絶対絶命。背後はふかふかのお布団
そして目の前にはいぬと天井。

説明しよう。私は今いぬに押し倒されています。


「なんでえええ」
「名字ちゃんが言ってくれないからじゃん」
「言いたくない言いたくない!私は今から一言も喋りませんから!お前のせいだからな!自業自得だからな!寂しくなっても泣くなよ!!」
「いや、口滑らしたのキミでしょ」


ぐ、確かに、私のサイドエフェクトって言っちゃったのは私だけど。年上ならァ!大人ならァ!!知らんぷりしてくれるもんだと思います!!!それかこんだけ拒否ってんだから、サッと諦めてくれるもんだと思います!!!年上は!大人は!こんなにニヨニヨしてないと思います!!!


「名字ちゃーん」
「 」
「名字ちゃーーーーん?」
「 」
「…えいっ」
「ぎゃあ!」
「えっ色気なぁい」
「うるさい離せ!」
「いやー、まさか名字ちゃんも辻ちゃんと同じで脇腹が弱いなんて思わなくて〜。やっぱ生まれる前から一緒にいたら似ちゃうのかな〜?」


ニヨニヨニヨニヨ。今まで見た中で一番楽しそうな顔をしてらっしゃる。ん?今まで見たいぬの中で?いいえ。今までみたどの人類の中でも、一番楽しそうな顔をしてらっしゃいますよ この駄犬は。


「はな、はなして、っく」
「じゃあ喋ってくれる?」
「や、だ、くふふ、あーーやめ、」


こちょこちょとクビレの当たりをいぬの手が這い回る。無理だ。これはまじで無理。お腹が吊る。死ぬ、助けて師匠!


「何やってるんですか犬飼先輩」
「あ、辻ちゃーん。いいとこだったのに残念」
「つじぃぃぃ!!」


師匠じゃなかったけど助かった!辻だけど、助かった!良かった!助けて辻!この駄犬まじで鬼だから!躾をし直した方がいいと思います!!


「……」
「ひぇっ」


今まで、こんなに冷たい目をした人間に、あったことがあるでしょうか。私?私はないよ。凍ってしまいそうな程に冷たい目。瞳のキラメキが一切ない。米屋よりも目が死んでいる。


「犬飼先輩、とりあえずその樽から降りましょう」
「今樽っつったか?私の事か?」
「だめだよ辻ちゃん、名字ちゃんを樽なんて呼んだら」
「犬飼先輩、樽のこと名字って呼ばない方がいいですよ」
「逆だな?おい辻表でやがれ」
「おちついて2人共。俺が悪かったから。ね?」


いぬが もうしません。と言うように両手を上げて私の上から降りる。辻は死ぬ程ウザイが助かった。ありがとう辻。じゃ、私はこれで


「まて」
「ぐえっ」
「こら辻ちゃん。女の子の首根っこ掴んじゃダメでしょ」
「女の子?どこですか?」
「現在進行形でお前が首を絞めている樽のことだよ」
「樽は黙っててくれる?」


ぶっ殺す。お前だけはまじでぶっ殺す。足を思いっきり踏見つけてやろうとしたら避けられた。クソ、なんだそのドヤ顔。クソ腹立つ殴りたい。


「辻ちゃん名字ちゃんの事迎えに来てあげたんでしょ?なら喧嘩しないで仲良く帰らなきゃダメじゃない」
「え?そーなん辻ちゃん迎えに来てくれたん?」
「その呼び方しないでくれるかな名字ちゃん」
「気持ちわるっ」
「そっくりそのまま返すけど?」
「だぁからもー喧嘩しないの。ほら辻ちゃん首根っこ離して。名字ちゃん女の子でしょ中指立てないの」


いぬが辻の手と私の中指を掴む。とりあえず圧迫感からは開放された。ならば次やることはただ1つ。腹パンだ。辻の腹に拳をお見舞いしてやる。


「こらもう名字ちゃん。拳をしまいなさい」
「いぬ。止めないで。私たちの喧嘩をとめられるのはお母さんだけなの」
「馬鹿なこと言ってないで。ハイお手手ナイナイしよーねー」


いぬが私の手に手袋をはめる。なんだこの手袋は。私のじゃないぞ。誰のだ?疑問に思っていたら、外は寒いからね、また今度返してね。といぬにウインクされた
ウインクて…ウインクて。でも優しい。かっこいいよいぬ。さっきのこちょこちょでダダ下がりだった好感度がちょっとだけ上がったよ。


