「お団子食べたい」
「言い得て妙だな」
師匠に貰ったいちごの飴。この飴は優しい甘さだし、口の上側が切れないし、師匠との温かい思い出があるから好きだ。好きなものランキングでいえば半崎くんの寝癖の次くらいにいちごの飴だ。
そんな半崎くんの寝癖の次くらいに好きないちごの飴をコロコロと口の中で転がしているにも関わらず、私は今猛烈にお団子が食べたい。
そう、真っ白で、もちもちで、柔らかくて
「ほんとうに ごめんなさい」
このお尻みたいに、まん丸の。
「大丈夫、訓練中の事故だ」
東さんがお団子に声をかけている。めちゃくちゃシュールだ。因みに『訓練中の事故』の責任は現場監督である佐鳥が取るらしい。佐鳥めっちゃ可哀想。後でジュースを買ってあげよう。
「それにしても、凄い破壊力」
「トリオン38つったか?」
「うん。データないんでしたっけ?」
360m先でもしっかりと目視できる巨大な穴から目を逸らして、師匠がたぷたぷと弄っているタブレットを覗き込む。
今期入隊の狙撃手志望は7名、確かに あのお団子のデータはない。
「どっかの支部所属の子ですかね?」
「だろうな。まあこんなイカれたサプライズをしてくれる支部つったら、あっこしかねぇだろ」
「……玉狛支部の 雨取千佳です………」
「たまこま…」
玉狛支部。迅悠一の所だ。
……なんだろう。迅悠一の名前が出てきた瞬間に、このイカれた一連の出来事が全て納得出来てしまうこの感じ。なんか腹立つ。
ほら、師匠も やっぱりな、って顔してるし。東さんも やっぱりな。って顔してるし。多分そこで土下座してる佐鳥も やっぱりな。って顔してると思うよ…って、あれ?佐鳥どこ行った?
「名字先輩!!」
「うぎゃあ!居たァ!」
佐鳥居た!!思ったより近くに居た!!佐鳥が私の腹に巻きついている。いや、なんで?!
「名字先輩も佐鳥と一緒に怒られてよ!」
「いや、なんで?!」
「名字先輩、あの子がトリオン多いの気付いてたでしょ?!知らんぷりは縄文時代から大罪だよ!!だから!!佐鳥と一緒に責任を!!」
「取らねぇよ!離せ!!」
なんで私が責任取らないといけねぇんだよ!てか私言ったし!師匠に 怪物いるよ〜って言ったし!信じてくれなかった師匠が悪いし!!
私のお腹に巻きついて、ぎゃあぎゃあと喚く佐鳥の頭を鷲掴みにして思い切り引っ張る。いや、なんで離れないんだよ力強いな。嵐山さんといい佐鳥といい腕力どうなってんだ。嵐山隊はゴリラしか受け付けてねぇのかよ。
「ああもう!分かった!」
「え、一緒に責任とってくれるの?!」
「佐鳥、お前に一つ聞きたいことがある」
「なに?」
きょとん。お腹に巻きついたままの佐鳥が、子供のようなあどけない顔で私を見上げる。その顔はちょっと可愛いが、可愛いからって折れてやる程 私は優しい人間でない、悪いな。
「モテる男って、どんな男だと思う?」
「とりまる?」
「誰だソイツ」
名字先輩トリマル知らないの?知らん。凄いイケメンなんだよ〜。まじか、写真ないの?あースマホ制服のポケットの中だ。じゃあ後で見せて。いいよ。
佐鳥曰く、モテる男の代名詞は『トリマル』らしい。ふざけた名前の野郎だな。本当にモテんのかソイツ。
「トリマルはとりあえず置いといて」
「うん」
「モテる男っつーのは、頼れる男の事だ」
「うん」
「こういう事件が起きた時、スっと前に立って皆を守る男。かっこいいと思わんかね」
「…思う」
「責任は全て俺が取ります、と言える男。カッコイイとは思わんかね」
「思う」
「そういう男はモテると思わんかね」
「思う!!!」
名字先輩、オレ責任取るよ!カッコイイよ佐鳥!!なんてったってオレは頼れるカッコイイ男だからね!!流石だよ佐鳥!!
