「本日はどのようなお部屋をお探しですか?」
「どのような…?」
「一人暮らし又はカップル向け、ペット可、バストイレ別とか…あー後は駅近とかすかね。なんかあります?」


細長いテーブルを挟んで正面に座る男は、私と大して歳が変わらないよう見える。
童顔なのか、それともこのふてぶてしい態度が彼を若く見せているのかは分からないが、私は最後まできちんと手続きを進めてくれるのであれば 担当職員の態度が反抗期の息子と変わらないくらい悪くても気にならないタイプだ。


「窓の無い部屋はありますか?」

「……は?」


もっとも 私には子供等いないけれど。


**


「結構良い部屋だね」
「そうかな」
「うん。 でもなんか窓が小さくない?」
「そうかな」
「おれはもう少し日当たりがいい部屋が好きだな」


日用品と殴り書かれたダンボールを雑に開きながら、恐らく私以外誰も興味がないであろう好みをペラペラと語る彼の顔を横目で見やる。日当たりの悪いこの部屋では、彼の淡いブルーの瞳は深く染まるらしい。


「後悔する未来がみえるよ」
「そうかな」
「これは、もっと大きな窓がある部屋にしても良かったかもね。って言ってるね」
「へぇ」
「ああでも、そう言うおまえは笑ってるから 別に後悔はしてないのかな」
「ふぅん」


彼は未来をよく語る。
対して私は、そういうの、どうでもいい。


「でもなんでこの部屋に決めたの?」
「ん?」
「だっておまえ、昔はさ、席替えで窓際の席が当たると飛び跳ねて喜んでただろ?」
「そうだっけ」


飛び跳ねて喜んでいた記憶はないが、彼がそう比喩するくらいには、きっと喜んでいたのだろう。
どうせ窓際の席は暖かいだとか、それ故に居眠りが快適なのだとか。自身の事なのに記憶が曖昧なのは そのくらいくだらない事が理由だったからだと思う。


「大学はどう?」
「お母さんみたいなこと聞くね」
「楽しくやれてるか心配なんだよ」
「お父さんみたいなこと言うね」
「おまえなぁ…」


水周りの日用品を両手に抱えて立ち上がる。
浴槽にカウンターが無いのは予想外だった。近い内にラックを買いに行かなければ。シャンプーやトリートメントを床に直置きにするのは カビが生えてしまう原因になるから是非とも避けたい。
浴槽には小窓程度でも窓が欲しかったな。なんて、口に出すのは自己中にも程があるだろうか。


「後は何するの?」
「カーテンつけて終わりかな」
「おれがするよ」
「いいの? ありがとう」


小さな窓にカーテンを取りつけるのは背の高い彼に任せ、私は荷解きの際に散らばった屑を拾いゴミ袋に放り投げる。
カーテンがレールに一つずつ取り付けられる。外の光を遮断して、元々薄暗い部屋から更に光が失われていく。
あぁ これは昼間も電気をつけなければいけないレベルだ。まあ別に、それでも後悔はしていないけれど。


「やっぱり窓 小さいよ」
「それ、何回言うの」
「何回でも言うよ。 嬉しいからね」
「…さいですか」


小さな窓を覆う小さなカーテンは、私が屑を拾い終わるより先に取り付け終わったらしい。
しっかりと私を見つめて嬉しそうに笑う彼は、この薄暗い部屋には、少しだけ眩し過ぎる気がした。


「これおれの為でしょ」
「さあね」
「おれが未来が視えるって言っても信じない癖に、こういうことしちゃうんだよね名前は」
「はいはい」
「そういう優しい所が好きなんだよなぁ」


あぁ、もう うるさい。伸びてくる両腕を軽く叩いて、背を向ける。
この屑の入ったゴミ袋は明日捨てられるけれど、ダンボールはいつ捨てたらいいのだろうか。資源ゴミの回収日を確認しなければ。
引越し当日。荷解きに一段落したところで やる事はまだまだ沢山ある。


「そういえば 嵐山が言ってたよ」
「何を?」
「最近名前と話ができてない。って」
「…そりゃ、"女の子って怖い"からね」
「あはは、確かにそうだ」


嵐山君はかっこよくて性格も良くて、そしてこの三門市では知らない人はいない有名人である。そんな嵐山君と大学内で話をしていると、周りの女子の目が怖いのだ。
嵐山君は誠実故に天然に見られがちだが、本来は人の気持ちにとても聡い人である。赤の他人の目に怯える私を気遣い、適度に距離を開けてくれた。
そう。つまり私と嵐山君は、"友達"から"知り合い"になってしまったのだ。

それを愚痴のように零すと、彼は『女の子って怖いからね』と、それはそれは嬉しそうにほころんだ。
大した独占欲だ。と 鼻で笑ったのを覚えている。


「元気にしてるか?って」
「元気ですよと伝えてくださいな」
「了解」


分解して畳んだダンボールをビニール紐で固く縛って、部屋の隅に立て掛ける。そうだ、資源ゴミの回収日を確認しなきゃいけないんだった。


「まだやる事あるの?」
「資源ゴミの回収日を見ておきたいの」
「そんなの後で良くない?」
「今確認しないと忘れちゃう」
「久しぶりに会えたのに 抱きしめさせてもくれない彼女って酷いと思わない?」


確かにそれは酷いと思う。けどさ、久しぶりになってしまうくらい会ってくれない彼氏だって、酷いと思わない?
けれど、それを言ってしまうのは簡単だけど、なんだか今ではないような気がして。可愛げのない皮肉を飲み込んだ体を 彼の広い腕の間に飛び込んで収める。


「中々会いに来れなくてごめんな」
「大丈夫。 私も引越し作業と課題に追われて忙しかったから」


ぎゅうぎゅうと彼の胸に押し付けられて、応えるように私も彼の広い背中に腕を回して。
窓際席よりも、彼の腕の中の方が暖かくて心地が好いのだぞ。と 高校時代の私に教えてあげられたら。そうしたら高校生の私は、それは素敵だと 飛び跳ねて喜ぶのだろう。


「窓、別に大きくても良かったんだよ」
「私が勝手にしたことだから」


彼は、未来をよく語る。
彼は、未来が視えるのだという。
対して私は、そういうの どうでもいい。

けれど彼が街行く人を見て、時折辛そうに顔を顰める瞬間が嫌だと思う。そんな顔をして欲しくないと思う。
窓の無い部屋に閉じ込めて、何も視なくて済むようにしてあげたいと、そう思う。


「この部屋に来たら名前しか見ないからなあ」


あぁ、彼が抱きしめてくれていてよかった。でなければ私は今、こんなキザな言葉に飛び跳ねて喜んでいたから。
こんなキザな言葉に喜ぶなんて、私も大した独占欲を持っているらしい。


「それなら、もっと大きな窓がある部屋にしても良かったかもね」


彼が窓の外を見ないなら、辛そう顔をしないなら、私しか見ないのならば。日中にカーテンを全て開けて 暖かな陽の光の中で居眠りをするのも良かったかもしれない。


「でも、窓の小さな部屋もありだよね」
「さっきと言ってること矛盾してるよ」
「だってこんなに窓が小さいとさ、ちょっとカーテン閉めるだけで、ほら。 良いムード」
「…馬鹿じゃないの」


それでも私は、陽の光よりも暖かくて心地の好い場所を知っている。


窓の無い部屋


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