涙の色 ■ 高桂プランツドールパロ。
■ 涙の色 ■
※ご注意※
「観葉少女(プランツドール)」パロになります。
配役
→観葉少年(※あえて少年にしています):桂さん
→桂さんのオーナー:高杉
→店主:坂本
→馴染み客:銀さん(※茶菓子目当て。)
→職人:松陽先生(※故人。)
他、ちょこちょこ出て参りますが基本パロなのでなんとなくそんな感じで!
設定は観葉少女と基本的に一緒です。
「大人になる」という設定を軸にしてます。
ですので、原作が好きな方は読まない方が良いかと思います。
だって高桂だから。(※要深読み。)
以上、どんなんでも大丈夫!という方はどうぞ。
【 涙の色 】
聞いた事のない声だった。
白い霧に覆われて、相手の顔も姿も良く見えない。それなのに、声だけがはっきりと聞こえる。
ふと、てのひらにころり、何か硝子玉の様なものを手渡された。
途端、相手の姿も、声も、一瞬見えた気がした長い黒髪も、紅い花びらになって空を舞った。
そしてそのまま、俺はその花を飽くことなく見続けた。
― 涙、
まるで泣いているかのような、そっと包まれるような花びらの感触に、ゆっくりと眼を閉じた。
― その時は、どうか一緒に連れて行って。
最後に聞いた声は、聞いた事が無い筈なのに、何故か懐かしい気がした。
紅い花びらに埋もれた夢を見た日、その声に誘われるように意識が浮上した。
■
煉瓦の壁が連なる裏路地、人気の無いその場所にその店はあった。
案内状に書かれた地図を三度ほど見直してようやく辿り着いたと息を吐く。
迷ったとは口が裂けても云わない。
街灯がぢり、と何かを焼く音を立てた。
時刻は既に午前零時を回ろうとしている。
よりによって指定された時刻は午前零時半。どう考えてもふざけてやがンだろあの野郎。
今現在、自分は書道を生業としている。肩書き上は。
因みに今日は展覧会出品への締切が明後日という修羅場だ。
出品用の上質の和紙は、未だに綺麗なまま真っ白だった。
ぼんやりと灯りのついた店を外から眺める。
外観は悪くない。
和洋を上手く取り入れた設計と装飾。
店の壁は一部が硝子張りで、ぼんやりと中が見えた。
一瞬、ぎくりとした。
硝子越しに見えたのは、綺麗に着飾った少女達だった。
「…変な趣味の店じゃねェだろうな、」
坂本から新しい店を開業した、と案内状が届いたのは一週間前のことだ。字面を気にするのは生業故か、性格や行動とは真逆の、妙に整った手紙に眉を顰める。
開業案内など本来なら興味も何もないのだが、最後の一文に逆らえなかった。
― 追伸、松陽先生の遺作についてお話があります。
普段の口調と手紙との口調が違うのは、坂本の癖だった。
ついでに、一番大事なことを最後の最後に書く癖も、だ。
先生は俺の恩師で、日本画、人形師、彫刻師、書道家、海外の芸術品等、芸術面において兎にも角にも多彩に渡って活動していた。
その先生が亡くなったのは、半年以上前。事故だった。
歩道を歩いていた子供を、暴走車から庇ったのだと後から聞いた。先生らしいな、と思い、哀しみも寂しさも薄れつつあったが、それ以来、自分の筆が云う事を聞かなくなってしまった。
― どうして、描けないンだよ、
真白な和紙の上に、ざざり、ざざりと墨汁を置いていく作業が無性に好きだった。
その延長で、書道の傍ら、墨絵も描くようになった。
黒白の濃淡だけで描いていく世界は、色鮮やかな画よりはるかに美しいと感じる時もあったからだ。
筆を手放せない。書道も絵も、白の世界に何かを描くのは嫌いではない。むしろ好きだ。
何も無い世界に、自分の思い描いた色だけを置いていく。
濃淡の墨汁を和紙に乗せると、心が落ち着く。余計なことを考えなくて良い。
ただそれだけで、書道と画家という肩書きを生業にした。
だが一度、真白な紙を殴りつけるように、紅一色で染め上げた。
ただひたすらに、紅い線を幾重にも幾重にも重ねて。
出展に間に合わない、と展示会の主催から連絡があったその日に、その書道とも絵とも云えない代物を送りつけた。
そしてよりによって、それが展示会で入賞するという皮肉な結果になった。
― どうか、してンだろ、よりによって、こんなもの、
展示会会場に飾られた自分の「それ」を見て、どうしようもない虚脱感を覚えた。
入賞は喜ばしいことだ。それを生業としている以上、名誉なことに変わりはない。
