12:手料理


手料理



バイトが終わって、裏の空き部屋で着替えを済ませる。
閉まっているはずの窓の隙間から冷たい風が入ってきて、思わず「寒ィ」と呟いた。
老朽化、とか、なんというか、良からぬ単語が頭に浮かぶ。

オーナーが店を開いているバイト先のコーヒー店は、築百年近い建物だ。
店の中は深い茶色を基調としていて、所謂アンティーク調の店構えなのだから、こういうことは当たり前といえば当たり前なのだが。
というか、店そのものが閉まるまでこのままなのだろう。
マイペースなオーナーは多分、リフォームとかなんとか、そういうことはあまり考えていないに違いない。
ぼんやりとそんな事を考えながら携帯を開くと、小太郎からメールが来ていた。

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/差出人  桂小太郎
/件名 - 晩ご飯がたくさんです。
/本文 - 帰りにより道するんじゃないぞ(涙)
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最後の涙の使い方間違ってねェか?と思ったが、なんというかこれはこれで可愛い文面なのでそのままにしておく。
先日変えたばかりの携帯を四苦八苦しながら扱う小太郎は、なんだか危なっかしいような、放っておけないような。

まぁなんというか、見ていてかわいい。ものすごく。

おまけに、分からない事を基本的に俺に聞いてくるものだから、小太郎の携帯の中身をほぼ把握してしまっていた。
悪いことではないのだが、変な罪悪感のようなものがあった。

― まァ、本人が嫌がってねェってンなら、いいか。

すっかり片手で扱えるようになったスマートフォンを軽く叩きながら、メールの返信を素早く打った。

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/宛先  桂小太郎
/件名  RE:晩ご飯がたくさんです。
/本文 - すぐ帰る。なんか欲しいものあるならメールして。
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返信を打ったまま携帯を机の上に放置して、帰宅の準備をする。
支給されているエプロンをそろそろ洗濯しなければならない。
すっかり珈琲の匂いに塗れたそれを適当に鞄に放り込んで、放置していた携帯を手に取ると、もう返事が来ていた。

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/差出人  桂小太郎
/件名  RE:RE:晩ご飯がたくさんです。
/本文 - 気をつけて帰るんだぞ(お願い)
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思わずぷっと噴出して、なんだかもう愛しくてたまらなくなった。
小太郎は携帯が苦手だ。
昔から機械が得意ではなかったから、俺に対する連絡や言伝は書置きを残すようなやつだった。
小さい頃からずっと。もしかしたら、それよりもずっと前から。

― ずっと、前?

はて、と首を傾げながら店を出ると、外の寒さに思わず身を竦めた。
首には小太郎が贈ってくれたマフラーをしている。
の無地で、端の方に小さく目玉がふたつ、黄色いくちばしがひとつ描かれているマフラー。
小太郎のマフラーは白の無地で、俺のものより大きな絵柄だ。

色違いで同じものを買われそうになっていた所を全力で止めた結果、端の方に小さく絵が描かれたものをプレゼントされた。
ふたりだけで迎えた最初のクリスマスに。
腕時計を見ると、夜の八時を回っていた。流石に空腹だ。早く暖かい夕飯が食べたい。
土曜日の夜。街中の人ごみも何処か浮き足立っているように思えた

― 今日、夕飯、何にするって言ってたっけな。

朝にそれとなく会話したはずなのに、小太郎は何故かにこにこと笑うだけで、詳しい献立は教えてくれなかった。
小太郎の待っている家に向かう足取りが軽くなったのは、きっと夕飯が楽しみだったからだけではない。
俺の為に色んなものを用意して待ってくれているということが、たまらなく嬉しかった。





おかえり、と出迎えてくれた小太郎を玄関先でぎゅうと抱き締めて、そのまま触れるだけのキスをした。
ほんのりと頬を赤く染めた小太郎が可愛くて、愛しくて、続けざまに唇を重ねると、くすぐったそうに笑った。

家に入って着替えようと寝室に行く途中、居間のテーブルの上に視線を飛ばした。
ふたりぶんの食器が並んでいる。だが、皿には何も入っていない。
小さな疑問府を浮かべながら着替えをすませて居間に戻ると、小太郎がにこにこと笑っていた。
つられて笑いそうになったとき、手元の皿が目に入る。

少し大きめの皿に、白い円形のものがふたつ。
そのひとつひとつに、大きな目がふたつと、黄色いくちばしの様なものが描かれていた。

「可愛いだろう?」

かわいい。
心底嬉しそうに笑う小太郎が、であって、皿の上に乗せられている「白いもの」が、ではない。

「…なンだ、これ。」
「ステファンまんだ。」
「ステファ…なンだって?」
「コラボ商品というやつだ。探すのに苦労したけど、どうにか買えてよかった。可愛いだろう?」

やはり小太郎は心底嬉しそうに笑っている。
俺の見間違いと勘違いでなければ、今日の夕飯は「これ」らしい。

ステファンは小太郎が昔から好きなキャラクターだった。
小学生の頃から俺が小太郎に誕生日にと贈り続けているプレゼントは、このキャラクターのグッズやら何やらだ。
どうにも俺にはかわいさがわからないのだが、小太郎はこれが本当に好きらしく、毎年の誕生日は本当に嬉しそうにプレゼントを受け取ってくれる。
その延長でステファングッズの日用品を買うこともあるが、「食事」になったのは初めてだ。
しかも、よりによって楽しみにしていた夕食の。

