何時からか、一人だった。たった一人きりの空間に胸が張り裂けそうで、この顔には何時も張り付いた笑顔ばかり浮かんでいて。それを人は不気味だと言って遠ざかった。
 自分だけが浮き彫りにされたような世界。
 自分だけが深く彫られたような、まるで都合の悪い部分ばかり切り落としたような、そんな世界。何故俺だけがこんなにも、何故俺だけが。全て夢だったら良いのに、と、願って止まない深い夜だった。
「臨也」
 不意に声が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。それに抵抗して、落ちそうな瞼が目の前を薄暗くした。それが少し乾燥した瞳を擦り、痛みが走る。
「…シズちゃん?」
 名前を呼んでくれた彼を呼ぶ。
 柔らかな表情をした彼は、心配そうに俺を見つめていた。
「臨也、魘されてたけど、大丈夫か?」
 男にしては細い指を彼は俺の頬に添える。高級なガラス製品に触るような手つきが愛しい。
「大丈夫だよ、シズちゃん。心配かけてごめんね」
 宥めるように、髪を撫でる。
 ホッとしたのか、彼は優しく笑って俺を抱きしめた。
「とても怖い夢を見たんだ」
 独り言のように呟いて、抱きしめ返す。「どんな夢だ?」と問う彼が優しくて、暖かくて、涙が込み上げてきた。
「シズちゃんと俺が凄く仲が悪かったんだ。当たり前みたく傷付け合って、殺し合って、いがみ合って。俺はずっと一人で。寂しくて。けど、シズちゃんはそんな俺を毛嫌いしていて。俺もシズちゃんが嫌いで。まるで俺じゃないみたいだった」
 思い付く限りの言葉で夢の話をする。まるで現実ではないかと思う程に辛かった夢の話を。
「一人だった。いつまでも暗い闇だった。まるで世界から切り離されたみたいに。怖かった」
「…大丈夫だ」
「でも、」
「俺が一人にしないから」
「でもね、聞いて」
 彼の言葉を制止したというのに、言いたくなくて、少し躊躇する。言葉にしてはいけないと頭では理解しているのに、声は止まらなかった。
「これもまた全て夢だよ」



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