「悪かった」
「………。」


むしゅり。狙撃訓練場にて、ほっぺをパンパンに膨らませ腕を組む女がいる。私だ。そんな私にアイディンティティである帽子を脱いで頭を下げる男がいる。師匠だ。
おずおずと差し出された手には、いつかに貰った苺の飴がちょこんとひとつ乗っかっている。


「飴なんふぁで私の怒りが収まるとれも?」
「食いながら言う台詞じゃねえだろ」
「なにかいいまひた?」
「……何も言ってねぇ」


何故、世界一カッコイイ師匠がその弟子である私に頭を下げているのか。
それは、遡る事 十分前ーー


ーー


「ね、そろそろ来ますかね?」
「なんでお前が緊張してんだよ」
「だって初めての後輩だもん!」


そわそわ、そわそわ。師匠と東さんの周りをぐるぐると回りながら、佐鳥に連れられやってくる予定の新入隊員達を今か今かと待つ。

一月八日
今日は、半年に一度のボーダー隊員正式入隊日。

半年前に入隊したばかりの私は正隊員狙撃手で一番の新米だ。あんなに可愛い日浦ちゃんよりも、私の方が後輩だ。
つまり、今から佐鳥に連れられやってくる期待の新人達が、私の初めての後輩。
そんなのそわそわしない方が無理だろう。あまりにもぐるぐるしていたので師匠に頭を鷲掴みにされてしまった。ぐるぐるするのは止まったが、それでもそわそわは止まらない。あぁ、楽しみ!


「ここが狙撃訓練場だよ〜」

「…きた、きたよ!師匠!東さん!」
「見れば分かるわ。いい加減落ち着け」
「ははは、よし、お前ら仕事するぞー」


いつもより少しだけ格好付けた佐鳥と、少しだけ緊張している新入隊員達が狙撃訓練場に入ってくる。
確か事前に見たデータでは狙撃手希望は七人だったけど…なんか一個数字が多いな。支部かなんかに所属してる子が一人増えたのかもしれない。
師匠と東さんは新入隊員の指導があるから佐鳥の横に移動しているけど、私の仕事は『新入隊員を視る』だけだ。どこにいれば良いんだろう。邪魔にならない所はどこだ…。キョロキョロと辺りを見渡して……

……え?


「いやいやいやいや……」


あはは、有り得ない有り得ない。
後輩が出来るからって浮かれすぎてサイドエフェクトがおかしくなっちゃったのかも。うんうん、そうだよ。そうに決まってる。だってあんな数字見た事ないもの。うん。はーーー私ったら浮かれすぎだな〜。よしよし、ちゃんと仕事をしなきゃね。サイドエフェクトをしっかり使って、可愛い可愛い新入隊員達をしっかりと視ーー


「うそだろ?」


ぱちぱち。何度瞬きをしても、何度目を擦っても、ふよふよと視える数字は変わらない。


「とりおん、さんじゅう、はち…?」


てちてち、そんな効果音が似合う歩き方をする女の子の胸の辺りに『38』の文字。
有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!!首が吹っ飛ぶ勢いで師匠を見る。師匠の胸にはいつもと変わらず『6』の数字がふよふよ。それを確認したら今度は目ん玉吹っ飛ぶ勢いで自分の胸を見る。私の胸にもいつもと変わらず『7』の数字がふよふよ。
……うん、私の目、おかしくない。


「トリオンの怪物だ…」


あんなに小さな体に38?上半身全部トリオン器官なんじゃないの?内蔵とかトリオンに潰されてないの…?
38の数字以外は全て並み以下な女の子。まじで。お前一体何者なの。
空いた口が塞がらない。なんか体も震えてきたし、目も逸らせない。多分これが恐怖ってやつだろう。そろそろ走馬灯が見えてもおかしくないと思う。


「ひゃっ」
「ひいっ」


やばいやばい!ガン見しすぎて怪物と目が合っちゃった!息してるだけで顔面が派手な女が目を見開いて自分を見てるなんて怖すぎるよね?!ごめんね?!そりゃ『ひゃっ』て声も出ちゃうよね!!ごめん!!
ひゃっ、と声を漏らして、小さな体を更に小さくして周りの新入隊員達の影に隠れる怪物に申し訳なさが募る。いや本当にまじでごめん。でも私も仕事でね、悪気があったわけではなくて…

あ、仕事!怪物の報告!!


