無銘の英雄
2022/04/18 00:14

 
「どういうことやねん……!」
「俺だってわからん、こんなに巨大な反応は今まで見たことが――」
 ――ない、と言いかけた佳輔の言葉は照也たちの乗り込むシャドウボーダーを襲った激しい揺れによりかき消された。それは幾度となく荒野を走り抜けてきた彼らでさえ、戦車じみたあの巨体がはっきりと飛び上がるほどに@hれたものだと理解するほどに、凄まじい振動である。内臓に感じる嫌な浮遊感の後、重い鉄の塊が地面へと叩きつけられる衝撃を足裏で受け止める。同時によろめいた吉川の体が不運にも剥き出しの配管へと叩きつけられんとした寸手のところで、咄嗟にその腕を引き寄せた伊藤はすでに意識を張り詰めさせている。いかなる敵がいかなる手段で攻め込もうと、照也だけは守らねばならない。たとえその末に自らの命――とはいえ伊藤は英霊である――と引き換えになったとしても、だ。伊藤には自分が命と引き換えに照也を守護することを、成し遂げるだけの信頼を預けた仲間がいた。伊藤が死んでも、この人理を正しく導く照也が折れることはないだろう。英霊たちは伊藤が死んでも、誰かが最後には照也を正しい世界へ導くだろう。もう伊藤は戦い続けなければならない孤高の騎士ではない。古今東西、腕利きの英霊たちが照也の呼びかけに応えて集まった。まだ、脳まで揺するようなひどい揺れが治まる様子はない。佳輔は咄嗟に照也を作業台の下へと放り込む。迂闊に外へ出ることも叶わなければ、ひどい地響きに立ち込めた砂煙のおかげでわずかばかりの窓から見える景色も茶の一色である。警戒状況は時間にしておそらく一分程度だっただろう。それでも突如、ぴたりと治まった揺れに恐る恐る顔を覗かせた照也には五分か、十分にも感じる時間だった。
「――お、治まった…… か?」
 深津がそう呟くまで、誰も呼吸さえ出来ぬほどの緊張状態がボーダーの中に凍りつくように存在していた。外の状況は、どうなっているんだ。佳輔の囁く声がやけにはっきりと聞こえる。まだ耳の奥にこびりつく先ほどの轟音のせいだろうか、まるで何の音もない場所に放り出されたような静寂が、ボーダーの外に在るような気がした。
「なんやねん、これ……」
 そう呟いた照也の震えた声に、ねむが慌てて窓辺に駆け寄った。まだ完全に外界の安全が確保されたわけではない。それでも彼女の目に映った絶望的な光景は彼女に培われたはずの危機感さえ消し去ってしまうほどだった。ましてや、唯一外界がこちらの様子を目視できる場所でも在る窓に駆け寄るねむを、中島が咄嗟に引き寄せるように彼女を止めたが、掴んだ華奢な肩が骨まで震え、崩れ落ちる彼女の褪せた顔色に、誰もが窓の外を見た。
「なん、で」
「稲森、ここは一体どこなんだ」
 佳輔は必死でデータを探るも、先ほどの振動で指針がいかれたか、はたまた想像できる最悪の状況であるのか、この外界の景色が一体どの人類史の、どの時間軸の、どの国の、どの場所なのかさえわからない。データの結果が表示されるべき画面にはただ、座標なし≠ニ表示されるのみだ。
「稲森! 朝日奈!」
 座り込んだ照也を、佳輔は揺さぶって叩き起こした。今までどれほど辛く、苦しく、恐ろしい状況でも気丈に振る舞ってきたがしかし照也も、ねむもまだ高校二年の子供である。だが今絶望している暇はなかった。佳輔だってこんなことはしたくなかったが、それでも彼らの命のため、そして正しい人類史のため、やるしかなかった。
「稲森!」
 再び、さらに語気を強めた佳輔の声に照也はただ震えた声で一言、
「畠中や」
 そう呟いた。

