「これは加賀美先輩の悔しさと私の成長を表現したオブジェで…」
「あぁ、だから腕が八本…」
「理解を示すなよ…」


もいもい。辻の長い指がオブジェの二の腕(らしき部分)を緩く潰す。少しポテッとしていた二の腕(らしき部分)が辻のせいで随分とスリムになってしまった。歪で怖い。


「ところで」
「うん」
「何故目を合わせない?」


もいもい、辻の指が二本目の二の腕(らしき部分)を潰す作業に突入したところで、ずっと気になっていたことを遂に聞く。勢い余って握り潰される二の腕(らしき部分)。きょろきょろと忙しなく揺れる紫は、やはり私を見てくれない。


「…顔、見たら、殴」
「嘘つくなよ気まずいだけだろ」
「うっ……」
「あっおいコラ潜るな出てこい」


誤魔化すにはレベルの低すぎる嘘を間髪入れずに一刀両断すると、辻は隠れるようにワタワタとこたつの中に潜っていく。
逃げ癖のある辻が再び塊にならないように、と無理矢理ベットから引き摺り下ろし、こたつにぎゅっと詰め込んだのだが…どうやら失敗だったらしい。そこに布さえあれば、辻はいつでも塊になれるようだ。


「中の温度"強"にするよ」
「……茹だるからやめて」
「茹だりたくないなら出きてよ。なんであんなことしたのか気にはなってるけど、もう怒ってないから」


こたつ布団から少しだけ突き出ている辻の丸い頭をなるべく優しく、するりと撫でる。髪質トラブルとは無縁そうなスルッスルの髪は指通りが良すぎて…えっ何こいつの髪の毛。絹なの?なんのトリートメント使ったらこんなスルッスルになんの?ごま油でも塗ってんの?なんて思っていたら、足先に違和感。
…えっこいつ何してんの?こちょこちょでもすんの?このタイミングで?


「……なんで怒ってないの」


足先に触れていた辻の手が私の足首を緩く掴む。触れていないと不安なのだろう。その気持ちは分かる、の、だが、やめてほしい。こたつの中で足首掴まれんの普通にホラーだから、やめてほしい。


「来てくれたから怒ってないよ、手離せ」
「…ここに?」
「うん。気まずいのに、来てくれたから」


辻が私と目を合わせてくれない理由。気まずい理由。とは。アレだ。私の血塗れファーストキスのことだ。
あの時の私は辻にめちゃくちゃ怒っていた。来世も死んで欲しいと思うくらい怒っていたし、来世も死ねと言ったくらい怒っていた。そりゃあ目も合わせれんくらい気まずいだろう。

それなのに、辻は来てくれたのだ。私のことを心配してここに来てくれたのだ。逃げ癖があるくせに、私から逃げなかった。あぁ本当に、カッコイイじゃないか、辻のくせに。


「…今日ね、初めてイーグレットでモールモッド倒したんだよ。しかも一人で」
「うん」
「イーグレットって重いし遅いし苦手だったんだけどさ、もうやだ〜って愚図ったら師匠が鬼みたいな顔するからさ」
「想像出来る」
「訓練頑張って良かったな〜って」
「良かったね」
「ありがとね」
「なにが」
「さぁね」


離せと言ったのに離して貰えなかった手。掴まれたままの足首はやっぱり怖いから、こたつの中に腕を突っ込んで奪い取るようにその手を握る。ぎゅっぎゅっと数回遊んだら、ぎゅっと遊び返されて、それがなんだか嬉しくて、んふふってだらしない笑い声が出た。


「まあ結局ウサゴリラに捕まっちゃったんだけどね、雷蔵が元に戻してくれて…あ、雷蔵ってエンジニアで、」
「うん、知ってるよ」
「その後はトーマと奈良坂くんと古寺くんと魚を避けて的に当てるゲームしてさ」
「うん」
「私人型近界民撃ったよ。ぎゃふん?」
「なにそれ」
「辻にぎゃふんって言わせたくて」
「なら一生言わない」
「サービス精神皆無か」


折り畳んでいた足を伸ばして辻の体を軽く蹴る。ちょっと固い感触。こたつがガタンと大袈裟に揺れて、くふ、と空気が漏れたみたいな、小さな笑い声が聞こえた。恐らく脇腹の辺りを蹴ったのだろう。


「ちょっ、と、やめろ」
「あぁ、それと〜」
「やめろってば、足、」
「"俺の"」
「話聞けって、え?」


けしけし、辻の静止の声を無視してニヨニヨと脇腹を蹴り続ける。やめてほしいならこたつから出てくればいいだけなのに、いつまで潜ってんのやら。
くふくふと漏れる笑い声が愛しくて、早く出てきて欲しくて。だから最終手段。さぁ早く焦って出てこい。


