大好きの意味 | ナノ
 最近僕はみんなから、よく一人の少女を見ている、と言われてしまう。何でも話している時でも彼女が通りかかればつい目で追ってしまっており、また気が付けば一緒に過ごしているらしく、自覚は無いが余程重症を患っているようだ。
 僕は親友からも呆れ気味に言われてしまっている、「お前、最近輪をかけてシスコンだよな……?」と。

「カムイおにいちゃん、世界で一番だーいすき!」

 エリーゼ、優しいブロンドの髪をした僕の妹。血は繋がっていないけどとても大切で、ずっと一緒に育って来たかけがえのない存在だ。
 僕とエリーゼは最近とても仲が良い。と言っても元々仲良しだし一緒に居ることが以前にも増した程度、……のはずなのだけど、確かに気付けばエリーゼを見ているかもしれない。今日だって僕の視線に気付いたエリーゼが話しかけて来て、その流れで一緒に過ごしているのだから。

「……え? ……あ、ああ! あはは、僕も大好きだよ、エリーゼ」

 エリーゼに大好き、と言われて何故か一瞬胸が高鳴り、しかしそのワケも分からないままいつものように返事をする。
 大好き……エリーゼは妹として、純粋に兄である僕を好いていてくれているのは当然だ。なのになぜ今僕は、それとは違う、異性に送るようなそういう意味で捉えてしまったのか。

「ねえ、カムイおにいちゃん」

 相手は血が繋がっていないとはいえきょうだい同然に過ごした大事な妹だ、なのに僕がこんなことを考えていたら兄として慕ってくれている彼女の気持ちを裏切ることになる。それにエリーゼ本人に話してしまえば、どんな反応をされるだろうか……。怒るか、落ち込むか、悲しむか、それとも失望されてしまうか……。

「……もう、カムイおにいちゃんあたしの話聞いてないでしょ!」

 ……自省に耽っていると、気付けば目の前にエリーゼの顔。

「わ、わわっ! 近いよエリーゼ! ちゃんと聞いてるから!」

 慌てて飛び退り、不審げに見つめてくる彼女を誤魔化す為に散歩を提案すると彼女は疑うことなく受け入れた。無邪気に手を握ってくるその仕草と触れた指先に神経が集中してしまい、伝わってくるこども特有の温もりに顔までをも熱く照らされていく。

「じゃあ行こっか! カムイおにいちゃんっ!」
「あはは。うん、そうだね」

 エリーゼはませたところもあるがやはりまだ幼い、好奇心に満ちており、誰かと遊びに行ったり一人で遊ぶうちに見たこともない新しい場所を発見したりする。
 今日はどこに行こうか。尋ねると綺麗なお花畑を見付けたからそこに僕と一緒に行きたい、と答えが帰って来た。

「……それでね、カムイおにいちゃん! あたしも前の戦いでも……」
「うん、もちろん見てたよ。怖いだろうによくがんばったね、偉いよ。よしよし」
「えへへ……すごいでしょ! カムイおにいちゃんのおかげだよ!」

 道中僕はエリーゼの言葉に耳を傾け相づちを打ち、時には質問もしながら会話が途切れないように繋げていく。

「カムイおにいちゃんがいてくれてよかった! だっておにいちゃんがあたしを励ましてくれてなかったら、きっとあたしはみんなの足手まといになってたもん」
「そんなことないよ、エリーゼがみんなの為に強くなりたい! って思って頑張ったからその成果が身を結び始めたんだ。僕は何もしてないさ、エリーゼ自身の力なんだからもっと自身を持って」
「ううん、それならやっぱりカムイおにいちゃんのおかげよ。だってカムイおにいちゃんがいたからあたしはがんばれたんだもの!」

 ……僕はただ彼女を励ましただけだ、確かに少し彼女に声援を送ったりしたけどそこまで言われる程のことをした覚えはない。
 だからそれを伝えようと思って、やめた。僕にも覚えがある、僕だってエリーゼの明るさにはいつも救われている。彼女が居なければ、……僕は、この背に負ってきた重みに耐えられなくなっていたかもしれない。
 本人は自覚は無いだろうが僕は彼女にとても救われている、それと同じことだろう。僕の思い至らぬところとはいえ自分が彼女の支えになれているのなら……それ以上に嬉しいことはない。