「ありがとういぬ」
「どういたしまして」
「お前鞄は?」
「鞄?」


えーっと、鞄。鞄どこだっけ?えっと、確か学校で、米屋に首根っこ掴まれて引きづられて、抱っこで寝て、そんで、イマココ


「学校だ!!」
「馬鹿なの?」
「馬鹿かもしれない!どうしようお母さんに怒られる!」


やばいやばい。鞄や課題はこの際どうでもいい。だがしかし。お弁当箱だ。我が家の母はお弁当箱をきちんと空っぽで返却しないと命を終えた方がマシだと言うほどに怒るのだ。やばい。今日私死んだ。さよなら私。


「まだ学校空いてるんじゃないの?取りに行けばいいじゃん」
「え、今何時?」
「まだ夕方だよ」
「学校!空いてる!いぬナイス!よしよし!」
「わんっ」


私より背の高いいぬの頭を背伸びして撫でる。いぬがノってくれたから遠慮なしにわしゃわしゃ撫でた。隣で辻がまじでドン引きしてる気配がしたけれど無視だ無視。おっ意外と傷んでないな。まあこの手袋のせいで痛むだろうけどな。静電気バッチバチ。


「とりにいくなら早くして」
「分かった!え?お前着いてくんの?」
「二宮さんに送るように言われてるから」


二宮さん。また二宮さんだ。寝かせてくれて、お水をくれて、まだ夕方なのに辻を寄越した。なんだろう。二宮さん、いい人っぽい。まだ会ったことないけどニノさんって呼んでも許してくれるかな。


「…余計なこと考えないで早くしてくれる」
「いたたた」


ぎゅうううううう。とほっぺたが潰れそうな強さで引っ張られる。こいつ本当に女の子の扱い方知らなさすぎじゃない?彼女できてもすぐ振られるわ。でぃーぶいとか言われちゃうんだよ。可哀想。


「はいはい帰る帰る、帰るから離せ」
「早くして」
「あ、でも待って、トイレ」
「……早くして」
「はい!」


辻のクソデカため息は聞こえなかったことにして、手袋を外して作戦室を飛び出る。早くしないと本当に置いて帰られるかもしれないから。辻はそういうこと平気でやる男だ。三兄弟の真ん中っ子。世渡り上手に見えて実はめちゃくちゃマイペースなのだ。

ばっ、と済ませて手を洗う。うわ辻が引っ張ったところ赤くなっちゃってる。えっうわ!前髪やば!寝癖なのこれ、これ寝癖と呼んでいいの?災害跡地じゃないの?警戒区域って呼んだ方がいいんじゃないの?
手櫛じゃ治りそうもないので軽く水をかけてハンカチで拭く。何故か私の上だけ雨が降ったみたいになったけれど警戒区域よりかはマシだろう。

もしかしたらいぬには「直したんだ?」と笑われるかもしれないが、うん、警戒区域よりマシだ。濡れた髪をサササッと整えて二宮隊の作戦室に向かう。

…あれ、もしかして作戦室入れなくない?ノックしたらいいのかな?廊下からトイレ終わったよぉって声掛けたらいいのかな?
え、無理恥ずかしいどうしよう。ん?あの無駄にスタイリッシュな後ろ姿は


「遅い」
「あー良かったぁ。危うくトイレ終わったよぉって叫ぶところだった」
「何言ってんの」
「…なんか機嫌悪い?そんな嫌?私1人で帰ろうか?」


サイドエフェクトを使わなくても分かる。辻の顔が むしゅっ、としている。これはママに怒られて拗ねてる時の顔だ。どうした?もしやいぬに怒られたのか?うはは、ざまあみろ。


「…早く。学校寄るんでしょ」
「あ、うん、」


辻が私に背を向けて歩き出す。早く。って事は一緒に帰ってくれるって事だ。良かった、あ、待って手袋、いぬに手袋貸してもらうから待って。


「あ、名字ちゃん帰ってきてた?これどーぞ」
「あ、いぬ、あ!手袋!ありがとう!」
「いいえ、また今度返してね」
「うん。ありがとう」


シュンッと見た目の割に軽い音が鳴る扉からこちらを覗いたいぬが手袋を渡してくれる。右手はいぬにはめてもらいながら、左手は自分ではめて。
早く辻を追いかけなければ、そう思って辻の方を見たら辻はもう居なかった。あのクソアシメ!


「辻の野郎!いぬ!またね!」
「はあい、気をつけて」


パッと振り返って手を振ると、閉まりかけた扉の隙間からへらりと優しい顔で手を振ってくれている犬が見えた。
あ、なんかデジャブ。まあいいや。あの笑顔は好きだから。あ、また今度二宮さんにお礼ってことでお菓子を持ってこなければ。
そんでいぬと食べよう。今日はちょっと、いぬと仲良くなれた気がしていい気分だから。

だから


「名字ちゃん、前髪直したんだね」


ガシャン。扉が閉まる直前に聞こえた楽しそうな声は、今日は聞こえなかったことにしてやろう。


やっぱりむかつく


マエ モドル ツギ

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