晩夏花火 ■晋ズラ
晩夏花火
■
花火がしたい。
いつものように寝乱れたベッドの上で、睦言のように囁かれたズラ子の言葉。
そらァいいと二つ返事で了承し、早速翌晩に大量の花火を買って帰った。
手に持って使うものから、地を這うもの、打ち上げるものまで様々だ。
さてさてどれからするかねェ、と家で会うなり笑ってやると、ズラ子は無邪気な声を弾ませた。
どうやら本当に花火がしたかったらしい。
流石に下の店先でする訳にもいかず、空のバケツと大量の花火を持って近くの河原まで夜道を歩いた。
街灯の途切れた砂利道で、互いの足音だけを聞く。
途中まで鼻歌混じりだったズラ子は、いまは黙ったままだ。
「…なァ、ズラ子」
「うん?」
「…いや、」
どうした、と聞くには理由が無さすぎる。そう思った。
特に様子がおかしかった訳でもない。ズラ子はいつものように愛らしく綺麗だ。
だが、微かに漂う違和感を拭い去ることが出来ない。
それが何なのかが分からない。
夜風が心地良い夏の終わり。
連日外の仕事が続いた真夏。日中の炎天下を思えば生ぬるい風さえ心地良くなった。
今年の夏は冷夏だとテレビのアナウンサーが言っていたが、寝言は寝て言えと何度思ったか知れない。
川の水をバケツで掬い、赤い蝋燭に火を灯す。
ゆらりと揺らぐ炎を前に無言で見つめ合い、くすりと笑った。
「打ち上げを先にしようか」
「ばぁか、そらァ最後だろ」
「最後は線香花火だろう。あ、ロケット花火もいいな!」
弾む声と仕草に負けて、ズラ子の好きなようにと両手を上げた。
白旗は早く上げるに限る。好きな「女」の前では特に。
「わあ、晋助ほら、きれい」
「莫迦、こっちに向けるヤツがあるかよ」
「ふふ、避ければいいだろう?ほら、緑と赤。サマークリスマスだ」
「何だァ、そりゃ」
きらきらと笑うズラ子に、心底見惚れる想いだった。
薄く淡く化粧をし、浴衣を纏ったズラ子に手元の花火が彩りを添える。
ー 綺麗だ、
花火を手に持ったままくるり、くるり。
暗い夜の壁に幾つもの光でズラ子が色を乗せていく。
僅かな色の残像が余韻となって互いの空気を彩り始める頃、手元に残ったのは線香花火だけになった。
「晋助、勝負しよう」
「勝ったら何くれンの」
「そうだなあ、明日の夕飯は晋助の好きなものフルコース。好きなものだけ食べていい。どうだ?」
「ハハ、そらァいい。で、お前さんはどうする」
「え?」
「お前さんが勝ったらさ」
「そうだなあ…、」
ふっと表情を無くしたズラ子が、どこか遠くを見るように俺を見る。
目だけで言えよと促すと、ズラ子は茫然と目を瞬かせた。
「…明日の仕事を全部キャンセルして、俺のそばに居てほしい」
「はァ?」
「ふ、あはは。なんてな。冗談だよ」
「…ズラ子?」
「俺が勝ったら…そうだなあ…。あ、新しい甘味屋が中野の方に出来たらしいから、今度そこに行こう。もちろん晋助の奢りで」
「…クク、何杯食うんだよ、あんみつ」
「あんみつではない、かき氷だ」
「腹ァ壊すぜ」
「構うものか」
顎を引いて笑ったズラ子が、細い糸を引き抜くように線香花火を手に取った。
袋ごと残りを向けられ、自分も一本それを手に取る。
ズラ子の飯が掛かっている。それも極上で、俺の好物のフルコース。
負けるわけにはいかない。
じじ、と鳴き声をあげる花火の先。段々と丸みを帯びていく様を無言で眺め、ぽとりと落ちるまでを見届ける。
最初はズラ子の方が先に落ち、二度目は自分の方が先に落ちた。
残った花火はあと二本。最後の二本だ。
「すっかり夜だ。流石に暗いな」
「そらァな」
「なあ晋助、たまには寝室、行灯にしようか」
「…悪くねェな」
「だろう?」
くすり、くすり。
ズラ子の笑い声が細くなる。二人で花火に火をつけて、屈んだまま先を見つめる。
「…晋助」
「なに」
「夏が終わるな」
ぶわりと巻き上がった夜風が背を撫でる。
ジジジ、と散った火花が宵闇に赤い花を咲かせていく。
夏の終わり。
蝉の鳴き声。
晴れ渡った空に聳える入道雲。
風に靡く風鈴の音。
それらのどれもを、今年の夏はズラ子と見ていないことに気がついた。
「…ズラ子」
「うん?」
「かき氷だけでいいのかィ?」
「え?」
くい、と手首を引いて、滴る熱を地面へと落とした。
後を追うように、ズラ子の線香花火も地面へと身を投げる。
何もない暗闇で、蝋燭の火だけがゆらりと揺れた。
「しん、……ふ、…んん、」
「ふ、」
抱き寄せた躯は薄く湿っていた。重ねた唇を唾液で馴染ませ、生暖かい舌を吸う。
首筋に手を添えると、紅く色づいた素肌が覗く。
「…しん、…しんすけ、」
「はあ、」
裾を割き指を差し入れ、湿った脚を爪先でなぞる。
ようやく辿り着いたその場所は、まるで涙を流すように飢えていた。
「晋助、ここ、外、」
「フン、夏の醍醐味ってモンだろ?」
「何を言って…ん、ん…っ、」
「なあ全部、最初のときみたいにしてやろうか?」
「…それもいいけど、いつも、みたいに」
「…ズラ子?」
「晋助、…しんすけ、しんすけ…、」
弾んでいた声は泣き声に変わり、湿った唇からは短い悲鳴が零れ始める。
吐息ごと飲み込むキスをして、濡れた躯を抱き合い果てて、家に帰り着いたのは辺りが明るくなった頃。
昼過ぎまでふたりで寝倒した翌日。
案の定腹を痛くしたと笑うズラ子を抱き上げて家に戻ったのは、晩夏の空が茜色に染まる頃だった。
// おしまい。
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今年も夏が来ましたね。
晋ズラには一足先に夏の終わりを過ごしてもらいたくて書きました。
黒蜜きなこのかき氷食べてるズラ子さんとか可愛すぎる(萌)
2014/7/23:掲載[ 71/79 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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