ももぞろい ■晋ズラ(2014/1/12〜3/16:無料配布本WEB掲載)


ももぞろい




石油ストーブの上で、小さめのやかんが「かひゅかひゅ」と湯気を吐き出している。
その隣には魚を焼く為の網がひとつ。乗せられているのは魚ではなく、ころんとした丸い餅。
ぷくぅ、と膨らみかけた餅をつつこうとして、鋭い視線に射抜かれた。こういうときの晋助には逆らえない。
「…もういいだろう?」
「莫迦、まだに決まってンだろ」
ふたりで暖を取る炬燵の中。
二階ではなく一階の部屋で、除夜の鐘を何処か遠くで聞きながら寝乱れた布団の上。
濡れた唇を合わせながら年を跨いだのは、昨晩が初めてだったワケじゃない。
それなのに、何処か初々しさを感じさせる所作に思えたのは、新たに生まれる年のせいだろうか。
「はあ、それにしても今年は冷えるなあ…、」
「あァ、そうだな。」
はふ、と息を吐いて、炬燵の上に置かれた熱燗をちびりと口に含む。普段口にする熱燗よりも格段に旨かった。
朝から酒を飲んでも許される。

元旦の朝。のんびりと目を覚ました晋助と目配せをして、こそこそと酒の用意をする。
ふたりだけで元日を迎えるようになってからの恒例行事(おたのしみ)。
我ながら変だなと思う。今更誰かに叱られる歳でもないというのに、まるで悪戯がばれないようにしているなんて。
年が新しくなって初めて窓を開けると、外は一面の銀世界だった。
積もった雪は冷えた空気を白で彩り、透き通った空気は痛烈な痛みを指先にもたらしてくる。
暫くその景色を眺めていたいと思ったが、伝う痛みに耐え切れなくなった。
いつもながらこの寒さには勝てない。
晋助とふたり、綿が贅沢に詰め込まれた半纏を着て地蔵のように炬燵の前で丸くなる。これも毎年の繰り返しだ。
年々寒さが増しているような気がするが、けして年のせいだとは思わないようにする。

「晋助、初詣に行こう」
「却下」
「いいじゃないか。折角着物も新調したんだぞ?」
「あァ…、そらァ確かに悪くねェけど、ま、どうせ人混みに疲れて終わりさ。寝正月も悪くねェだろ?」
「それもそうだが…」
「…明日か、明後日にでも行けばいい」
「え?」
「今日は人が多すぎンだよ。考えることは皆同じってね。それに、今日は雪も降ってるしな」
「…うん」
「餅、そろそろいいぜ」
「お」
ぷくく、と膨らんだ餅から、香ばしい焦げた匂いが立ち込める。用意していた端で餅を掴んで、自分の取り皿へところり転がした。
黒砂糖たっぷりの砂糖醤油。
これが終わったら次はたっぷりのきなこと、それが終わったら御節に使った栗きんとんのあまり。
夜にはお汁粉、明日には雑煮に餅を入れる。
年末年始にカロリーを気にするのは食べ物への冒涜だ。
こういう時にしか味わえない「食事」を楽しむことは、何より大切なことだというのに。

「熱ィぞ」
「分かってる」
晋助の皿には大根おろしに出汁醤油がたっぷり。
甘いのは好きではないのだが、どうせ後から俺の分をつまむからと、上白糖ではなく、黒砂糖で作っているのはそれが理由だった。
「…もう何年だろうか」
「あァ、何が?」
「元日に、ふたりでこうしているのがだよ」
「さァて、何年経ったかねェ…」
「…ふふ」
「どうした?」
「こうして一緒に居られるなんて、有り難いなと思って」
「…フン」
満足気に微笑んだ晋助にくすりと微笑み返して、焼き上がった餅にかぶりつく。
砂糖の甘さと、醤油の塩気がたまらない。
咥内に広がる餅の熱さも、どうということはない。美味いものを前にして気弱なことは言っていられないのだ。
「あっふい」
「言わンこっちゃねェ」
「…はふ。ふ、…うーん、美味しい」
「そらァ、よかった」
「晋助、こっちも食べたいんだが…」
「あァ?俺のも食うのかよ」
「また焼けば良いだろう?」
「焼くの俺だろ」
「晋助が焼いたのは美味しいからな。ほら、餅だけに」
「フ、ハハ。上手いこと言ったつもりかィ」
「下手よりマシだろう?なあ晋助、もういっこ」
「わーったよ」
三つ並べられた餅のうち、二つ目を皿に転がされる。
次はきなこだ。はしゃぐ心を抑えることなく餅を受け取って、小鉢に入れたきなこの中へと放り込む。
黒蜜を持ってくればよかったと小さな後悔がよぎったが、炬燵から出るつもりなど毛頭ない。
きなこに埋もれた餅をころころと転がして、先程と同じようにかぶりついた。
「あっふい」
「…クク、お前さん、面白ェなァ」
「何を言う。こんなに美味しい餅が食べられるのは元旦だけだ。程よくなるまでなんて待てない」
「そうかィ。…火傷、しねェようにな」
「うん」
 