だが、昔から素直に喜べなかった。今回は余計に、だ。
「それ」はまるで、血の痕を描いたようにも見えた。
賞や名誉など欲しくはない。ただ自分の世界を表せる場所があるのであれば、それでよかった。
― 俺ァ、莫迦か、
芸術は簡単には理解されない。評価されれば名誉と己の世界を表現できる場所が与えられる。
自分独り食っていければそれでいいのだと思えば、特に不自由はなかった。しかし作品にかかる金額は、自分の命よりも多いのだと常に感じてならない。
矛盾と、
虚脱と、
恍惚と、
絶望と、
理想と、
混沌としていく思考の中でも、筆を握れば何もかもがどうでもよくなった。
そうだった、はずなのに。
描きたいものが、描けない。描こうとすればするほど、腕は動かなくなった。
■
がちゃり、
耳障りの無い、不思議と心地の良い音を立てて、わざと古く作られているようなドアを引くと、見覚えのある頭が二つ並んでいた。
「おー、よう来たよう来た、待っとったぜよー、」
「…、なんでこいつも居るンだ、」
「あらやだ晋ちゃん冷たーい。ちょっと売れっ子画家だからってー、」
「画家じゃねェ。」
「あっはっはっはー、なんじゃ疲れたっちゅーて、茶菓子食いに来とるんじゃ、」
その場に居たのは店を開業した、所謂オーナーの坂本と、認めたくは無いが、俺と同じく先生の弟子だった銀髪頭の男だった。
途端、坂本にはめられたような、なんだか嫌な予感がした。
「…何なンだよ、こんな時間に、」
「まぁまぁ、とりあえず座って茶ぁでも飲め。本当は酒でも出したいんじゃが、此処じゃそうもいかんでの、」
ぐるり、改めて店内を見回す。
洋風のドレスや髪飾り、綺麗な装飾をした少女達が十人近くだろうか、店内のあちこちに座らされては、一様に瞳を閉じて眠っていた。
普通の人間ならば、気味の悪さを覚えるかもしれない。
しかし生憎、自分は普通の感覚というものをよく理解しない人間なので、特に違和感は無かった。
ただし、一般常識は知っている。
「…人身売買でも始めたか?」
「あっはっはっはー、高杉、そりゃ犯罪じゃぁ、」
「だって、ここに居る“子”たち、人間じゃないもんねぇ。」
「あぁ?」
流石に素っ頓狂な声が出た。
何処からどう見ても人間にしか見えない。しかし違うという。からかわれているのだろう、そう踏んで店を出ようと立ち上がろうとしたとき、
― 連れて行って、
不意に店の奥、薄く、淡い藤色のカーテンで仕切られた向こうから声が聞こえた気がした。
後ろから抱き締められるような、ふわり、柔らかい空気が体を覆った。
「ここに居る“子”らは、『観葉少女』っちゅーもんでの、植物と同じように生きとる、お人形さんじゃ、」
「んでもって、この子らが気に入った人間が現れると、自然とついて行っちゃうよーに出来てるんだと。」
「気に入るって…、あー…と、観葉…なンだ、人形が、」
「観賞用とはまた違う子らになっての、自ら選ぶんじゃよ。育て方ひとつで喋るようにもなるし、色んな感情も持つようになる。ロマンチックじゃろー、」
理解がイマイチで、頭がくらくらしてきた。
確実にからかわれている。現に目の前でニヤついてる白髪頭がいい例だ。
昔からこの顔がいけ好かない。
― 先生の遺作の話聞いて、さっさと帰るか…。
元来、このような事柄に興味はない。
「…坂本、」
「わかっちゅう、先生の事じゃろう、」
かちゃり、飲んでいた茶を机に置いて、先程声が聞こえた気がした方向へと歩き出した。
薄いカーテンで仕切られた向こう側、うっすらと人影が見えた。
― 何だ、これは、
無地の藤色の着物を身に纏った少女がひとり、長く艶のある黒髪は真っ直ぐ伸び、腰の下で落ち着いていた。
瞼を閉じたが故にはっきりと映る、その長い睫毛を主張させるのは、恐ろしいほどに白く、触れば解けてしまいそうな肌のせいか、
恐怖にも似た感情が躰を走り抜けることと同時に、酷くこの少女に惹かれる自分はやはり、どこか壊れているのではないかと思った。
「綺麗な子、じゃろう、」
「…これ…、あー…、観葉少女、だったか、が、どうし…、」
「松陽先生の、最後の作品じゃ。」
どくん、一度大きく心臓が唸り、血液を送るための動きを更に早くするように動き出した。それのなんと煩いことか。
生きた人形、
観葉植物、
