ZC/学パロ
自分の好きな柔らかな空気がそこにはない。
普段ザックスが纏っている雰囲気はどこにもなく、ただ駆り立てられるような。それでいて追い詰められてもいるようなピリピリとし空気だけがあった。
二年生のクラウドと違って、ザックスは三年生。
自分の将来を賭けた道を勝ち得るために、目の前の時間を全て勉強に費やさなくてはならない。
たった一年。
その一年の努力で未来は変わる。
器用なくせに妥協を嫌うザックスだからこそ、ここで自分を甘やかすわけにはいかないのだろう。
「たとえどんな結果だろうと、後悔だけはしたくない。」
傍で見ているしかないクラウドだが、ひたむきなザックスに何かしたい。
邪魔にならないように机の脇にココアを置いたとき、ザックスが言っていた。
「俺が志望校に受かれたら嬉しい。けど、その代わり誰かが落ちるんだよ。そいつだって一生懸命勉強してて、受かりたかったかもしれない。其処で、どうしてもやりたい事があったかもしれない。だから中途半端で受かっちゃいけないんだよ」
「ザックス…」
あんまりにも真剣な顔と、目の下に目立つ隈。
部活の試合のときと同じ顔。
「妬まれても泣かれても大声で喜べるくらい、やりきらないとな」
それでも、その表情はとても清々しい。
正々堂々と立ち向かっている。
「だから妥協なんて絶対にしちゃいけないんだ」
そこまで言われてしまえば、息抜きに誘うことだって躊躇われる。
同じ目線にいない自分が言えることは一つだけ。
「頑張って」
「おう!」
そう言って、目を何度も擦りながら手を動かす。
何枚も何ページも何冊も使われたノート。
シャーペンの芯だってすぐに無くなる。赤ペンも消しゴムも同じ様に。
けれど、埋め尽くされたノートの字の数だけ。ごみ箱に溜まった消しカスの分だけ。
付箋としわでくちゃくちゃになった参考書の数だけ自信になる。
その短いようで長い時間の中に、無駄は存在しない。
全てが何かに繋がる。
「あ、ザックス…メール来てるよ」
「何て?」
「『私は自分に勝ったよ。だから次はザックスも頑張れ』って。エアリスから」
クラウドとザックスの幼なじみのエアリス。
きっと彼女は自分の夢を掴んだのだろう。
「まかせとけ。って、打っといて」
「うん」
ザックスらしい。
彼もきっと期待を裏切らないのだろう。
「試験って、いつ?」
「来週の木曜日」
「そっか…」
なら、明日からは来ない方がいいだろう。
追い込みを邪魔するわけにはいかない。
たった一週間。ザックスとの距離が遠くなる。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「気をつけろよ」
「隣だけどな、心配なら自分のことしとけば」
「確かに」
あっと、ザックスが振り返った。
ちょいちょい手招きをすると、クラウドに百円玉を二枚渡した。
「それで、明日ポッキー買ってきて。暇なら漫画持ってきててもいいぞ」
明日からは来ないつもりでいたのに。
「明日から…来ない」
「なんで!?」
「いや、だって邪魔だろ…」
自分が必死でやっている横で漫画を読まれても迷惑なはずだ。
集中できないだろうし。
「邪魔ってか、むしろ居て欲しい」
無造作に前髪をピンで留めた彼はいつもより幼く見えた。
「独りで頑張れるほど、俺は強くないから。な?」
今のザックスに甘えられて断れる奴がいたら教えて欲しい。
「…わかった。でもポッキーよりきのこの山がいい」
「いや、明日はポッキーだ!きのこは明後日」
お菓子なんて、別にどうだっていいのだけど。
これ以上甘やかしてはいけないから、言わないまま。
「誰かに励まされると頑張れるんだよ。支えられる気がするから」
これとかな。
半分まで減ったココアのカップを軽くたたく。
そんな仕草に、自分は簡単に絆されてしまう。
クラウドは背中からザックスを、ぎゅっと抱き締めた。
「ザックスなら大丈夫だよ」
(明日は甘いケーキを焼いてみようかな)
(ひたむきな君が好きだから)