告白 | ナノ
 ボクはずっと、彼女に憧れていた。"超高校級のアイドル"、そんな大層な肩書きを持つクラスメイトの舞園さん。
 言い寄る男は数知れず、だけど彼女は次から次へと言い寄られてもそれをいとも容易く切り伏せてきた。この前は桑田クンが撃沈してたし、その前も先輩の人が断られていた。中学生の頃だって数え切れないほど見てきた光景だ。
 舞園さんが断る理由は、やっぱりアイドルだからなのだろうか。はたまた付き合いたいと思うような男性は現れなかったのか。いずれにしても……。
「はぁ……」
 思わず深い溜め息を吐いてしまう。今は昼休みで学食を食べに来ているのだけど、彼女のことが気になって食事が全然喉を通らない。せっかくの"超高校級の料理人"の作った料理だっていうのに……。
「……おい苗木、邪魔だ」
「……えっ!? あっ、危なかった……」
 突然十神クンから浴びせられた暴言に驚いて思わず箸を落としかけるが、なんとかキャッチに成功する。
「貴様の辛気臭い面が料理を不味くすると言っているんだ」
「ご、ごめん……」
 確かに十神クンの言う通りだ、食事中に溜め息を吐かれて良い気分の人は居ないだろう。けどいきなり『邪魔だ』は無いだろ……。
「そうね、舞園さんのことが気になるのでしょうけど、そんな顔をされるとこっちが食べ辛いわ」
 気になる……それは、今朝ボクが、彼女が男子生徒から手紙を貰うところを見てしまったからだ。舞園さんのことだから断るはず、そう思ってはいてももしもが頭を過ってしまう。
 舞園さんは確かにアイドルだけど、それ以上に一人の女の子でもある。恋愛に興味が無いわけは無いし、事実そういう話をする時もある。
 舞園さん、本当にどう返事をするんだろう……。
 ……それにしても、今度は霧切さんから苦言を呈されてしまうなんて、ボクは一体どんな顔をしていたんだ……。
 舞園さんのことはすごく気になるけど、これ以上怒られるのも嫌だから無理矢理にでも料理を食べ進めることにした。
「……ってあれ、減ってる!?」
 おかしい、肉じゃがのじゃがいもしか残ってない! まだ肉だってあったはずなのに……!
「……って、朝日奈さん?」
「ち、違うよ! あたしじゃないから!」
「ドーナツに肉を乗っけながら言うセリフじゃないよそれは……」
「……ごめん、食べないのかと思って」
 ……いや、まあ箸を動かさずにいたこちらにも非はあるのだ、そう思われてもあまり声を大きくして文句は言えないだろう。
「ううん、ボクも悪いから気にしないで」
「当然だな」
 ……なんで十神クンが得意げなんだよ!
 すごく突っ込みたかったけど、下手なことを言って痛い目に会いたくないからやめておいた。
 ……うん、じゃがいも美味しいな。



「ねえ、苗木は舞園ちゃんに告白しないの?」
 朝日奈さんのその一言に、ボクは思わず飲んでいたいちご牛乳を吹き出してしまった。
「ちょっ、苗木汚いよ!」
「げほっ! ご、ごめん……!」
 気管にいちご牛乳が入ってしまってむせながらも、慌てて朝日奈さんにティッシュを渡して自分も机にこぼれたいちご牛乳を拭いた。
 それから少し待ってもらって、ようやくまともに話せるようになったところで話を先程のものに戻す。
「こ、告白って……どうして!?」
「え、なんで!? 苗木、舞園ちゃんのこと好きなのに!」
「す、好きって……ていうか声が大きいよ、みんなに聞こえる……!」
 慌てて教室内を見渡して反応を確認してみるが……誰も気に留めた様子はない。桑田クンが葉隠クンにぶつぶつ愚痴を言っていたり、江ノ島さんが「リア充死ね!」と叫んだくらいだ。
「……あ、あれ? なんか反応薄くない?」
 自分で突っ込むのもあれだけど、教室内には充分聞こえるくらいの声量だったはずだ。事実一部反応してるわけだし。
 こういうのってもうちょっとなんかからかわれてもいいはずなんだけど……。
「え、だってみんな知ってるし……。ねえ霧切ちゃん、かませメガネ」
「そうね、今さらすぎて反応する気も起きないわ」
「おい、ふざけるなよ。この俺がかませメガネだと? ……まあいい、俺は貴様の凡人らしい下らん悩みに付き合ってやるほど暇じゃないんだ」
 後ろで話していた二人に朝日奈さんが尋ねるけれど、二人はさも当然のように話を流した。
「……ね、大丈夫!」
 朝日奈さんが笑顔で親指を立てる。……むしろ全然大丈夫じゃないよ! みんなに知られてるって……ショックだよ普通に!