頷いた拍子に、かひゅ、とやかんが丸い湯気を噴出す。
まるでやかんにまで笑われているような有様に、今度は晋助がぶふ、と息を噴出した。
 





「うごけない…」
「ハハ、牛になりてェのかよ」
「うーん」
炬燵に突っ伏したまま悶えているズラ子を笑って、空になった御猪口に酒を注ごうと燗を傾ける。
たらりと流れた酒はぽつぽつと途切れる水滴に変わり、二択を迫られることになった。
酒を切り上げて炬燵から出るか、このまま寝正月を決め込むか。
部屋の時計はもう昼前を指している。
そう言えば、去年も一昨年も寝正月だった。大晦日の夜に出かけたのはもう数年以上前だ。
出不精になるのを歳のせいにはしたくない。今日の酒は切り上げることにして、ズラ子の我儘に付き合うことにしよう。
きっとそれも、悪くない正月だ。

「なァ、ズラ子」
「うん?」
「初売り、行くか?」
「…いいのか?」
「まァ、たまにはな」
「ありがとう晋助。そうと決まれば支度をせねばな!」

うだうだと凭れ掛かっていたズラ子が、何の躊躇いもなく炬燵から身を引き抜いた。そのまま隣の部屋へと消えて、身支度を整え始める。
動けないと言っていたのは何処のどいつだろうか。
鼻歌でも聞こえてきそうな気配を傍目に、残った熱燗を喉に流し込む。
甘口よりも辛口の酒を選んで飲むようになったのは、ほんの数年前からだ。
過ぎ去る年月を早く感じてしまう自分を苦く笑っていると、奥から声を掛けられた。
「晋助、ちょっといいか?」
「あァ?」
「帯を選んでくれ」
「どっちでもいいだろう」
「晋助の気分に合わせたいんだ」
「…ふぅん」
女心と秋の空。
今はもう冬を通り越しているが、それは年中変わらないようだ。何を着ても綺麗だろうと思うのに、ズラ子はそうではないらしい。
未練がましく炬燵から抜け出して、支度をするズラ子が居る部屋へと足を運ぶ。
気配に気づいて振り返ったズラ子は、既に充分すぎるほど綺麗だった。
「小紋か」
「うん」
にこりと微笑んだズラ子は、赤い小紋を身につけ、白い紐で腰を縛っている。
すぐ側のベッドの上には三色の帯。どれも似合いそうな色合いだが、生憎いまの気分に当てはまる色はなかった。
「ふぅん…、赤の小花ね」
「可愛いだろう?一目惚れだったんだ」
「お前さんが着りゃァ、何でも綺麗になっちまう」
「…晋助」
「なに」
「…ううん、なんでも。なあ、帯はどれにしようか?黄色も良いんだが、紺も良いだろう?」
「くろつるばみ」
「え?」
「橡染め(つるばみぞめ)の帯があったろう。ほら、一昨年買ったヤツ」
「ああ」
ぽん、と手を叩いたズラ子が、奥の箪笥から黒橡色の帯を出してきた。
白い和紙に包まれた綺麗な帯。黒橡染めの黒は、どんぐりの「かさ」を使って染め上げる色のことだ。
派手目の色を引き締めるのでも、淡い色にアクセントを加えるのでも最適な黒。
ズラ子がいま身につけている赤を引き締めるには丁度いい。
「うん、悪くないな」
「帯止めは白、羽織は桃色のがあっただろう。薄めのさ」
「…ふふ、晋助、いまは“可愛い”気持ちなのか?」
「新年早々、やらしィのは着せらンねェしな」
「莫迦」
悪戯を含んだ口元で微笑うズラ子を抱き寄せて、触れるだけのキスをする。
くすぐったそうに躰を捩ったズラ子の唇を啄ばんで、潤んだ瞼に唇を落とした。
「晋助、たまには着物を着てはどうだ?元旦だし」
「あァ、そうさな…、それも悪くねェな」
「だろう?」
「ズラ子の気分に合わせるぜ、何色がいい?」
「そうだなあ…、桃色の帯がいいな」
「はァ?」
「着物は俺の帯と揃いで黒地がいいぞ。べにけしねずみ」
「紅消鼠?あンな古ィのでいいのかよ」
「着物に紅の赤みがあるから、桃色の帯も似合うだろう?」
「…ふーん。お前さん、いまは“可愛い”気分ってことかィ?」
「うん。そういう気分」
「…そうだなァ、俺達が着るにはまァ、だいぶん“派手”な色だしな。目出度くていいじゃねェか」
「だろう?新年だもの、万事屋らしく、派手に行かなくては」
くすくすと楽しそうに笑ったズラ子を腕の中に閉じ込めて、柔い頬に唇を落とす。
もう何度同じようにキスしたか分からないのに、何度でもしたくなってしまう。
甘く湿ったズラ子の肌を愛でるように、その全てを味わうように。
とろりと行き交う互いの唾液には、きっと媚薬が含まれているに違いない。
それもきっと、一生離されることのない甘い媚薬が。

