イベント前夜のあれそれ
2022/02/14 00:43
「チョコと花のどっちのほうが嬉しいか?」
寒さに耐えきれず沸かした一番風呂を俺に譲った恋人が、いつもより長めのバスタイムを終えた後のこと。台所に戻ってくるなりやけに真剣な顔で話を切り出したと思えばこの質問である。
なんだそんな話かと軽く息を吐く。あまりに深刻そうに切り出すものだから、俺がなにやらかしていて別れ話でもされるのかと思った。この寒い時期に別れ話は寂しさが増しそうで嫌だ。
俺の吐いた息が呆れからくるため息に聞こえたのか、吉岡サンの肩がビクリと揺れる。そこでびびられると逆にこっちが傷つくのだけど。こちらの反応を不安そうに気にしてくれるのは何度見ても可愛いのだが、もっと愛されている自信をもって振る舞ってくれてもいいのにとも思う。わりと口でも態度でも示しているつもりなのだけれど、ふつう≠ヘこんなもんじゃ足りないのだろうか。俺は経験が乏しすぎてわからない。
「俺はどっちでも貰ったものは嬉しいですけど」
「けど?」
「そんなにあげたときの反応が心配ならいっそのこと一緒に買いにいけばいいのでは?」
「えっ、あー! いやでも、うーん? そうか。そうかな……?」
その手があったか! みたいな反応をしておきながら、微妙に歯切れが悪い。年上なこともあってか、妙にかっこつけたがるところもある人だ。せっかくの恋人のイベントだしムードとかを作って喜ばれるプレゼントを渡したかったのだろうか。俺がこだわりがなさすぎる人間だからか、その辺りがあまり理解してあげられないのは毎度申し訳ない。あれこれ考えてセッティングしてそわそわする恋人は、まあ想像するだけで大変かわいい。というかここ数日のこの人が若干挙動不審でそわそわしていてかわいかったので、イベント前にもかかわらず俺はすでにわりと満足していた。
――いや、かわいかったけどこの人わりとネガティブだし心配性だからなぁ。
先ほどの顔を見るに、今から俺になにかを渡すまでの数時間で胃を痛めそうで嫌だ。そこもかわいいけども。
「吉岡サンは俺とプレゼント買いに行くの、嫌?」
「嫌じゃないです」
「よろしい」
首を傾けて顔を覗き込むように尋ねれば、食いぎみに答えが返ってくる。それに満足げに笑って見せると、曇りぎみだった表情がようやくふわりとほころんだ。背景に花が舞うようなイケメンの笑顔だ。しかも俺が特等席でひとりじめしているのだから、最高に気分がいい。
「まあそんなわけで、明日はふたりでお出掛けすることにして。こんな時間になんですけど、コレ。どうぞ」
「えっ」
喋りながらずっと手元でくるくるとかき混ぜていた甘く香るマグカップを差し出す。ふわりと香るのはカカオの香り。ココアよりドロリとした茶色い液体はホットチョコレートだ。
「チョコじゃん!」
「チョコだよ? 吉岡サン甘いもの好きでしょ」
「かっこいい……ずるい……」
「ふふん。俺はホットチョコじゃなくてコーヒーを飲むから明日はコーヒーにあうチョコ選んでね」
「はい……」
年上のかわいい恋人は小さく口を尖らせたまま、片手で持ったマグカップに口をつける。
「ん、おいし」
甘党の恋人は満足そうに目を細める。その唇の端、残った茶色に誘われて口をよせた。
「……あっまい」
「〜〜〜〜!!」
わかっていたことだが、少量でも感じるどろりとした甘さに小さく舌をだす。ぶわりと赤くなった吉岡サンは声にならない声をあげてしゃがみこんだ。うーん、ほんと毎回かわいいんだけどこっちまで恥ずかしくなるなあ。
「さあさあ吉岡サン、早くそれ飲んで。歯磨きしてベッドいきましょー」
「……明日起きれなくても知らないよ?」
「上等。ほらほら、はやく! そのままじゃあちょっとキスが甘すぎます」