 ……ま、まあそれはいいや、話を戻そう。
「……そりゃあ確かに舞園さんのことは好きだけどさ。舞園さんはアイドルだから恋愛禁止だろうし、もっといい相手もいるよ絶対」
「えー、好きなら告白すればいいのに。全力でぶつかればなんとかなるよ、きっと!」
「そうは言っても、ボクなんかじゃ無理だよ。中学の頃は話しかけることも出来なかったし」
「けど今は仲良いじゃん。二人はなんか似合ってるし、大丈夫だって!」
「い、いや、似合ってる……かな」
「うんうん! だって最近まで苗木と舞園ちゃんは付き合ってるって思ってたし」
「え、ええっ!?」
 ……確かに舞園さんと二人で遊びに出掛けることはたまにあるけど、そんな勘違いしないだろ普通! だってボクみたいなやつと舞園さんが釣り合うわけないんだし……。
「と、ともかく無理だって。舞園さんに振られて、話しかけ辛くなったら困るからさ」
 そう、怖いのはそれだ。もしボクが舞園さんに告白して……舞園さんが受け入れてくれたら確かに言葉じゃ言い表せないくらい嬉しい。だけどそんなことはあり得ないし、そうなったら一緒に居ることが出来なくなりそうで怖いのだ。
 舞園さんは優しいから、もしかしたら変わらない態度で接してくれるかもしれない。だけどボクの方がその優しさに耐えられなくなって、逃げ出してしまうだろう。
「だから、ボクは舞園さんに告白するつもりは」
「あの、二人ともなんの話をしてるんですか?」
 その癒されるような声に、ボクは思わず肩を跳ねさせてしまった。
 背中に冷たい何かが突き刺さったような嫌な感覚に包まれながら、ボクは恐る恐る振り替える。
「ま、舞園さん……!」
 それは最も会いたくて、今最も会いたくない人物だった。
「えっと……」
 頼れるのは彼女しかいない。正面に向き直ると……。
「い、いない……!」
 朝日奈さんが遠くの方でがんばれ! と言わんばかりに拳を握っていた。
 そしてしかたなく舞園さんに向き直れば、可愛らしく首を傾げている。
「……な、なんでもないよ」
 いつから舞園さんはいたんだろう。もし先程の話が聞こえていたら、と考えると嫌でも声が震えてしまっていた。
「今戻ってきたばかりです」
「えっ!?」
 彼女はボクの正面に移動して椅子に腰掛け、いつもの決め台詞とともに微笑んだ。
「エスパーですから」
「はは、相変わらず鋭いね……」
 だけど、聞かれていないなら良かった。深く安堵して胸を撫で下ろす。
 ……でも、まだ安心は出来なかった。"あの話"はどうなったのか、すごく気になるし聞きたいけど……怖くて聞きたくないのが本当だ。
「……あの、苗木君?」
 舞園さんからつい目を逸らして……だけどやっぱり気になって、正面にいるはずなのに彼女をちらちら見る形になっていた。
「な、なにかなっ!?」
 問い掛ける彼女の言葉への返事は、情けなく裏返ってしまう。
「その……苗木君は、気にならないんですか? 私の、告白への返事……」
 そう、彼女が今まで居なかったのは手紙を送った相手に呼び出されていたからだ。「昼休みに呼び出しなんて困りますよね」と苦笑する舞園さんを見送ったのだから間違いない。
 だけど……どうして舞園さんから聞いてくるんだよ! そんなの……気になるに決まってるじゃないか!
