「本当にごめんなさいエスト!!私、付きっきりでエストのお世話をするわ!」
「だから……!ちゃんと僕の話を聞いて下さい!!」
小鳥が囀る穏やかな昼過ぎの図書館。
そこでは、決して穏やかとは言い難い声が響いていた。
――事の発端は、エストのある一言。
「金輪際、僕に飛び付いてくるのは控えて下さい」
今日はエストに課題を手伝ってもらうために図書室に来ていた。
そして一通りいりそうな本を持って席に着くいて落ち着くと、隣のエストがそんなことを言い始めた。
「え?」
「いえ、違いますね。控えるという表現よりも、一切許さないという表現の方が相応しいかもしれません」
「え?え?」
エストから放たれる沢山の言葉に頭がこんがらがり捻っていると、そんな私を見かねてかエストが改めてもう一度言う。
「ですから、僕に飛び付いてこないで下さいと言っているのです」
「……うん?」
エストに注意されるのはいつものこと。
けどいつもは、溜め息をつきながらだったり、呆れるように言い放つような感じだったり。
今回はそうではなく、注意事項を言い渡されたような感覚だ。
「どうして駄目なの?」
「どうしても何も、僕はいま体中が痛くてたまりませんから。この状態で飛び付かれたら、僕は間違いなくあなたを恨むでしょう」
「……」
「ルル?どうしたんですか?」
「……エスト、体中が痛いの?」
「えぇ、まあ……って、どうしてあなたが泣きそうな顔をしているんですか!」
「だ、だってだって!エストが体中痛いのって、私がいつもエストに飛び付いてるからでしょ!?」
「……あなたは一体何を、」
「だって!仕方なかったんだもの!エストはいつもぎゅってしてくれないから、私がするしかないし……それにエストを見ていると、つい沢山くっつきたくなるの」
「!!」
「けどまさか、そのせいでエストに怪我させちゃうだなんて……ごめんなさいエスト」
「あぁもう、最後までちゃんと聞いて下さい!あなたの所為じゃありませんよ!」
「何言ってるのエスト!私以外にエストに抱き付く人なんていないじゃないの!!」
「……確かにいませんが、そうではなく!」
「本当にごめんなさいエスト!私、付きっきりでエストのお世話をするわ!」
「だから!!ちゃんと僕の話を聞いて下さい!!」
いくら私がお世話をすると言っても、エストは私の所為ではないと言い張るばかり。そんなエストの優しさが余計に痛かった。
けど私の所為なら、私がお世話をするべき。
もう一度口を開こうとすると、どこからか声が聞こえた。
「なーに騒いでんの、二人とも」
「エストが声を張り上げるとは珍しいな。喧嘩でもしたのか?」
「アルバロ!ビラール!」
コツコツと鋭く鳴り響く二つの足音と共に現れたのは、友人のアルバロとビラールだった。
「実は私の所為で、エストに怪我をさせてしまったの……だから私、付きっきりでエストのお世話をするわ!」
「ですから僕は、」
「へ〜、ルルちゃん何したの?」
「えっと、エストに沢山飛び付いたわ。その所為でエスト、体中が痛いんですって……」
「ふーん。それって……ねぇ、殿下」
「そうだなアルバロ、頃合いてきにもしかするかもな」
「え?何?」
「それって、成長痛ってやつじゃないの?」
「成長痛?」
「エスト君ぐらいの男の子の体が、一気に成長するのに伴う痛みだよ」
「ええ!?どうしてエスト、言ってくれなかったのよ!」
「僕は何度も言おうとしていました。それをあなた方が全て遮ったのでしょう」
「それは悪いことをしたな。だがエスト、良かったではないか。男にとって、愛する女性を受け止められる腕が手に入る事以上に幸せな事はないだろう」
「……っ!!」
「そんな言葉をさらっと言えちゃうあたりが、殿下のすごい所だよねぇ。エスト君も少しは見習ってみたら?」
「余計なお世話です!それよりも、用がないのならさっさと立ち去ってはどうですか」
「アルバロ、エストの言うとおり二人っきりにさせてやろう。二人の間ではもはや我々は邪魔者でしかないだろう」
「はは、そうだね。またねルルちゃん」
「あっ、うん。またねアルバロ、ビラール」
「……」
「お、怒ってるエスト?」
「あなたの目には、それ以外にどう見えるんですか」
「そ、そうよね……ごめんなさい、エスト」
「……」
エストが、怒っている。
背をこちらに向け、言葉もどこか突き放すような冷たさがあった。
いつもの私を叱るような怒りとは違う、本当の怒り。
また一人で突っ走ってしまった。
思えば私はいつも、エストを置いて突っ走っていた気がする。
これじゃあただの、一方通行だわ。
「……エスト、ごめんね。エストの話ちゃんと聞かなくてごめんなさい。いつも私ばかり先走ってごめんなさい。……私ばかりエストのことが好きで、ごめんなさい」
そう言い下を向いていると、隣で席を立つ音が聞こえた。
「エ、エスト」
こちらを見向きもせずに、エストは図書館から出て行こうとする。
追いかけようと椅子にかけた手が震えている。足が、立とうとしなかった。
エスト、私に呆れたのかな。
もう、エストと一緒にいられなくなっちゃうのかな。
……エストと生きる未来に、進めなくなっちゃうのかな。
そう思った瞬間、涙が出そうになった。そんなの絶対に嫌。エストと一緒じゃない未来なんて、考えられないもの……!
気持ちが弾けたのと体が動いたのとどちらが早いか、私はめいいっぱいの力を込めて扉へと駆け出した。
図書館の扉を開けると、暖かい太陽の日差しが私に降り注ぐ。
そしてそれと同時に、
「きゃあ!?」
私の体が、誰かに包み込まれた。
「ルル」
「……エスト?」
さっきとは違う、すがるような優しい声。
「あなたはどこまで馬鹿なんですか。確かに最初の二つは事実ですが、あなたの暴走癖にはもう慣れました。……そして最後の一つに関しては、どう考えても納得がいきません」
「え?」
「僕よりあなたの方の想いが勝っているなんて、何故わかるのですか」
「だって……」
「僕があなたみたいに、素直に好意を行動に移さないからですか。……それに関しては、僕も少し改める必要があったとは思います」
「エスト……」
「ですから今、僕は、こうして好意を行動に移しているのです」
そう言うとエストは、私を抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。
「あなたが思うより、きっと僕は……」
「な、なあに?」
「ルル、あなたのことが……好きです」
抱き締める腕の力が弱まり、私達はお互いに相手の顔を見た。
エストの顔は、これ以上にないんじゃないかってくらい赤くなっている。そしてきっと、私も。
だけど今はそれよりもスキって気持ちが溢れて仕方ない。
「エスト、大好きよ!」
「……はぁ。まったく、あなたという人は……」
きっとこれからは、エストが気持ちを言葉にしてくれなくても大丈夫。
だって、
エストが優しく笑う顔を見れば
エストが頬を染める姿を見れば
いつだってエストの気持ちが、伝わってくるんだから!
END
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