「コートくらい、か、け、ろ、っと」


何故だか辻にメッセージを送りたくなった。
たぷたぷと端末を叩いて送信ボタンを押す。最後にメッセージを送ったのは4月。『追試頑張ったから進級出来た。』『それは残念でした』その文の下に、しゅぽっと音を鳴らしながら今日の日付と時間、そして打ち込んだメッセージが表示される。因みに今は12月だ。


「なまえ〜」
「あ、おサノ」


どこからか声をかけられて振り返ると、割と遠いところに立っている棒付きキャンディを咥えた少女が手を振ってきた。これは"割と"で済ましていい距離じゃねぇな、50mはあるぞ。そんなことを思いながらゆるゆると手を振り返すと、おサノは迎え来たー。とのんびり喋る。迎え来たならもう少し頑張って歩け。

小佐野瑠衣。私がボーダーに入隊する前からの友人だ。1年の時同じクラスで、夏休み明けから冬休みに入るまでおサノは私の前の席に座っていた。初めて喋ったのは授業中。くるりと振り返って「これ訳せる〜?」と英語がズラズラと並んだ小説を見せられて驚いた。だって古典の授業中だったから。


「やあやあ、今日はよろしく」
「よろしく。ちゃんと指示してね」
「現場にいる人が勝手に連携してくださーい」
「仕事しろよオペレーター」


なまえ来るから作戦室ちゃんと片付けたよ〜つつみんが。お前は片付けてないんかい。あたしはいつも綺麗にしてるもーん。本当かよ。
軽口を叩き合いながら諏訪隊の作戦室へ向かう。B級フロアに辿り着いたから もうすぐだ。


「そーいえば荒船隊以外と合同任務って初めてなんだっけ?」
「うん、荒船隊は全員狙撃手だからね。実戦の基本を教えて貰って、本日やっと師匠の許可がおりました」
「へー、あらふねさん以外と弟子バカ〜」
「でもイケメーン」
「しびれる〜」
「抱かれたーい」
「あり〜」

「なんつぅ会話しながら入ってくるんだよお前ら」

「「あいて」」


ぽてん、と頭を軽く叩かれる。隣にいるおサノも同じように叩かれたらしい。誰だよ突然叩いてくる野蛮な野郎は。そう思って顔を上げると金髪、刈り上げ、咥えタバコ。


「ち、治安が悪い」
「あぁ?」
「すわさん女の子の頭叩くなんてセクハラ〜」
「ざっけんな!お前らの会話の方がセクハラだろうが!日佐人見てみろ真っ赤じゃねーか!」


バッ!と諏訪さんが指さした方を見ると、そこには顔を真っ赤にした真面目そうな少年が座っていた。日佐人…聞いたことある気がする。あ、半崎くんと仲良しの子だっけ。


「は、はじめまして…笹森日佐人です」
「名字なまえです。今日はよろしくお願いします」
「お。来たか?」
「やぁつつみん、お片付けご苦労であった」
「はいはい、お褒めに預かり光栄でございますよ」


日佐人くんと頭を下げあっていたら奥からゴミ袋を持ったつつみんが ぬっ、と現れた。年下男子つつみんを想像していたのだが、現れたのはつつみんではなくつつみんさんだった。
おサノと緩く会話をしたつつみんさんが、私に人の良さそうな笑顔を向けて挨拶をしてくれる。


「おサノの友達なんだよな。オレは堤大地、今日はよろしく」
「よろしくお願いします。名字なまえです」


どうしよう、今まで出会った年上の中で一番まともそうな人だ。優しそうで、実際優しい。東さんとか冬島さんも優しいけど、あの人達は面白ければそれで良し!みたいな一面がある。子供に合わせてくれる優しい大人であるのは間違いないのだが、優しい大人にしては佐鳥が犠牲になりすぎだ。


「で、このチンピラがすわさーん」
「誰がチンピラだ」
「よろしくお願いします諏訪ピラさん」
「おいこら」


ガシィッと頭を鷲掴みにされてしまった。これは誰が見たってチンピラだ。全然痛くはないけれどチンピラ具合が凄い。あれ、そういえばこの人って


「んだよ、この前頭下げてきたから真面目ちゃんかと思ったら ただの生意気なガキじゃねーか」
「あっやっぱり、東さんと喫煙所から出てきた人?」
「おー」


この前辻に置き去りにされ本部を走っていた時、喫煙所から東さんと一緒に出てきた人。頭を下げたら手を振ってくれた『人は見た目じゃない』人だ。


「まあいーわ。今日は頼むぜ、ノイマン」
「「「「ノイマン?」」」」


諏訪さんの言葉に諏訪さん以外の全員が首を傾げる。はて、ノイマン、とは、私の事なのだろうか。諏訪さんは頭でも打ったのだろうか。もしそうだとしたら病院に連れて行ってあげなければならない。勿論、禁煙外来だ。