 訝しげな視線を送ってくる彼女に押される形で、なんとか「き、気になるよ……」と言葉を捻り出した。
「ふふ、当ててみてください」
 舞園さんは人差し指を唇に当てて笑っている。……酷なことを言うよ、本当……!
 そんなの、ボクの願望混じりになるに決まってるじゃないか! だけど期待を込めて見つめてくる舞園さんにはやはり敵わない、しかたなくボクの予想という名の願望を伝えることにした。
「舞園さんは……断ったん、だよね? アイドル、なんだから……さ」
 ……もし、これで否定されたら。ボクはショックで明日から部屋を出れなくなってしまうぞ……!
「フフッ、半分は正解だけど、半分は違います!」
 ……え?
「それって、どういう……」
 その言葉の意味をまだ最後まで聞いていない。だというのに、こんなタイミングで授業開始を報せる鐘が鳴り出してしまった……。



 ……結局、午後は授業に集中することが出来なかった。
 舞園さんの言葉の真意をあれやこれやと理想の形から最悪の事態まで、色々考えているうちに……ノートには、黒いミミズが這ってしまっていた。
 ……いや、これは言い訳だよな。舞園さんのことがすごく気になるのは事実だけど、寝ちゃったのはボクのせいなんだから。
 けど舞園さん……。結局あれはどういう意味だったんだろう。休み時間にも怖くて聞き出せないまま、結局放課後になってしまっていた。
「苗木君っ!」
 舞園さんのことが頭でぐるぐると渦巻きながらもカバンにノートや教科書を入れていると、突然背後から元気そうな声と、もう嗅ぎ馴染んだ包み込むような優しい匂い。
「う、うわあっ!?」
 それはまさしく今ボクが考えていた相手……舞園さんのものだった。
「苗木君、今日の放課後は暇ですか?」
 みっともなく肩を跳ねさせたボクに深く言及することはなく、舞園さんは話し始めてくれた。心遣いは嬉しいけど、恥ずかしい……!
「う、うん、まあ」
 どうしよう、今舞園さんの真意を聞き出すべきか。けどもし半分の不正解が、告白を断った、ということについてだったら……!
「それなら、今から苗木君の部屋に行っていいですか?」
「いいけど……って、ええっ!?」
 舞園さんは「ありがとうございます!」と眩い笑顔を弾けさせる。そんな彼女と対称に、ボクはなんてことを許してしまったんだ、と頭が沸騰しそうになっていた。

 相変わらずボクの部屋は普通だ、男子高校生らしくテレビの下にはゲーム機、棚には漫画やCDなどが並んでいる。
 そんないつもと変わらないボクの部屋は……いつもと大きく変わっていた。
「苗木君らしい部屋ですね!」
 ボクの隣りでベッドに座り、微笑む舞園さん。彼女が居るだけで、ボクの質素な部屋も途端にドラマの舞台に早変わりしてしまう。
「まあ、ボクらしく普通だよね」
 なんて多少の自虐を込めて笑うと、彼女がボクを真っ直ぐに見つめてきた。
「……な、なに?」
「いえ……。確かに普通かもしれませんけど、どこに何があるかも分かりやすいし、良い部屋ですよ」
「……あ、ありがとう」
 今日の舞園さんはなんだかおかしい。いつもよりもボクのことを褒めてくるし、思えば男の部屋で二人きりなんて……アイドルなのに無防備すぎる。
 そう言えば彼女は……他の男の人の部屋に入ったことはあるのだろうか。
「って言っても男の子の部屋に入るのは始めてだから、普通とかは良く分からないんですけどね」
「え、ええっ!?」
 もしかして……またエスパーされた……?
