を伸ばす。
誰からも知らない手紙に何を必死になってるのとも思ったが、とにかく手紙を無くしたくはなかった。何故かとても大切なものに思えてしまったから。
「っ…待て」
指先を掠めた手紙はクラウドに捕まることなく、再び吹いた風にさらわれてしまった。
小さくなる手紙に脱力感を感じながら、クラウドは肩を落とす。
あと数センチ手を伸ばせば良かった。そんなことばかりが頭を占めている。
そんなはずはないと思いながら、期待してしまったのかもしれない。彼らが帰ってくるのではないかと。ティファは気づいていなかったけれど、ユリに隠れて微かに混じっていた匂い。それは、ザックスの匂い。だからこそ、誰からかなのか知りたかった。
「…手紙なんかいらないから…会いに来ればいいのに」
ふい、と見上げた空から雪が降ってきた。
いや、実際には雪ではない。あまにも白がたくさん降ってきたから雪に見えただけだった。
それは先程飛んでいってしまった手紙。それも一枚ではなく何十枚も。百枚以上あるかもしれない。
「な、んで…」
「俺からのラブレター!」
いったい誰が。
しばらく手紙が降ってくるのを呆けた顔で見ていたが、上から聞こえて声に反射的に丘を仰いだ。
そこにいたのはクラウドが滑り降りてきた丘に腰掛け、楽しそうに手紙をばらまく男だった。
「ザッ…クス」
「エアリスがさぁ、急に会いに行ったら迷惑だから連絡入れろってさ。でも俺的にはドッキリのほうが絶対良いって言ったんだけど、じゃあせめて手紙書きなさいって」
驚いたか?なんて、顔で話すザックスに開いた口が塞がらない。
久しぶりに友人に会ったような口調ではなすザックスは、虚ろな記憶の中のザックスそのままで。
「でも手紙書くのって、俺苦手なんだよな」
ザックスの手から手紙の束が無くなると、軽快に丘を滑り降りてきてクラウドの隣に並んだ。
ザックスの手が風で乱れたクラウドの髪を優しく撫でる。
「手紙書いてる暇があるなら、すぐに会いに行きてーよな?」
でもエアリスには便箋一式を大量に貰ってしまったから、そのまま持ってきた。いい意味でも悪い意味でも普通の人ならやらないことをやってしまうのがザックスだ。
「資源の…無駄遣いだ」
涙で滲む瞳を見られたくなくて、苦笑しながら下を向く。なんだか、驚いている自分が馬鹿らしくなってくる。
「そんなこと言うなって、ぉわ!」
頬を書きながら笑うザックスに、クラウドは抱きついた。
胸板に鼻を押し当てれば、手紙と同じザックスの匂いがする。
「遅い。帰ってこれるなら、もっと…早く帰ってこい」
「だから手紙なんて書かずに、帰ってきただろ」
ザックスはクラウドの髪をくしゃりとかきあげ、額にちゅっと音をたててキスを落とす。クラウドの頬がうっすらと色づいた。
「愛してるよ。誰よりも何よりも」
白い手紙がザックスのクラウドと足元を埋め尽くした。
(君に捧げる)
(white love letter)