#HCOWDC Day5
2022/02/25 22:33

 金曜の図書館は翌日からの土日と比べそう混雑の様子はそう見られない。それでも、ここ最近日中の暖かさが増してきたせいか客の姿が戻りつつあるのもまた事実であった。暫く見ていなかった常連の顔ぶれの何人かがまた本を借りにやってくるようになったことを、吉岡は密かに喜んでいた。静粛な、という言葉の似合う図書館ではあるが、読書家たちのたてる細やかな物音は確かにこの本棚の間に木霊しており、それさえない静けさはなんだか物寂しささえ感じるほどだった。ページを捲る音、潜められた話声。カウンターから少し離れた児童書のスペースから聞こえる楽し気な読み聞かせの声や、新聞をはらう音。椅子が控えめに、カタンと鳴く声も。暫く前は受験期だったせいか、二階の自習室の方がずっと盛況していたが、今はその数も随分と減ってきたように思う。返却された本を整理し、さらにラックへと集められたそれらを、いよいよ本棚へ仕舞いに行こうかと吉岡が腰を上げるのとほぼ同時のことだった。
「あ、久しぶり」
 ほんの少し、下から見上げる目つきは相変わらず独特の色気、のようなものを感じる。思ってもない顔に、吉岡は暫く目の前の男――三好秀昭を見つめ、慌てて、再び着席した。
「今、いいかい?」
「もちろん、貸出ですか」
 背の高い吉岡には万人に利用し易い――それは高学年くらいなら小学生でさえ利用できるほどの――カウンターはいささか低すぎる。吉岡より数センチ低いだけの三好にとってもそれは同じようで、むしろコンピューターを使用するため着席して対応する吉岡よりはるかに不便そうに七冊の本を並べていた。人柄だろう、積み上げられた本は面積の大きいものから小さいものにきっちりと重ねられ、すべての本が読み取り用のバーコードが上にむけられていた。その全てが料理に関する本ばかりで。
「勉強熱心なんですね」
「はは、そう言ってくれるなら嬉しい。まあ…… 趣味、と言うか」
 あんまり熱中しすぎると中毒みたいだから、と照れくさそうに三好は笑う。相変わらず、秋月家とはまるで異なるが彼もまたとんでもない人誑しだと吉岡は思わず内心零した。まるで躾の行き届いた大型の軍用犬みたいな容姿でありながら、人懐っこく、愛嬌を撒くのがうまい。それが似たり寄ったり、三人も存在するのだから吉岡はいつ見ても不思議に思う。ここ最近は何んとなく、三好の三人を見分けられるようになった彼だが、未だにすぐさま誰かを見分けてしまう崇彦や、佳輔、三毛縞には脱帽するしかない。付き合いが長いから、という秋月の二人は確かに飲食業という関係上よく交流があるらしく、また佳輔と三好兄弟は年も近い。一方ではじめて会ったにも拘らず一発で見抜いてしまった三毛縞に至ってはにおいが違う≠ニいうのだから、吉岡は未だにあの男のことがよくわからなかった。
「――あれ、いろんな料理の本、借りるんですね」
 ふと、返却期限を入力しながら気づく。三好が持ってきた料理の本は、主婦向けの料理雑誌と、中華料理についての随分と堅苦しい専門書、フランス菓子の可愛らしいレシピブックに、少し古い和食総菜のレシピ本など、ジャンルも、文化も、形態も様々だった。
「気になるとなんでも手を出したくなっちゃうんだよ」
 少し、照れくさそうに首を傾ける三好は、吉岡が普段――と、言ってもそう多くはない頻度だが――バーで見る完璧な三好秀昭の姿とは少し違って見える。
「どんな料理ができるか楽しみですね」
 返却期日を記した紙と、貸出カードとともに本を手渡す。三好は持ってきたバッグへ丁寧に本をしまいこむと、ありがとうと一言添えてから、ニコリと飛び切り愛想のいい、それでいて普段あまり見せないような悪戯な笑みを浮かべた。
「また今度、味見しに来てくれる?」
 薄く細められたハニーアーモンドの瞳に、吉岡も僅か目を輝かせ、もちろんです、と笑った。



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