「……あ、もしかして苗木君、私のこと疑ってるんですか!」
「あ、ううん、違うんだ! そっか……それは、嬉しいな」
 ……なんだ、ただの偶然か。だけど始めて、か。……舞園さんはそれだけボクに心を許してくれているってことなのかな。
「……そう言えば苗木君」
 彼女が人差し指を口元で立てて、思い出したように尋ねてきた。
「私の告白への返事なんですけど……」
「う、うん……」
 ……ついに、この時が来てしまったか。もしこれで告白を受けたとか言われたらボクは……素直に彼女のことを祝えるだろうか。いや……泣いて部屋から飛び出すかもしれない……。
「私……」
 ボクの中での緊張が高まり、お腹が痛くなってきた。半ば祈るような、そんな気持ちで舞園さんの紡ぐ言葉を待った。
「断りました!」
「ほ、本当!?」
「え、はい……」
 よ……良かった! 諦めない限り希望は前に進むんだ! ボクの不安と恐怖は、舞園さんの笑顔で一瞬にしてどこかへ吹き飛んでいった。憑き物が落ちたような気分で……それだけ、ボクは彼女が誰かと付き合うというのが怖かったんだな……。
「どうして断ったか、……分かります?」
 舞園さんは楽しそうに笑っている。どうしてって、それは……。
「アイドルだから?」
 不安も無くなって、もう軽い気分で返答した。だけど彼女は首を横に振る。
「違います。私……好きな人が居るんです」
「アハハ、そっか。……ええっ!? 舞園さんに、好きな人!?」
「はい!」
 今日一番の衝撃、まるで頭から思いきりプレスされるような、そんなショックが全身を駆け巡った。
「私はずっとその人のことが好きだったんです。中学の頃から気になっていたんですけど、高校に入ってちゃんと話すようになって、確信しました」
「……そ、そっか……」
 相槌を打ってはいるけれど、正直話はほとんど頭に入ってこない。中学とか聞こえたけど……まさかボク以外にも根黒六中出身が居たのかな……。
「苗木君」
「うん……」
 呼ばれて振り向くと、彼女の陶器のように透き通る白い肌に、わずかな赤みが差していた。真っ直ぐボクの目を見つめてきて……呪縛に囚われたように、ボクは彼女から瞳を逸らせなくなってしまう。
「苗木君……もしかして、まだ気付いてませんか? それじゃあ……」
 そして舞園さんは悪戯っぽい微笑みを口元に浮かべながらボクの肩に手を置いて、ゆっくり顔を近付けてきた。
「舞園……さん……」
 彼女は返事をしない。何も言わずに息が互いをくすぐり合う距離まで……いや、それすらもとうとう飛び越える。
 全身がオーバーヒートしたかのように機能が停止してしまい、辛うじて感じ取れたのは頬に柔らかい何かが触れる感覚だけだった。
「……ふふ。顔、真っ赤ですよ」
 熱暴走を起こしたと錯覚してしまう程に熱くなってきた、頭が沸騰するとはこんな感覚を言うのだろう。
「ま、舞園さん……!」
 頬を押さえながらなんとか発せたのは、彼女の名前だけだった。
「私の好きな人、分かりますか?」
 今の舞園さんの行動……無理にでも意識させられてしまうし、それはきっと自惚れなとではないだろう。頭では分かっていても、混乱した頭で答えられなかった。
「苗木君の返事、楽しみにしてますね! じゃあ、また会いましょう!」
 舞園さんは慌ただしく立ち上がってボクの部屋から駆け出した。……きっと舞園さんも、恥ずかしくなったのだろう。だって彼女は今のボクと同じ……耳まで赤く染めていたのだから。
「返事……か」
 困ったな……。あんなことをされたら……どう返事すればいいか、一つだけしか思い浮かばないじゃないか……。
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