ポケットからスマホを取り出して空の一部分を切り取った。
胸を貫かれたような痛みだった。噎せ返るような青空だった。この街に飛行機は飛ばない。



「…なんでいるの」


聞いたこともないような低い声。私を見下ろす彼の目は、普段と比べものにならないくらい深く、重い。


「学校来ないから、心配で、」
「連絡返せないって言ったよね」
「…だから余計に心配だったの」


連休初日、『暫く連絡返せないから』とメッセージが送られてきた。返事はしたけれど、それに対する返事は彼から来なかった。
連休が開けても返事は来なかった。そして、彼は学校にも来なかった。


「犬飼くん」
「……うるっさ」
「え…待って、」


部屋の扉を乱暴に閉めた彼が私の腕を掴む。もう見慣れた彼の匂いがするベットへ放り投げるように押し倒された。手酷く抱かれた。皮膚が破ける程強く噛まれたところは戒めのように膿むだろう。痛くて痛くて


「心配とかしなくていいから」
「…犬飼くん」

「彼女でもないくせに」


痛い。


気付いた時には外だった。あまりのショックに耐えられず無意識に彼から逃げてきたのかもしれない。左右で長さの違う学校規定のソックスを正しい位置に戻した。私の苦しさが溢れて落ちて、ボタボタと地面に染みを作る。


彼と私の関係に名前はない。所詮"セックスフレンド"だ。けれども、名前が無いくらい、それがなんだって言うのだ。

誰がどうみたって彼は私を大事にしていた。"バイト"がない日は必ず私を優先してくれた。彼が私を呼ぶ声は愛しい者を呼ぶ音色だった。いつだって彼は私を壊れ物を扱うように大事に抱いた。

今私の苦しみを受け止めた首元のネックレスは、恋人でもない私に、なんでもないただの平日に、彼がくれたものだ。遠慮をする私に「"バイト"してるから」「お金で解決するわけじゃないけど、受け取って」と言って笑う彼の表情は、私が大切だと、私を心底愛しいと、そう言っていた。

心底私を大切に思う、そんな彼が私を傷付けるためだけに吐いた言葉を。その言葉に隠された彼の思いを考えることすらせず、表面だけ受け取って傷付く権利が、与えられてばかりだった私にあるのか。


「…あ。」


涙を枯らすために上を向いた。噎せ返るような青空に、今にも消えそうな白線が一本。ポケットからスマホを取り出して写真に収めた。この街に飛行機は飛ばない。


『ひこうき雲、見つけたよ』


初めて彼の部屋にお邪魔した時、整頓された部屋に似合わない模型を見つけた。それも何個も。私がそれに興味を示すと彼は照れ臭そうに笑った。彼の好きな物は、空に真っ黒の穴が空くこの街では、もう見れないものだった。

だからこそ、私は空に白線を見つける度にそれを切り取って彼に送った。それがひこうき雲では無いことくらい勿論私は分かっていたけれど、それでも送った。

勿論彼だって、私がその白線をひこうき雲ではないと分かっていたことを分かっていた。それでも彼は私のことが大切だったから、私の気持ちを無下にせず「あれは違うよ」「ひこうき雲はもっと白くてモコモコしてて分厚いんだ」と嬉しそうに答えてくれた。

飛行機の飛ばないこの街では、飛行機のことなんて誰も話題にあげないから。せめて私だけでも、彼の好きな物を大切にしたかった。

私たちは恋人ではないけれど、だからといって、体だけの関係ではなかったはずだ。


『今どこにいるの』
『本屋の横の公園の近くにいるよ』
『公園の中で待ってて。あと、それはひこうき雲じゃないよ』


知ってるよ。と誰にも聞かれないように小さく声を零す。ひこうき雲じゃないことは知ってる。けれどその事実を知っているのは、私と彼だけでいい。


「走ってきたてくれたんだ」
「そりゃあね」
「どうして?」
「名前のことが大切だからだよ」


ごめん。そう言って私を抱きしめる彼の体は少しだけ湿っていて。荒い息、揺れる肩、簡単に耳まで届く心音。私も彼の全てが大切で、愛しい。


「会いにいくから」
「遠いよ」
「それでも、絶対会いに行くよ」


高校を卒業したら、私はこの街を出る。
寂しいと泣いてくれる人はいれど「その方が良い」と言って止めてくれる人はいないこの街を、四年前のあの日に最愛の夫を失った母と共に離れる。


「"バイト"してるから大丈夫」


涙が溢れそうになった。噎せ返るような青空には雲ひとつなくて目が痛い。


「私も大学入ったらバイトするから、会いにくるね」


飛行機の飛ばない街に、彼が命をかけて守る街に、いつか必ず帰ってくるから。


「…居酒屋とかやめてね?カフェとかも嫌だな。人目に触れない工場内…は男が多そうだし、えー待ってもう働かないでいいよ…おれが養う…」
「何言ってんの…」
「どうせ名前に使う予定のお金だからね」
「だから何言ってんの」


だからその時は、私達の関係に、永遠に続く名前を付けて


鳩原関係で犬飼とすれ違う話(もちろんハッピーエンドで!)というリクエストを頂けたので、これはチャンスだと思いMEMO「鳩原密航後の犬飼とセフレ」を入れ込んだお話にさせて頂きました。
ありがちですが、"犬飼から離れていった鳩原"と"離れていくけど繋がっている夢主"です。互いに抱えている問題があって互いが重荷になるのを恐れ付き合わないという選択を選びましたが、多分こいつら遠距離になったら逆に直ぐ付き合います。


Thank you for the 1st anniversary



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