#HCOWDC Day7
2022/02/27 18:58

「あ、この前の」
 それは昼下がりの巡回中のこと、自転車を転がしながら畠中を見回る紫川の前に、ぴょんと飛び出した一匹の三毛猫は確かにあの日、迷子の少女とともに現れた猫だった。紫川は猫に明るいわけではなかったが、それでも一度出会っただけの三毛猫を、間違いなくあの時の猫だと確信したのは他でもない、猫らしからぬその巨体のためである。三毛猫は紫川をじ、っと見つめると、まるで虎が唸ったのかと紛うほどの低い声でナアンとひと鳴きし、その身体に見合わぬ身軽さでぽてぽてと彼の前を歩き出した。まるでついてこい、とでも言いたげな素振り、紫川の脳裏に浮かんだのは先日の迷子の事であった。もしかして、また助けを求めているのだろうか。紫川は自転車を降りると、ゆらゆらと揺れる尻尾を追いかけはじめた。

 紫川が異変に気付いたのは、三匹目の猫に追い越された時だった。どうにもおかしい。紫川は小学校周辺から署の前を通り越し、露草神社の方へと向かっている。その間も巡回は怠らなかったが、今日は野良猫をよく見かける。相変わらず大きな三毛猫はのんびりと、その猫こそがまるでこの街を巡回しているように堂々と歩いている。あと少しで神社に着く、その辺りで突然、紫川の前を歩く三毛猫はぴょんと跳ねるように駆け出した。
「あっ!」
 思わず、その小さな背中を追いかけた紫川の前に飛び込んできた光景に、彼はらしくもなく声に出して驚いた。両手で数えてもまだたりないほどの、大きさも、毛色もまるで違う猫、猫、猫が、境内の隅に集まっているではないか。ちょうど太陽が射し暖かそうな場所に、のんびりと毛繕いをするもの、添いあって眠るもの、戯れあったり、喧嘩をしあったりする大量の猫の集会に、紫川は迷い込んでしまったらしい。彼の追いかけた三毛猫は、その中でも特に群れることもなく、それでも何匹かの猫に挨拶するように擦り合い、相変わらず低い声でナア、と鳴いている。
「おや、お勤めご苦労様です」
 ニャアニャアした合唱の中に突如、理解の及ぶ言葉で話しかけられたせいだろう。
「わ! あ、ど、どうも」
 紫川は思い切り肩を震わせ、慌てて振り返った。神主の烏丸が、意図せず驚かせてしまった事に少し申し訳なさそうに笑って立っている。
「あはは、驚かせるつもりは無かったのですが……」
「いえ、こちらこそ申し訳ない…… こ、これは……」
 紫川は思わず、烏丸にこの集会について問うていた。特に餌をやっているわけでもないんですが、と肩をすくめる烏丸は、しかしどうしてかこの場所を選んだようでして、と言う。紫川の視界の端で、白い何かが大きく飛び跳ねた。振り返れば、つい先程の三毛猫に、若い白猫が戯れついているようだった。三毛猫は面倒くさそうにしながらも、その白猫を相手にしてやっているようだ。
「まあ、賑やかな事はいいことですから」
 それに、うちのが気に入っているので。烏丸の言葉に紫川が思い浮かべたのは彼の子供たちだったが、じゃりじゃりと小石を踏み締めやってきた男は、そのそれでもなかった。ラフなジャージ姿に、長い髪。美しい顔立ちの青年は、集まった猫に囲まれながら気紛れにその尻や背中、頭をぽんぽんと叩いてやっている。
「おうおう、今日は何も持ってねーよ」
 気さくに猫を撫で回す青年に、紫川も少しいいな≠ニ思った。確かに、あれだけの猫にあれほど好かれることが有れば、悪い気はしないだろう。それでも、あんな風に撫で回すことをいいな≠ニ思ったのは、猫だからじゃない。
「何か困ったことなどありませんか」
紫川は倒れた自転車を起こすと、形ばかりの質問を投げかけた。烏丸は万事順調です、と笑顔で返す。
「それでは、自分は職務に戻ります」
「いってらっしゃいませ」
 深々と頭を下げる烏丸に、紫川も敬礼で返す。にゃあにゃあ、と盛況する集会の声を背中に浴びながら、今日もまた話したい事ができた、と紫川は人知れず笑みを噛み締めた。



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