己の意思で、主人を選ぶ、
先程坂本と銀時が発していた単語を何度も思い浮かべては、目の前の少女をゆっくりと眺めた。
― どこか、で…、
見た気がする、そう思った。
「…で、俺に見せてどうする?」
「うん、それがのー、引き取り手が見つからんで、このままじゃと枯れてしまうんでの。」
「枯れ…、なんだって?」
「観葉少女の栄養は、主人の愛情じゃからのー、」
からからと笑う。何処までが本当で、何処からが冗談なのか判断できない。
自ら主人を待ち続けて、出会えなかったその後の運命は決まっているとでも云いたいのか、
「おんしに会わせれば、目ぇば覚ましてくれると、思ったんじゃが…、」
呟かれた言葉に含まれた言葉の真剣さに、改めて眼前の少女を見つめる。
外見上、歳は14、5と云った所だろうか。落ち着いた雰囲気。側に居るだけで、ただそれだけで安堵を覚えてしまう存在感。
閉じられた瞼の奥、その眸の色はきっと。
― 漆黒、だけじゃねぇな、深い茶色も混ざっているような、そんな色…、
長い黒髪がさらり、流れた。
「あぁ、思った通りの色、してるもンなんだな、」
夢うつつで少女を眺めていた。
ゆっくりと開かれ、自分に向けられたその眸は、想像していた通りの。
「ありゃぁ、」
「え、うそ、」
「あ、」
眠っていたはずの少女は、はっきりと目を開き、自分だけを見つめていた。
直後、少女はひんやりとした手で俺の頬をさすり、嬉しそうに微笑んだ。
― 連れて行って、どうか、一緒に、
頭の中で、声がした。それは夢の中で聞いた、何処か懐かしいような声だった。
■
― 飲み物は温めたミルクと、食べ物は金平糖のみしか与えたらいかんぜよ、
坂本に云われたまま、あの日以来俺について離れなくなった観葉少女を見る。
否、少女、ではない。
少年だった。
― あっはっはっはー、忘れちょったがよ、
外見からしてどうみても少女だった。気づいたのは風呂に入れるときだ。勿論、速攻で坂本に電話した。
「・・・そんだけで腹、いっぱいになンのか、」
「うん。」
こくり、小さく頷く。坂本の云いつけ通り、温めたミルクと、金平糖のみが小太郎の前に広げられている。
― 連れて行って、
あの日の晩、ゆっくりと呟いて、小太郎は俺に抱きついてきた。
名前は連れて帰るその日に決めた。
先生が小太郎を作っている最中、ずっと語り続けていた名だと云う。
二人きりの家。
アトリエにはまだ入れたことが無い。
入るなとも云っていないが。
― 人物画を描いてみたくなるとはねぇ・・・。
それまでは無機物しか描きたくは無かった。人間の喜怒哀楽を表現しようとする度、気が遠くなるような想いに囚われた。
何故、人物画を描きたいと思ったのか。対象が「人」ではないからなのかもしれない。
喋る喋らないも人形の気まぐれらしかったが、小太郎は良く喋った。
しかしそれは自分の前でだけで、一度様子を見に来た銀時の前では一切喋らず、自分の後ろに隠れたままだった。
銀時は機嫌を損ねた様子も無くいつも通り帰っていったが、見送った背中に悔しさともとれる空気が滲み出ていた。
― 俺が連れて帰れた、意味。
考えたが特に浮かばなかった。
小太郎が俺を選んだ以上、連れて帰ることに異論は無かった。
あのまま、枯れさせてしまうよりも。
後日坂本から尋常じゃない金額を請求されそうになったが、先生の遺作と云うことで譲渡という形に落ち着いた。
― 先生の作品に、金を絡めたくはない。
電話越しに話している最中、互いにその点が一致し、不安そうに自分を見上げていた小太郎をそっと撫でた。
「ごちそうさま。」
「ああ、」
小太郎の食事が終わると、次は昼寝の時間だ。
まるで猫でも飼っているような錯覚に当初戸惑いを覚えたが、二週間も経つとすっかり慣れてしまった。
「晋助、」
「…分かったよ。」
食事の終わった小太郎をそっと抱き上げ、額に唇を落とした。
■
不安要素が一つだけあった。それは時折、すっと姿を現す。
「おやすみ、晋助。」
「…ん。」
小太郎の為に購入したベッドに小太郎を寝かせ、そっと頬を撫でる。
その都度湧き上がってくる感情を抑えるのに、堪えるのがただただ苦しかった。
― 欲情。
まさか人形に、とは思ったが、元々書道家という肩書きを持っていた自分が真っ当な感情を持てるとも思っていなかった。