私のお腹から顔を離して、キラキラとした顔で東さんの横に戻っていく佐鳥を敬礼で見送る。師匠が可哀想な物を見る目で私と佐鳥を見ていたが、責任を取る というクソ理不尽な事態から逃れられたので別に良い。
「なんだこれは!一体どうなっとる!?」
おっと、なんだか物凄く怒った人がやってきたぞ。すっごい怒ってるけど、なんだかフォルムが可愛くて威厳が無いな。タヌキみたいだ。
触らぬタヌキに祟りはなし。タヌキさんの視界に入らないように師匠の背後にいそいそと隠れると、やたらと目つきの悪いちょんまげ女と目が合った。
「アシメさん、質問いいっすか?」
「なんだいちょんまげ娘。先輩と呼びな」
「アシメ先輩、質問いいっすか?」
「いいよ、どうした?」
そこはタヌキさんの視界に入るから、死角になるこっちへおいで。ちょいちょいと手を振ってちょんまげ娘を誘うと、ちょんまげ娘は物応じせずやってきて 師匠の背中にびたりと張り付いた。こんなに顔面の怖い師匠を怖がらないなんて、このちょんまげ娘、侮れん。
「さっき土下座返し先輩がアシメ先輩に『気付いてたでしょ』って言ってたじゃないっすか」
「お前ネーミングセンス神だな」
「それってどういう意味なんすか?」
「あ、それは私がサイドエフェーー」
「千佳!!」
「…三雲くん?」
聞き覚えのある、凛とした声がした。
訓練場に新たに増えた ふよふよと舞う数字は、半年前に衝撃を受けた、弱い数字だ。
師匠の腕の間からひょこりと顔をのぞかせる。やっぱり居た、三雲くんと
「……遊真?」
「あっ、修くん、遊真くん」
「三雲…?そうか、玉狛に転属しおったのか」
玉狛に転属…そっか、迅悠一とこの前一緒にいたもんね。本部じゃなくて玉狛支部の子だったから、試験の日から最近まで会わなかったのか。
玉狛支部の三雲くんに、雨取千佳。一緒にいるってことは遊真も玉狛支部の子か。なるほど、だからこの前深夜に会った時も換装体だったのかな。
「遊真〜」
「むむ、なまえちゃんか?」
「そーそーなまえちゃんだよ」
そこに居たらタヌキさんに殴られちゃうからこっちにおいで。
師匠の腕の間から ちょいちょい、と手招きをすると遊真はぺとぺととやってきた。いつの間にかちょんまげ娘はいなくなっていたので、ちょんまげ娘がいた所に遊真を立たせる。
「久しぶり、なんで服黒いの?」
「お久しぶりです、分かりマセン」
「そっか〜。今日入隊したの?」
「そーだよ。なまえちゃんは狙撃手なのか?」
「そー。本部所属だけど一応三雲くんと同期」
「オサムと同期。なら先輩ですな」
そうだね、なまえ先輩だよ。というと、よろしくな、なまえ先輩。と もふりと頭を下げられる。…なんか師匠が私の事を甘やかす理由が今なら分かる気がする。後輩クソ可愛い。
もふもふ。遊真の髪の毛に指を通して久しぶりのもふもふを堪能する。はあああ、良い。
「師匠も遊真の頭触ります?」
「触らねぇよ。いい加減隠れるのやめろ。ソイツもさっさと解放してやれ」
「あ、うん。ごめん遊真、千佳ちゃんとこ行ってあげな」
「分かりマシタ。またお話しよう」
「うん。あ、待ってよ」
「おいコラ」
ずぼり、師匠のポケットの中に手を突っ込んで、私のご機嫌取り用に何個かストックしてあるいちごの飴を取り出す。5つも取れてしまった。1つは私ので、3つは遊真と三雲くんと千佳ちゃんの。残りのひとつは…ちょんまげ娘にやるか。
入隊祝いだよ、泣いて喜びな。遊真のもふもふ頭に飴を3つ突っ込む。奥まで突っ込みすぎてしまったのか、遊真の毛量が凄いのか。突っ込んだ飴は一瞬で姿を消した。
「ありがとうございます、なまえ先輩」
「いいんだよ〜、またね〜」
「俺の飴だぞ」
「あはは」
「おいコラ」
私用の飴だしいいじゃないですか。お前用って誰が言ったよ。半崎くんが言ってた。…ッチ。
残念だったな師匠。師匠が私と村上先輩をすこぶる甘やかしている事がバレていないと思っているのは師匠だけなんだよ。ポカリ先輩も半崎くんも加賀美先輩も、師匠が弟子馬鹿な事みんな知ってるからな。
「ちょんまげ娘にあげようと思ったけど、やっぱり師匠にあげる」
「元々俺のだろ」
「はいはい」
バツが悪そうな顔をして屁理屈を述べる師匠の口に、いちごの飴をポイッと放り込む。私の飴はもう少し残っているし、完全に無くなってから新しいのを食べよう。私は飴は最後まで舐めきる派だ。噛むと歯にくっついてイライラするから。
「あ、とりまる先輩」
「………なんだと?」
遊真が誰かを呼ぶ声がした。トリマルだと?トリマルっつったら、さっき佐鳥が言ってた『凄いイケメンでモテる男の代名詞』じゃねぇか。何故ここにトリマルがいるんだ、いや、そんな事より、イケメン見たい。トリマルどこだ
「千佳、大丈夫だったか?」
「はい、先輩方が庇ってくれて…」
「なら良かった」
「とりまる先輩、あれチカが開けた穴」
「……凄いな」
へえ、確かにイケメン。ちょっともさっとしてるけど、背も高いし、後輩に慕われてるってことは性格も良いのだろう。確かにイケメンだな『トリマル』は。
うんうん、確かにモテそうだな『トリマル』
うんうん。うん…
「あ、なまえ先輩。どうも。」
「……トリマルってお前かよ!!!!」
容量オーバーです