たったひとつのおくりもの。 □ 「旅行?」 「そ、箱根に一泊。来週の土日、」 先月に予定を聞かれたのはそのためだったのか。桂は胸の奥から込み上げる感情に手いっぱいになった。うれしい。手に取ったチケットを眺めると視界が滲み始めている。 「…俺も払うよ、半額、」 「莫迦。何のためのプレゼントだよ、」 くしゃりと笑った高杉に、桂はますます俯いた。 十八回目の誕生日だった。高校三年の梅雨。推薦入試を受ける旨を改めて担任から確認され、桂も山口の両親と相談した結果の矢先だった。特待制度は推薦枠では確保されないため、センター試験を利用した一般入試も視野に入れることを決めていた。頑張らなければ。唇を噛みしめて肩を張っていた矢先。だから余計に嬉しかった。嬉しくて、溢れる涙を止めることが出来ないほどに。 「息抜きくらいしたっていいだろ、」 「そうかな」 いいって。相好を崩して笑う高杉がわしゃわしゃと桂の頭を撫でる。優しい口許に桂の心臓がとん、と跳ねた。なんだかいつも以上に優しい気がする。仕草も、言葉も、指先も。赤く染まる頬を悟られないように必死だった。別に隠す必要もないのに。思えば思うほど桂の頬は熱くなる。うれしくてうれしくて叫びだしたくなりそうだった。 「贅沢な息抜きだなあ…」 「大げさ」 肩を揺らして笑った高杉が、マグカップに注がれたスープをくぴりと飲み干した。かぼちゃの冷製スープ。生クリームとコンソメで味付けされたそのスープは、桂が高杉に作り方を教えたものだ。「誕生日に作りたい」そういって高杉が腕を振るったのは今回が初めてだ。 「箱根ってどんなところなんだろう」 「芦ノ湖とか、滝とか寺?」 「おお!芦ノ湖はいいな。行ってみたい」 「ご当地ステファンとかあるらしいぜ」 「本当か?」 ぱああっと表情を明るくした桂に、今度は高杉の心臓が跳ねる番だった。内緒にしていたとはいえ喜んでもらえることはやはり嬉しい。箱根を選んで正解だった。 人で賑わう根っからの観光地という場所も嫌いではないのだが、せっかくの旅行ならふたりでゆっくりしたい。高杉が優先したのはその想いで、宿も観光地から少し離れた場所に取った。何処から聞きつけてきたのか佐久間の伯父になんだかんだと口添えをもらい、予定より遥かに良い場所に決まったことは、まあ良しとした。株主優待制度はこういうときに使わないとね。電話口で愉快そうに笑っていた声が耳を離れない。 予算はと訊ねられて高杉が提示した金額は、恐らく「普通の」高校生が出せる金額の10倍ほどだったのだろう。「お前たち公立の高校生だよね?」銀八がその場に居たら眉を顰めたに違いない。それならと口添えを提案してくれた伯父にはなんだかんだと感謝するしかなかった。浮いた予算でご当地ステファンでもなんでも、桂が欲しいものを買うことが出来る。欲しがるかどうかはこの際置いておくとして。 「デジカメの充電しとかないと」 「おう」 「楽しみだ。晋助ありがとう。うれしい」 「……ん、」 くい、と裾を引かれ、高杉は桂と向き合った。キスを強請られているのだと気づくのに2秒。少し出遅れた。もう待てないというように、桂がやわい唇とともに高杉の頬に飛び込んでくる。 春の修学旅行を終えてから、桂は随分と素直になった。というか、自分の感情と向き合うことを怖がらなくなった。ように思う。かくいう自分はと問うた所で高杉は苦笑した。素直は素直だが、どうにも子供じみたところは抜けていない。相変わらず嬉しいものには嬉しいというし、腹立たしいことは腹立たしいという。その後の行動は年相応だと思っているのだが、銀八にはそうは映らないらしい。知ったことではないと一蹴したのはつい先日で、その時の表情は「担任の教師」のそれだった。 ― もうちょっと甘えたら?俺たち大人に。 高杉自身の入試のことを言っているのだとは分かっていたが、そこはどうにも素直になれず適当に相槌を打つ程度のことしかできなかった。高杉は推薦を受けない。桂と同じ大学に進学することはとうの昔に決めていたが、一般入試で十分だと判断した。全国模試で図らずも5度ほど1位を取ってしまったことが教師陣には動揺を与えてしまったらしい。ふたつ上、みっつ上のランクの大学に。そんな話をうんざりするほど聞き流していたので、甘えるという認識は薄かった。 桂は桂でそんな高杉の心中を心配していたようで、一度話をしたことがある。志望校は本当に同じなのかと。そしてこれも同じだと高杉は一蹴した。自身が興味ある教授が居る。ついでに学部もある。理由などそれくらいで充分だった。その理由がなければ別の大学を選んでいたと伝えたとき、桂は腑に落ちたような、けれども少し気後れするような表情をした。ので。もう思い切って言ってやった。お前と一緒の大学に行きたい。それが一番大きな理由だと。 そのときの、きゅうっと頬をあげ、眸にとどまる涙を必死で堪えようとする桂の心が、もう何よりも幸せだと思った。 「観光雑誌、買ってこよう、」 「もう買ってある」 「そうなのか?」 うきうきと旅行に想いを馳せる桂に、高杉はあらかじめ用意しておいた雑誌を差し出した。分かりやすく付箋も貼り付け済みだ。行きたいところが出来れば桂は言ってくれるだろう。そのための旅行だ。 「箱根駅とすてふぁんまんじゅう…?コラボ商品があるのか?」 「初日に行こうぜ、そこ、」 「うん、うん、」 ぱあっと明るくなった表情が愛らしい。 入試という大きな節目に、桂が気を張っていたことなど百も承知だった。自分にできることは。考えた結果は息抜きだった。 幸いというか、これはひとつの能力だろうと高杉は思うのだが、教科書や参考書の内容は一度読むとほぼ頭に入ってしまう。忘れることはあまりない。才能だとかなんだとか、大人は自分にえらく特別な名前をつけたがるのだが、高杉からすればひとつの能力と技術に過ぎない。なので、その範囲で出来ることを考えた。 伯父には頼りたくなかったので、金銭的な面でのみ努力をした。単にバイトを増やしただけなのだが。(そのぶん、成績が下がるようなことになれば桂が気にするだろうとも考えたので、無論全国模試の順位は変えていない) 「ありがとう」 「うん」 「俺も嬉しい。晋助が生まれてきてくれたこと、」 「小太郎の誕生日なのに、」 「そうだけど、嬉しいんだ」 困ったように眉を下げ、たっぷりと涙を携えて桂が笑った。それがまるで自分さえも祝福してくれているようで、高杉は心が赴くまま、腕の中のたったひとりを思う存分抱きしめた。 おしまい。 // HAPPY BIRTDAY桂さんin2016!! 今年もお祝いできるなんてそれが何より幸せだよー! このあと旅行に行く3Z高桂のお話はまた書きたいです。 桂さんはぴば!だいすき! |