「東さんが言ってたぞ。予測演算、数学の天才、あれはノイマンだ。ってな」
「ひょえっ」
「んだその声」


なんだそれ、なんだそれ!初めて聞いたぞ!そんな恐れ多い事を影で言われていたなんて!これはもう有難いとかそんなレベルじゃない。一周まわって陰口だ。


「予測演算?」
「数学の天才か、凄いな」
「なまえは数学、学年一位なんだよ」
「なんでお前が自慢げなんだよ」


こて、と首を傾げる日佐人くん。凄いと褒めてくれる堤さん。腰に腕を当て仰け反るおサノと、それにツッコむ諏訪さん。反応はそれぞれだが、やめて欲しい。多分今の私の顔は、真っ青だ。


「む…むり、そんな、」
「何がだよノイマン」
「そーだよすごいじゃん。ノイマン」
「かっこいいなあ、ノイマン」
「ノイマン先輩予測演算ってなんですか?」
「うるせえよ!!!仲良しか諏訪隊!!!」


諏訪隊やばい、人を煽るプロだ。ボーダーNO.1の煽り部隊だ。絶対に仲良くしたくない。今すぐ帰りたい。
あああ、と声を上げて蹲る。無理無理そんな異名いらん。どうか誰の耳にも入らないで。


「なんだよ日佐人、予測演算しらねーのか」
「わからないです」
「佐鳥と太一と同レベルだな」
「ちょ、アイツらよりは頭いいですよオレ!!」


……ちょっと待って。
今、佐鳥と太一って言った?


「も、もしかして、その場に佐鳥と太一がいやがったんですか?」
「おー。アイツら揃って予測演算ってなんですか!ってキラキラしてたぞ」
「死んだ」


駄目だ、もう駄目だ。よりによって何故あの二人なんだ。あいつらは愛嬌がある。愛されキャラの人気者だ。そして恐ろしい程に口が軽い。"悪気なく"噂を広める天才だ。
あの二人に恐れ多すぎる異名が知られてしまった今、私の逃げ場はどこにもない。


「ボーダーやめたい」
「なんでー。かっこいいじゃんノイマン」
「そうだよ。なろうと思ってなれるものじゃないだろ。ノイマン」
「ノイマン先輩、元気だしてください」
「なんか悪かったな、ノイマン」


右肩におサノ、左肩に日佐人くん、背中に堤さん、頭に諏訪さんの手が乗せられる。多い多い。囲みすぎだよ傍から見たら虐めだぞこれ。そして煽りすぎだよ。お前らのこと今日から諏訪隊じゃなくて煽ラーって呼んでやるからな。諏訪隊嫌い。もう帰りたい。


「元気だせって。恥ずかしいかも知れねーが胸張って誇れるもんだろ」
「努力したんだろ?凄いことだ」
「そうですよ、もし良かったら今度数学教えてください」
「あたしもー。期末も赤点だったしおねがーい。ずっと凄いと思ってたよ」


嘘。嫌いとか大嘘。諏訪隊大好き。色んな所に乗せられていた手が色んな方向に動く。さすさす、なでなで、ぽんぽん、ガシガシ。ちょっと痛いしくすぐったい、多い。優しさが物理的に多い。


「…ありがとうございます」


へちょ、と顔を上げて覇気のない顔で笑うと、私を囲んでいた4つの顔が嬉しそうに笑う。うはは、4人とも笑い方がそっくり。
それが可愛くて今度はちゃんと笑った。私も4人と同じ顔で笑えていたらいいのにな。
よし!と気合を入れて立ち上がるとお尻のポケットに入れていたスマホが震えた。メッセージアプリの通知だ。
送り主は辻。
ふふ、やっぱり無視されなかった。そう思いながらアプリを開く。


『任務頑張って。
ノイマン(笑)』


「…死にたい」


まあ超頑張ったけど


マエ モドル ツギ

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