『ししし、ししょー!』
『んだようるせぇな!』
『怪物がいます!!』
『あ?』
『黒髪で小さい女の子がーーあれ?』
『どしたよ』
『………いない』


怪物が、いない。
なんで。さっきまで、そこにいたのに。


『…ふざけてんなら切るぞ』
『ちがっ…ふざけてない!』
『その怪物とやら、見つけたらまた通信してこい』


通信がブツッと切断されて、少し離れたところから佐鳥の声が聞こえる。
なんで。なんで。姿も、数字も。まるで最初からいなかったみたいに、怪物が消えた。いや、どういう事だよ。わけわからんって。


「えーと、今回の狙撃手希望は1 2 3…全部で7人か」
「あ、あの………すみません。8人です……」
「……え?」


今、何が起きた?
さっきまで姿も数字も消えてたのに。突然ぽんって数字が出てきて、怪物が現れた。
佐鳥が女の子を見逃すとは!と申し訳なさそうに謝ってるけど、違う。見逃したんじゃないよ、その子 さっきまで消えてたんだよ。


「じゃあ正隊員の指示に従って、各自訓練を始めよう!」


佐鳥の声を合図に、ぞろぞろと新入隊員達がブースに移動する。
あまりの出来事に指先一つ動かせなくて、でも目だけは怪物を追っていて。怪物と東さんが何か話してるけど、距離が遠くて聞こえない。


ーートリオンが多いとか、探知 追跡能力に長けているとか、気配を消すのが上手いとか。そう言うのに突飛したヤツを視たら、報告して欲しい。


「…サイドエフェクト」


異次元のトリオン量。気配を消すのが上手いとか、もうそんな次元じゃなかった。そんなん、サイドエフェクトじゃないならなんだって言うんだよ。


『師匠』
『んだよ、怪物見つけたか?』
『見つけた、東さんと話してるちっちゃいの』
『あぁ。あのチビちゃん有能かもしんねーな』
『んーん。有能とかそんな次元じゃないって』
『…なんか視えたのか?』
『トリオンが38で、気配が消えるサイドエフェクト持ってるのが視えた』
『………あ?』


そんな事あるわけねぇだろ。なんで信じてくれないの!ありえねぇからだよ。〜〜じゃあ本当だったら謝ってくださいよ!!うるせーな、一応あのチビちゃんのデータ確認するからそこで大人しく、静かに、待ってろよ。
黙っとけ、と強く念押しされ、最初から騒いでねぇよ!と言い返してやりたかったが言う前にブツッと通信を切られてしまった。くそ、師匠め、可愛い弟子の言葉をなんで信じてくれないんだ。絶対に謝らせてやる。大勢の前で謝らせてやる。


「百聞は一見にしかず。女の子二人に試し打ちしてもらおっか」


……その手があったか!
そうだよ。あの怪物にライトニングを撃たせるじゃん?あのトリオン量だと弾速上がりすぎて多分撃った弾見えないじゃん?そしたら師匠も私の言う事信じるじゃん!!
流石佐鳥!名前が賢なだけあるよ!初めてお前の事賢いと思ったよ!!


「アイビスであの大型近界民の的を狙おう」
「はい」
「ちょっと待て」


今、アイビスって言った?

……あんの馬鹿佐鳥!!!誰だよあの馬鹿の事賢いって褒めたやつ!!あの怪物にアイビスなんか撃たせたら……


「名字、あのチビちゃんデータが無ーー」

「その子にアイビスはだめえええ!!!!」


ズドッ


「「……………。」」



壁に、穴が空いとる。

生身だったら絶対に鼓膜ぶち破れたレベルの爆発音の後に、ボンッて音がして、壁に穴。
駆け出した瞬間で体制が不安定だった私は、爆発の風圧によって見事にぶっ飛ばされ。
怪物のデータがないと報告しに近くに来ていた師匠がなんとかギリギリで私を受け止めてくれたけど、お礼も言えなくて。壁に穴。

壁に、穴。



「ご……ごめんなさい………」



「………だから言ったじゃん!!!!」


フラグ回収、怪物 現る。


マエ モドル ツギ

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