「あーあ。出水がせっかく買ってくれたドピンクトクス付けれなくなっちゃったなぁ」
「…ちょ、え、」
「いぬを迎えに来た?奈良坂くんとのデートが気になっただけじゃなくて?」
「え、どっ、待っ、痛!」
「なにやってんのお前…」


けしけし、ニヨニヨ。脇腹と"恥ずかしい話"のダブル攻撃に焦った辻がこたつから飛び出てくる。どうやら慌てすぎて頭を打ったらしい。
なにやってんのお前、加賀美先輩と今先輩に焦って私の後ろに隠れた時もそうだけど、お前はもう少し自分のデカさを自覚した方がいいよ。


「なっ、んで、それ」
「敏い友人がいるもので」
「さと、ゆ、え」


ボサボサの髪。真っ赤な顔。わなわなと震える唇。
やっと目が合って嬉しいはずなのに、辻の顔が面白くて面白くて。情けない顔だなぁ、なんて、笑いが出た。


「手」
「あ、ごめん…?」


離れた手が寂しくてプラプラと振ると、何故かごめんと謝りながら辻がその手を握ってくれる。なるほど分かった、どうやら辻はパニックになっているらしい。なんて私に都合がよすぎる展開なんだ。パニックになっている間に色々詰め込んで既成事実を作ってやらねば。


「私、辻のこと好きなの」
「どぇ、」
「なんて声を出すんだい」


どぇ、ってなんなの。どんな気持ちを表現した声なの。真っ赤になった辻を見て、そう言えば辻がこの顔を私にするのは初めてだな。と気付いた。

……辻に、女子として見られている…これは良いぞ。勝利の女神が私に微笑みかけている。苦手意識を向けられる前に、なんとかして既成事実を…!


「ずっと辻のことは幼なじみ…というか、家族みたいに思ってて」
「あ、うん、」


ずっと一緒にいて、喧嘩して仲直りして、住んでる家が違うだけで、家族みたいな、そんなもんだと思ってて。カップルって馬鹿にされた時も私全然気にしてなくて。だって新ちゃんは家族なんだからカップルなわけないじゃん。って。


「なのに新ちゃん、私のことなまえちゃんって呼ばなくなって。お前って」
「それは、」
「まあ別にお前って呼ばれても気にしてなかったけどね。お兄ちゃんだって私のことお前って呼ぶし」


呼び方が変わったのなんて全然どうでも良くて。だって家族だし。その日からちょっとずつ距離ができたけど別に寂しくなかった。だって家族じゃん。会話は無くても絆があるし。嫌われてないのは視てれば分かったから。だから新ちゃんは私の中でずっと新ちゃんで、ただの、新ちゃんで。


「それが変わったのは、あの日で」


門が開いた時私何してたっけ。覚えてないけど門が開くのは数字で分かったよ。いっぱいトリオン兵が来て、怖くて泣きそうで、そしたら新ちゃんが来てくれて、市民館まで引っ張ってくれて。アレ狙われてんの私のせいだったね、本当にすまんかった。


「お母さんと連絡が取れるまで、大丈夫だよってずっと手 握っててくれてありがとう」


学校では話してくれなかったけど、家にはいっぱい来てくれたじゃん。あれ私が無事が確認しに来てくれてたんでしょ?お母さんに聞いた。ボーダー入った理由も、二宮さんに私のことボーダーに誘わないでって言ったことも聞いた。諏訪隊との合同任務の日も会いに来てくれた。イーグレットも、新ちゃんが言ったからでしょ。知ってるよ私、もう全部知ってるもん。


「ずっと守ってくれてて、ありがとう」


ぼたぼたっ、と落ちる涙を制服の袖で乱暴に拭う。拭っても拭っても視界がぼやけてキリがない。新ちゃんと顔を合わせて、目を見て、話をするって決めたのに、


「なまえちゃん」
「新ちゃん大好き、新ちゃんが世界一。もう新ちゃんと一緒の墓に入るつもりだし、墓石だって私が買うし、アレならお婿で主夫してくれていいし、」
「なまえちゃん」


乱暴に涙を拭く手を新ちゃんが握ってくれる。薄っぺらくて細くて長い、ぬくくて優しい新ちゃんの手だ。私の大好きな手、大好きな人の手。ぎゅっ、と強く握られて、負けないように私も強く握りしめる。


「新ちゃんが好き」
「うん」
「だからお願い」


新ちゃんの手が私の瞼を撫でる。いつもはゴシゴシ擦るみたいにするくせに、こういう時ばっかり優しいから嫌になる。とっくに壊れている涙腺は、新ちゃんのせいでもう元には戻らないかもしれない。


「あご、なぐらせて…っ!」

「………なんで?」


やむを得ないはなし


マエ モドル ツギ

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