「ついたよ、カムイおにいちゃん!」

 ぐいっと繋いでいた右手を引っ張られてエリーゼを見ると、彼女は大きな二つ結びを揺らしてぴょこぴょこと跳ね、その指先は少し傾斜を下った先を差している。

「よし、じゃあ行くよエリーゼ、それっ!」
「きゃあっ!? か、カムイおにい、ちゃん……?」

 僕が繋いでいた手を離して抱き上げると可憐な声が上げられた、まさか嫌だったか……との心配も杞憂に終わり、「ちょっと、恥ずかしいね」と彼女はいじらしくはにかんだ。

「このまま降りるから、しっかり掴まってねエリーゼ!」
「うんっ! カムイおにいちゃん、がんばれー!」

 これでも力には自信がある、わけじゃないけどさすがにエリーゼ一人くらいならば頑張れば行ける範囲だ。転ばないよう注意を払いながらも傾斜を滑り降りて、難なく目的の花畑へと辿り着く。

「さっすがカムイおにいちゃんっ! やるぅっ!」
「あはは、エリーゼが軽くて助かったよ」

 崩れないよう腰を落として彼女をゆっくり下ろすと、彼女は早速僕の手を握ってお花畑へと飛び込んだ。

「……あはは、すごいね。本当に綺麗だよ」
「でしょ? ここを見付けた時からずっと、カムイおにいちゃんと見に行きたいなって思ってたんだ!」
「ありがとう、君とこんな綺麗な場所に来られて僕も嬉しいよ」

 二人で腰を下ろして見回すと色々な花が咲いており、白く瑞々しい花、ピンクの可愛らしい可憐な花を中心に紫や黄などが色とりどりに広がっている。
 綺麗だな、と率直な感想を漏らしながら感嘆しているとエリーゼがしゃがみこむ。何かを閃いたのかあっと漏らして花を摘み始めた。彼女の表情は何を考えているのか口角が楽しげに吊り上げられて、目も優しげに細められていて、こうして見ていると幼さがわずかに影を潜め始めているのが窺えてくる。
 そんな彼女の横顔を眺めていると、不思議な気持ちになってくる。少し前までは幼く無邪気な年相応の少女だった彼女も……今は戦争にしっかり向き合って、現実を知りながらも理想を叶える為に分け隔てなく人々に癒しを与えている。
 彼女にはいつも助けられている、彼女の持つ癒しの力、彼女の持つ魔導の力、彼女の持つ……皆に笑顔で暮らしてほしいという、強い想い。
 きっといつまでもエリーゼは僕の妹だ、血が繋がってなくてもそれは変わらない。彼女のような優しい妹が居て誇らしい反面、何故だか胸が……少し締め付けられる気分になる。

「できたよおにいちゃん! はい!」

 満面の笑みを浮かべてエリーゼが花を差し出してきた。いや、ただの花ではない、白い花と桃色の花が幾本か束ねられた小さな花束だ。

「これを僕に?」
「うん! カムイおにいちゃんにはいつも助けてもらってるから、そのお礼! えへへ……いつもありがとう! 大好きだよ!」
「……僕も大好きだよ、エリーゼのことが。僕こそいつもありがとう、とても嬉しいよ」

 ……花束、か。そういえば僕がエリーゼの修行を見付けた時にも言っていたな。
 無邪気に好意を抱いてくれているエリーゼ、誰より強い想いで戦うエリーゼ、幼いながらも必死に頑張る、僕のことを大好きなエリーゼ。どのエリーゼも僕は本当に大好きで……だからもしかしたら、僕は、彼女に惹かれていた……のかもしれない。

「どうしたの、カムイおにいちゃん?」

 エリーゼの頭に手を置き撫でる、こうしていると心が落ち着く。不思議そうにしながらも彼女は受け入れ、あっと小さく息を漏らす。
 この想いはきっと勘違いではないだろう。今まで目を逸らして来たけれど……やはり、一度自覚してしまうともう止められない。
 この想いを、いつかは彼女に伝えたい。たとえエリーゼが僕をどう思うとしても……伝えなければ、純粋に好いてくれている彼女にだって申し訳が立たない。

「そろそろ帰ろっか! ね、手繋ごうよカムイおにいちゃん!」
「あはは、そうだね。ねえエリーゼ、大好きだよ」
「……うん! あたしもだよ!」

 いつまでも彼女の優しさに甘えていてはいけない、分かってはいてもそう簡単には踏ん切りがつくはずはない。
  繋いだ手からは温もりが伝わってくる、小さなその手はとても心地いい。隣で微笑む可憐な花に照らされて、僕は兄として、二人で歩む短い帰路を噛み締めた。
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