「晋助」
「ん?」
「…すき」

向かい合って告げられた言葉に、心の奥底から甘い熱が滲み出す。
このままベッドに押し倒したい衝動を必死に堪えて、今度はくちびるにキスをした。

自分の為に着物を纏う姿も、纏った着物を脱がした姿も。それを見ることが出来るのは、自分ひとり。
唯一無二の優越に心を躍らせて、ズラ子の居る部屋を後にした。








「ちょ、ちょっと待ってくれ晋助…!」
「あァ?」
首だけで振り返ると、人混みの中から突き出された白い腕がもがいていた。小さく舌打ちをして腕を掴み、ずるずるとズラ子を引きずり出す。
初売りでズラ子が欲しがっていた簪を買い、浮き足立った心に流されるまま初詣に来てしまった。
人が多いだろうと予想はしていたのに、案の定というか、予想以上の人の多さに軽く眩暈がする。
ぷは、と息を吐き出したズラ子をそっと抱き寄せて、境内の隅へと場所を移した。
このままだと新年早々窒息してしまいそうだ。
「すごいな」
「こりゃァ、ちィとばかり無茶だったな。まァ参拝は済んだし、御籤引いて帰ろうぜ。折角の着物がヨれちまう」
「…そうだな、ここまでだとは思わなかった」
小さく溜息を吐いたズラ子の頬をそっと撫でて、こめかみに唇を押し当てる。
くすぐったそうに笑う目元が愛おしい。
「今年は大吉かな?」
「さァて、どうかねェ…」
去年引いた御籤は末吉だった。
自分が引く分には多少の浮き沈みがあるのに、生まれて此の方俺が知る限り、ズラ子が引くのは毎年大吉だ。
祈祷処を通り過ぎ、御籤が用意された場所へと歩く。
一枚二百円と書かれた木箱に小銭を入れ、赤い箱から適当に御籤を引いた。そんな俺の隣で、ズラ子は神妙な顔で上か下かと目を泳がせている。
数秒の迷いのあと、意を決したように一枚を選んだ。

「お、」 
「うん?」
「へェ、幸先いいねェ。ほら、今年は俺も大吉だ」
「良かったじゃないか。商売はどうなってる?」
「利あり損はなしだとさ」
「ふぅん…」
「お前さんはどうだィ、今年も大吉か?」
「うん、大吉だ」
「すげェよなァ、毎年さ。で、今年の商売は?」
「晋助と同じ。利あり損はなしだ」
「ハハ、良かったじゃねェの」
「ふふ、今年は恋愛もよさげだな」
「何だって?」
「去年は信じて待てと書いてあった。…ほら、晋助、病院送りになっただろう」
「あァ、そうだったかねェ…」
頭を掻きながら言葉を濁して、大吉の御籤を懐に収める。
眩しそうに目を細めたズラ子があまりにも綺麗で、惚れ直したなど口が避けても言えない。
ズラ子の心にある想いは、自分とは別の想いなのだろう。

「晋助?」
「…綺麗だなと思ってさ」
「え?」
「ズラ子」
「あっ…」
戸惑う腕を思い切り引いて、境内の裏へ躰を押し込んだ。
縺れるようにして絡まった脚を壁に押し付けて、思う存分ズラ子の唇に溺れていく。
「しん…、んんっ…、」 
「…フ、」
薄い桃色の羽織をくぐり、首筋へと手を這わせる。甘い痛みを肌に移して、桃の下に花を咲かせた。
家に着くまで消えない花を。
「…駄目」
「どうして?」
「莫迦、人が見てる」
「…悪くねェだろ?」
「悪くないけど、駄目。…帰ってからにしよう?」
「…へェ、へェ」
「拗ねないでくれ」
「拗ねてねェよ」
「はいはい」
くすくす、くすくす。
可笑しそうに笑うズラ子の唇をもう一度塞いで、片方で結われた髪をそろりと解く。
白い肌に掛かる黒髪は何より美しいものだ。それに、たった今咲かせた肌の花を隠すにも丁度いい。

「なあ晋助」
「ん?」
「来年も一緒に来よう。初詣」
「あァ」
「来年も、再来年も、その次の年も」
「…そうだな」
「うん」
桃色の頬で微笑みあって、触れるだけのキスをする。
透き通る風が耳を刺し、マフラーに埋めた顔をからかうように撫でていった。
すっかり冷えた身体を寄せ合って、人で溢れた境内を後にする。

家に帰れば、温かい炬燵とズラ子特製の御節、それに切り上げた酒の続きが待っている。
悪くない、むしろ上々の正月だ。
美しく愛しい存在を傍に飲む酒は、一等旨いに違いない。
人混みをすり抜けて、互いの手をこっそりと繋ぎあう。
境内を出たところでくるりと振り返ったズラ子に応えるように、満悦の口元で微笑み返した。





// 終わり。



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正月からいちゃいちゃする晋ズラが書きたかっただけでした。
ピンクが似合うのはイケメンの証拠だってえらいひとが(略)

イベントで無料配布本を受け取ってくださった方、有難うございました!


//2014/1/12〜3/16 イベント・通販にて無料配布
//2014/5/1 サイト掲載(一部加筆・修正)


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