「…なァ、もしかして今日の夕飯って、」
「これだよ。中身は肉まんになっているんだ。」
「マジで?」
「うん。たまにはいいかなって…嫌だったか?」
「あー…いや、他は、なンか、ねェの?」
「あるけど…、もしかして、食べたくないのか?」

小太郎がしゅんとした表情を向けてきたので、慌てて否定した。
悲しい顔をさせたいわけではないが、進んで食べたいという訳でもない。

「いや、食うけど。他、なンか、ねェかなって。」
「ちょっと待ってくれ。」

テーブルの上にことんと皿を置いて、小太郎が台所に向かった。
じ、と机の上を睨むと、皿の上に鎮座する「白いの」と、なんとなく目が合ったような気がして、思わず眉間に皺を寄せた。

― かわいいか?

むに、と指先で白い皮の部分をつつくと、思った以上の弾力で指が跳ね返ってきた。

食うのか、これを。
なんだかとてつもなく似合わないようなことをしている気がするが、小太郎の機嫌を損ねたくはないので黙っておくことにした。

「晋助、他にはこれがあるぞ。」
「…なンだ、それ。」
「ステファンまんチョコ味と、チーズ味だ。」

小太郎の持ってきた皿に、チョコレート色をした丸い物体と、薄っすら黄色い色をした丸い物体が乗せられていた。
ご丁寧に目玉とくちばしの色がわざわざ違うように作られている。

食うのか。これを。
二度目となる問いかけを繰り返して、堪らず頭を抱えた。
というか、たくさんってこれの事だったのか?

「晋助と一緒に食べたくて、探してきたんだ。」
「え?」
「ああ、やっぱり可愛い。晋助、早く食べよう?」

にこり、ものすごく嬉しそうな笑顔を向けられた。
一緒に食べたいと言われた手前、どうにも嫌と言えず、結局出された分は全て食べることにした。
目の前の小太郎があまりに嬉しそうな笑顔でステファンまんを食べるので、自分が食べる間は小太郎の顔だけを見ながら食べた。

翌朝、あまりに酷い胸焼けで、小太郎が作ってくれた朝食を食べることが出来なかった。



「ごめん、晋助。」
「なんで謝ンだよ。」
「だって…、」

ふたりのベッドの中、暖かい毛布に包まれながらお互いの手を握りしめる。
日曜日の朝。晋助のバイトが休みで、今日はずっと一緒に居ることが出来る。
何処かに出かけようかとも話していたから、楽しみだった。それなのに、晋助がまさか唸るまで苦しんでしまうとは思わなかった。

朝食の準備を済ませて晋助を起こそうと毛布越しに身体を揺らすと、低い唸り声と共に腕を掴まれた。
あまりに苦しそうだったので慌てて覗き込むと、眉間に皺を寄せたままの晋助と目が合った。

掴まれた腕をゆっくりと解いて、コップ一杯の水を持って寝室に戻る。
晋助に手渡すと、酷くゆっくりとした動作で上半身を起こして、そのまま水を飲み干した。
はあ、と息を吐いた晋助に抱き締められて、体温の残る布団に引きずり込まれる。
晋助の心音がとくとくと聞こえて、ふんわりとした眠気が湧き上がってきた。

そこで初めて、無理をさせていたのかと思った。

「…嫌だったのなら、言ってくれて、良かったんだぞ。」
「嫌ってワケじゃ、なくて。」
「晋助?」
「たまには悪くねェけど、やっぱり、手料理がいいなァって、思った。」

― 小太郎が作ってくれた料理の方が、嬉しい。

穏やかな表情のまま、ちゅ、と手の甲にキスをされた。
嬉しい。
それと同時に、やはり申し訳ないと思ってしまった。
喜んで欲しいと思ったのに、苦しめてしまっては元も子もない。

「今日は、家でゆっくりしよう?」
「いいのか、出かけなくて。」
「うん。晋助と一緒に居ることができれば、それでもう充分なんだ。だから今日は、ずっと家に居よう。」

くすりと笑うと、晋助がにやりと笑った気がした。
あれ?と思ったときにはもう遅く、そのままベッドの中で昼過ぎまで過ごすことになった。

「手料理もだけど、俺ァやっぱり、小太郎が食いてェんだよな。」

言葉に含まれた意味を少し遅れて理解して、顔が赤くなるのが分かった。
同時に、ベッドの中の晋助の頬をぎゅうっと抓る。

― 俺だって。 

晋助だけがそう思っているのではない。
痛ェ、と小さく唸った晋助のくちびるにキスをして、正面からぎゅっと抱き締めた。
俺だって同じなのだという言葉の代わりに、精一杯の想いを両腕に込めながら。








// おしまい。



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祝エリザベスまん発売ということで!(遅)

発売時期よりも前の(笑)2013/5/3の高桂プチオンリー、恋するテロリストにて無料配布したペーパーラリーのものです。
※配布したペーパー本文に一部加筆/修正して掲載しています。

3Z高桂はこんな風にずっとイチャイチャしてればいいと僕は思いました(作文)


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