「暑苦しい」

「……あ?」


七月、照りつける太陽も 蝉の声も アスファルトの焼ける匂いも 眩しい白い制服も、五感の全てが夏を受ける。
こんなクソ暑い日に薄手のセーターを着てマスクを着けている男を、暑苦しいと罵りたい気持ちは分かる。分かるのだが、誰だテメェは。


「熱中症になりそう」
「ほっとけ」
「これをあげよう」
「要らねーよ…ってオイ!!」


ポケットに無理矢理突っ込まれた小さな塊。突き返そうと思ったが、女の逃げ足があまりにも速かったので諦めた。
ポケットに突っ込まれた小さな塊には『塩分チャージ!!塩飴』と やたら力強い文字で印刷されていて


「ババアかよ」


クソサイドエフェクトのせいでセーター着てねぇと痛てぇんだよ。
追いかけて 首根っこを掴んで 文句を言ってやりたい、そう思ったけどやめた。無駄に汗をかきたくないから、やめた。


**


「濡れネズミ」

「……あ?」


九月、実は梅雨よりも降水量が多いと言うのは まことしやかな作り話ではないらしい。突然の豪雨に降られて 流石に肌が気持ちわりぃ。雨宿りをするくらいならさっさと帰って風呂にでも入った方がいいだろう。


「またテメェかよババア」
「これを貸してやろう」
「要らねー…ってオイ!!」


胸元に押し付けられた小さな塊。突き返そうと思ったが、女の逃げ足があまりにも速かったので諦めた。
胸元に押し付けられた空色の折り畳み傘には、雨で滲んで読めなくなった字が書いてあって


「お節介ババア」


クソサイドエフェクトのせいで肌が敏感なんだよ。
返すのがめんどくせぇから追いかけて 要らねぇ!と ぶん投げてやりたい、そう思ったけどやめた。濡れた肌が痒くなってきたから、やめた。


**


「不良がいる」

「……あ?」


十二月、終業式なんてかったりぃ事やってられっかよ。外は肌を刺すような寒さだが あんな感情だらけの場所に放り込まれるよりはマシだ。綺麗とは言えない屋上に寝転がり ヒカリから借りた漫画に目を通す。


「テメェだってサボってんじゃねえか」
「ここは寒いから貸してやろう」
「要らねー…だぁ!足速ぇな!!」


腹に投げかけられた軽い塊。突き返そうと思ったが、女の逃げ足があまりにも速かったので諦めた。
腹に投げかけられた膝掛けには、何故かHungry!!とドデカい字がプリントされていて


「なんで腹減ってんだよ」


クソサイドエフェクトのせいで終業式に出られねぇんだよ。
俺に渡したらお前が寒ぃだろうが。と 追いかけて簀巻きにしてやりたい、そう思ったけどやめた。意外とHungry!!の肌触りが好みだったから、やめた。


**


「貰った?」

「……あ?」


二月、学校の至る所で甘ったるい匂いがする日。国近と今のチョコケーキは普通に美味かったし、加賀美と人見からは本当に食いもんなのかと聞きたくなるくらいにグロテ…芸術的な、恐らく食いもんであろう物を貰った。


「余ったからあげよう」
「…要らねぇ」
「間があったね」
「うるせえ、ってオイ」


掌に乗せられた箱。今日くらいは礼を言ってやろうと思ったけれど、女の逃げ足があまりにも速かったので諦めた。
余ったにしては随分と見目良いその箱には、何も書いて無かった。


「めんどくせぇ」


クソサイドエフェクトのせいで、肌がむず痒いんだよ。
テメェは普通に会話が出来ねぇのか。と 追いかけて詰め寄ってやりたい、そう思ったけどやめた。これ以上無駄に熱くなりたくないから、やめた。


**


「ほらよ」

「……え?」


三月、このままだと進級できない…!と 国近と当真が情けなく今に取縋る時期がやってきた。恐らくアイツらが怖ぇのは 進級出来ない事実よりも、進学校に通う鬼に叱られる事だろう。


「んだよ そのアホ面」
「あ、うん。 有難く頂きマス、では」
「ちょっと待てや」


丁寧に受け取られた紙袋。今日こそは、逃げ足の速いこの女を諦めてやらねぇ。
震えてカサカサと音を立てた白い紙袋を両腕に抱え逃げ出しそうとした女の腕を、掴む。


「名前」
「え」
「名前と学年とクラス」
「名前、二年A組」
「カゲ」
「うん、カゲ 離して」
「なんでだよ」
「痛い」


クソサイドエフェクトなんて使わなくたって、分かってんだよ。
そろそろ素直になりやがれ。と 真っ赤な顔を指さして思いっきり笑ってやりたい、そう思ったけどやめた。その顔が割と好みだったから、やめた。


**


「三年B組」

「……三年C組」


四月、国近と当真は 鬼に扱かれたお陰で無事に進級できたらしい。因みに俺も巻き添えを食らって鬼に一時間程説教された事は未だに解せないし 腹が立つ。鬼にでは無い。鬼にチクったゾエにだ。


「離れたね」
「別にいーだろ」


クソサイドエフェクトのせいで、肌が痛てぇんだよ。
寂しいなら素直にそう言えや。と 女に言ってやりたかったけどやめた。俺を見てニヤニヤしている顔が意味不明で、やめた。


「カゲ」
「んだよ」
「お前 私の事本当に好きだね」

「……あ?」

「そんな残念そうな顔をしなさんな」


肩に置かれた手を ふざけんじゃねぇ!と 振り払ってやりたい。そう思ったけどやめた。もう隠す必要も無いと思ったから、やめた。


「うるせえ」


好きに決まってんだろうが


くそったれ


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