「奈良坂さんって年上の恋人がいるの?」


お昼休み。お母さんが早起きして作ってくれたお弁当は彩豊かで栄養満点で今日も今日とてとても美味しい。それに今日は一段と冷えるから とお味噌汁を魔法瓶に入れて持たせてくれた。わたしもいつか お母さんになったらこんな温かいお弁当を子供に作ってあげたいな。


「そうなの?」
「そうなのって…私が聞いてるのに…」


呆れた顔で笑う友達の手元にはメロンパンと少し冷めてしまったミルクティ。彼女の家は週に一度 お父さん主催の"お母さんに楽をさせてあげる日"があるらしい。素敵な家庭。多分今日は"その日"なんだろうな。メロンパン、美味しそう。


「昨日商店街でね、奈良坂さんと綺麗なお姉さんが歩いてるの見かけたの。 友達って距離ではなかったから気になって」
「へー!」
「弟子なんでしょ?知らないの?」
「全然知らない!」
「そっか。 まあ師弟で恋バナなんかしないよね。 変な事聞いてごめんね」


そんなこと気にしなくて全然良いのに。申し訳なさそうに謝る彼女へ顔を上げてとパタパタ両手を振る。確かにわたしと奈良坂先輩は恋バナをしないけど、それを謝られる必要は無い。


「奈良坂先輩お姉さんいるから、もしかしたらお姉さんかもよ?」
「…そうかも。 美男美女姉弟だね」
「わたしも奈良坂先輩のお姉さんに会ってみたいなー!」
「すごく綺麗な人だったよ。 黒髪で赤い口紅がすごく似合ってた」
「へー!」


微笑んだ彼女の口端からメロンパンの屑がほろりと落ちた。メロンパン、美味しそう。


**


「日浦ちゃん」


狙撃手合同訓練終わり。今日は前回より少しだけ順位が上がっていたから奈良坂先輩と古寺先輩が褒めてくれた。すごく嬉しい。嬉しい気持ちは誰かに分けてあげたくなるから 個人ランク戦に勤しんでる熊谷先輩に飲み物を差し入れしようと思う。きっと喜んでくれるはず。


「隠岐先輩こんにちは!」
「お疲れさん。 奈良坂どこいるか知ってる?」
「奈良坂先輩ですか?知らないです!」
「あはは、知らんかぁ」


そら残念。と ひとつも残念そうに見えない顔で笑う隠岐先輩に わたしが電話をかけましょうか?と提案をしてみる。隠岐先輩は一瞬だけ驚いた顔をして 大丈夫、急ぎじゃないから。と両手をパタパタ振った。


「日浦ちゃんは優しい子やなあ」
「えっ別に優しくないですよぅ!」
「いい子にはオニーサンがジュース買うたげる」
「わたしいい子で良かったです!」
「単純やなぁ」


隠岐先輩に奢ってもらった温かいミルクティをコートのポケットに詰め込んで、熊谷先輩のジュースを買うためのお金を財布から取り出す。そうしたら隠岐先輩が もう一個くらい買うたげるがな…と呆れた顔で笑ったのでお言葉に甘えて熊谷先輩のジュースも奢ってもらった。また嬉しいことが増えてしまった。今日は嬉しいことがいっぱいだ。


「隠岐先輩ありがとうございます!」
「どういたしまして。 ならおれは奈良坂探してこようかな」
「お詫びに奈良坂先輩に電話します!」
「えっええよ自分で探すか、」
「あっもしもし奈良坂先輩?あのですね」
「ほんで早いし」


電話越しだと奈良坂先輩の声は少しだけ高く聞こえる。隠岐先輩が探していたこと、そして今いる場所を伝えると奈良坂先輩は「今エンジニア室にいるから五分で着く」と言って電話を切った。


「奈良坂先輩ここに来てくれるそうです!」
「あー本間に?ありがとう日浦ちゃん」
「いえいえー」
「お礼に飴ちゃんあげる」
「えっいいんですかー!」


ころん、と手のひらに乗せられた四つの飴は全てイチゴ味。少し透けた赤がとても綺麗だった。美味しそう、隊のみんなで分けよう!


**


「あっ、三輪先輩!」


今日は朝からツイてない日だった。ジメジメするし髪の毛は広がるから わたしは梅雨が好きじゃない。でも大好きな先輩の誕生月だから 最近ちょっと六月が好きになってきた。


「日浦か。 どうした」
「奈良坂先輩を探してて」
「奈良坂ならトリガーの調子が悪いとシステムエンジニア室に…用があるなら連絡をとるが」
「あっ大丈夫です!傘貸してもらうだけなのでエンジニア室の前で待ってます!」


ポケットから携帯を取り出してくれた優しい三輪先輩にお礼を告げてシステムエンジニア室に向かう。
夕方から雨が降ると教えてくれたのは古寺先輩。傘を忘れたと落ち込むわたしに 折り畳みを持っているから帰りに取りに来い。と言ってくれたのは奈良坂先輩。奈良坂先輩はとっても優しい。

エンジニア室はとても広い。これを全て覚えるのは至難の業だけど、トリガーのメンテナンスをしてくれる場所だけはちゃんと覚えてる。エレベーターを出たらすぐ左に曲がって直進。喫煙所を過ぎたらまた左折。奈良坂先輩のトリガーのメンテナンスを担当している人はどんな人なんだろう。挨拶が出来たらいいな。


「あっ奈良坂先ぱ――」


喫煙所を過ぎて、左折。
制服姿はあまり見慣れていないけど、あれは確かに奈良坂先輩の後ろ姿だった。声をかけようとした瞬間、ふわりと舞う黒い糸。


「わ、」


奈良坂先輩が女の人の腕を引っ張って、触れた。二人が触れ合った。見てはいけないものを見てしまった。全身がカッと熱くなる。目を瞑りながらヨロヨロと後退りをしていたら 喫煙所の横に設置してあるゴミ箱を踵で蹴ってしまった。

それに気付いた奈良坂先輩と目が合う。奈良坂先輩の口元には鮮やかな赤。奈良坂先輩の長い人差し指がその赤を隠すように真っ直ぐ伸びた、その意味は――


**


「そういえばこの前の話なんだけど」


お昼休み。今日も今日とてお母さんが作ってくれたお弁当は美味しい。春が近付いて大分暖かくなってきたらお味噌汁は無いけれど、その代わりに今日はデザートで蜜柑が入ってる。三門蜜柑は甘くて美味しいから大好き。


「やっぱり姉弟じゃあないみたい」
「なんで分かったの?」
「奈良坂さんの顔がね、"愛しい"って言ってたから、きっとあの人は恋人だよ」


頬を赤く染めた友人の手元にはおかずいっぱいのお弁当箱と手のひらサイズのタンブラー。唐揚げとハンバーグとナポリタンが入ってて、美味しそう…。


「本当にすっごく綺麗な人だった」
「へー!」
「絹みたいなサラサラの黒髪で、赤い口紅がよく似合ってて、鼻もスっと高くてね」
「うんうん!」
「本当に美男美女だったの!」
「へー!」
「ねぇ茜はその女の人のこと知らないの? ボーダーの人だと思うんだけど。 私もうあの女の人のファンになっちゃいそうだよ」


ふわりと舞う黒い髪。奈良坂先輩の口元には鮮やかな赤い口紅。その赤を隠すように口元に添えられた人差し指の意味は


「ごめんね。 知らないや」


日浦茜は何も知らない


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