 ――座標を示すモニタがこの状態だからね、どこまで正確な数値が出るかはわからないけれど。
 敵の存在は今のところ確認できないね、と秀昭はいう。
 敵の存在もだが、残念ながらそもそも生物の存在も確認はできない、と言ったのは泰昭だ。
 ここにいてわかることはそれ以上にないみたいだ、と肩を落とした隆昭は、ついで今の落下の衝撃だと思うが、どうやら走行機能に不具合が起きてる、と一層申し訳なさそうにいう。状況は、絶望的だった。ねむは外界の様子を見てから暫く、意識を失い今は治療室にいる。佳輔は照也も少し頭を冷やすべきだ、と判断し彼をねむの付き添いに命じ退出させた。残るは、サーヴァントたちだけだ。照也が最後に囁いた言葉畠中≠ニはつまり、マスターである稲森照也、並びに朝日奈ねむの生まれ故郷なのだろう。そして普遍的な住宅街で在るにもかかわらずすぐさま二人が判断したということは、かれらがカルデアへやってきた頃と同年代の、彼らが生活し見慣れた場所である、ということ。幸いにも、生者の記憶により座標のおおまかな絞り込みに成功した彼らだったが、しかし問題の解決には程遠い。
「外に出るしかない、ボーダーを修理するためにも、状況を把握するためにも」
 深津がそう呟いた時、その場にいたサーヴァントの誰もが彼の言葉の意図するところを理解し、同時に誰もが決意した。だがその時、静かに手を挙げたのは一人――吉川だった。
「俺が、いくよ」
「なお、」
「わかってる、だから、俺がいくよ」
 それは、いわば人柱にも近い判断だった。最低限の探索機能のみを搭載したシャドウボーダーで現状、外界の様子を伺うには人の目でなければ無理な状況である。しかしどの人類史であるかも不明な今、外界に出た瞬間人類史の間に転落し存在そのもの――霊基、いわば歴史上からその存在がいっさいに消えてしまってもおかしくなかった。英霊は死者である。いわばデータを具現化させた兵器のようなものだ。だからこそ戦闘で死亡したとしても、再び召喚の儀さえ行えば呼び出すことは可能で在る。しかし具現化させるためのデータがそのまま消えてしまえば、そもそも形作るもののかけらさえない。そしてきっと、呼び出さんとする人間の想像にさえ呼び起こされることはない。その存在がそも初めから存在しなければ、思い出すことさえなくなってしまう。そんな状況下であっても、おかしくない現状の今、その第一歩を吉川は自ら務めるというのだ。
「多分、これが最後の戦いになるんだろ。そうじゃなくても、きっとゴールはもうすぐそこだ。でも俺は多分、今より一層激化する戦闘にとてもじゃないけどついていけない。俺は伊藤や、いちみたいに戦えない。でもここにいるみんなは間違いなく、照也くんに、ねむくんに必要な盾であり、剣だ。だったら、俺は俺のできることをするよ」
 不必要に手駒を減らすことはないから。震える手を握り締め、最後に笑った吉川に誰も止めることなどなかった。
「ひとつ、覚えておいてくれ」
 呼び止める伊藤は、吉川の肩をきつく抱き締めると一度背を強く叩いた。
「直幸、君はけして消費すべき駒ではない。ここにいる皆は君の選択を尊重し、君の勇敢さと慈悲深さを信じている者だ」
 大丈夫、何も起こらないさ。そう見つめる伊藤の瞳に、わずか、吉川の強張った肩から力が抜けていく。
(以下省略)

絶対描かないとおもうので補足

照也とねむだけが人間(Wリツカシステム)で、カルマはマシュポジション(デミサバ)
他は全部サーヴァント
第一部のラストでてるねむを守って人類史の間に転落し、存在そのものごと抹消されたカルマが二部の最終異聞帯で登場する。存在ごときえたため照也たちはカルマの存在ごとそっくり忘れてしまうが、カルマと再会したことで存在を思い出す。

ちなみにカルマの異聞帯は間に落ちたカルマに異教の神が目をつけて王にした。カルマくんは唯一照也たちの思い出を持ってる存在で、忘れてしまわないように心の中で描き続けていたはずが王になったことで思い出が具現化→異聞帯になってしまう。だから異聞帯ではカルマの想像できる部分の畠中だけが存在し、あとは全部真っ黒な闇の中にある。思い出の畠中を描き続けながらたった一人で異聞帯に存在してたカルマ。ただほかの異聞帯と違い現代に最も近い異聞帯であったため人類史に大きく影響する(というより人類史がなくなったのはもはやカルマくんの異聞帯ができたせい、といってもいいレベルで影響している)
照也とねむ、他にカルマと一緒に戦ってきたサーヴァントが全員でカルマを倒す羽目になるし、結局異聞帯とともに消えるカルマなのでこれから先も覚えていることさえできない。照也はようやく出会ったカルマを人類史のために消し去ることになる。ちなみに通常時のカルマは照也たちを認識することができず怖がって逃げるような素振りを見せる(逃げだけのカルマとの戦闘が続く)が、最終的に崩壊した異聞帯がカルマのカルデアでの部屋に変わり、そこで照也と再会した(カルデアに来るより前に照也と幼い頃一緒に遊んでた)場面でカルマが思い出す。ずっと会いたくて願ったけど、わがままだから罰がくだったんだ、ぼくのわがままのせいで照也くんたちの人類史を僕が壊してしまった、と落ち込むカルマと、そんなカルマをこれから消さなければならない照也と。
自己消滅を受け入れるカルマに焦った異教の神がカルマを乗っ取って戦闘になるも、カルマが自我で神を抑えこみ、照也たちを安全なボーダーまで誘導。安全を確認し、神の力で特異点ごと消滅する。

それから暫く事後処理や審問会に翻弄される照也とねむが復帰後初の召喚実験を行うことに。召喚に応じたサーヴァントはどの世界の歴史にも存在しない英霊であり、再び二人は加アルデアを混乱に巻き込むことに。呼びかけに応じたサーヴァントはどこかの世界で人類を救った勇気ある英雄である。




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