望めばこの想いは叶ってしまうのだろう。
ただ、それには常に躊躇が付きまとった。
― いつか、置いていくことになる、
坂本から聞いた話によれば、人形は成長しない。ずっと観葉少女・・・、観葉少年として主人に愛情を注がれ、枯れることなく一生側に居る。
想いをぶつけてしまえば、きっともう手放せなくなる。置いてなど行けなくなる。
今更ながら、自分も欲を持った人間だったのだと自覚する。あれほど、人と云う生き物を嫌いだったのに。
「しんすけ、」
「あ、」
じ、とこちらを見つめる眸が意図していることに気づいて、躊躇した。
己の欲情を抑えるために、小太郎の額に唇を落とすことで少しでも気を紛らわそうとしていた。
しかし、それも限界に近い。
「…おやすみ。」
頬に触れていたその手をそのまま頭に伸ばし、ゆっくりと撫でた。
少し不思議そうに自分を見つめていた小太郎だったが、撫でているうちに眠気が来たのか、ゆっくりとその綺麗な眸を閉じた。
― どうすりゃいい。
答えの出ない問いを、もう何度も自分に聞いている。
数日後、小太郎の様子がおかしくなった。
■
ずっとずっと待っていた。貴方が迎えに来てくれるのを。
― きっと幸せになれますよ、
― しあわせ、
― はい、幸せです。
先生はそう云って、居なくなってしまった。
しあわせ、とは、どういうものかを教えてくれないまま。
自分と同じように作られた少女達と共に、来る日も来る日も待ち続けた。
自分を連れて行ってくれるただ一人の人を。
■
「食えねェのか、」
「…。」
小太郎は、出された食事に手をつけなくなった。変わりに、大粒の涙を双眸から溢れさせている。
その都度、涙が結晶となって床に転がり落ちていく。
― なんだ、これは。
「どうした、具合でも悪ぃのか、」
「…しんすけ、」
「ん、」
「しんすけは、俺が、きらいか、」
― 愛情をもらえなくなれば、生きていけない。
溢れても溢れても留まることを知らない小太郎の涙は、床を綺麗な結晶で多い尽くそうとする勢いだった。
その様を、綺麗だと思ってしまった自分は、愚かだろうか。
「どうして、」
「しんすけは、俺を、遠ざけているから。」
瞬間、どきりとした。ずっと抑え付けていた己の欲が、溢れそうになっている。
抑え付けていたその行動が、小太郎を追い詰めてしまったのか。
気がついたら、小太郎の唇を己の唇で塞いでいた。
「…っふ、ん、んん、、」
息が上手くできないらしい。ああ、何て愛おしい。
「こたろう、」
口付けながら囁けば、小さな唇が微かに震える。顔を離すと涙で潤んだ眸と目が合った。
愛おしい、愛おしい。
狂っているのかもしれないと思った。
「好きだ、」
言葉は形をなくし、やがて互いの輪郭さえもなくしていく。
小太郎が泣き止むまで抱き締めて、甘いだけの陶酔を味わった。
■
心から音が溢れる。眸から溢れた結晶は形状を留め、その時の色を濃く残した。
腕の中で動く気配がして、沈んでいた意識を覚醒させる。
もぞもぞと動いていた気配を追うと、明らかに眠っていたときとは違う感触があった。
「…ん、」
うっすらを目を開け、腕の中の存在を確かめる。確かにある、熱。
昨夜の内に暴いた細い躰からは想像もつかない熱を思い、未だ残る余韻に躰を預けた。
■
「だからって、何で一日だよ。」
「わからない。」
目の前に座った小太郎を眺め、長い髪に指を絡めて手先を遊ばせた。
その感触は小太郎を引き取ってからずっと味わっているそれで、何も変わらない。
そう、何も変わらない筈だ。
ただひとつ、一日前とは明らかに違う身体の大きさを除けば。
「何処か具合の悪いとことかねぇのか。」
「それはない。大丈夫だよ。」
小太郎が慌てたように首を横に振る。何処か縋るような眸が愛おしかった。
ああ、これは重症だ。
小太郎の見た目は14、5歳だったときの姿とは変わり、18歳くらいのように見える。
着ている着物が明らかに小さい。
あまりに無防備なその姿に、つい押し倒してしまいたくなる。
「飯、食えるか、」
「…ん、」
「食ったら坂本の店に行くぞ、」
「え、」
小太郎が不安そうに此方を見つめる。慌ててその考えを否定した。
「手放したりなんか、しねぇよ。」
云って、柔らかい頬にそっとふれる。指の隙間からさらり、黒髪が流れ落ちていく。
黒髪と一緒に、一粒、涙の結晶がまた零れ落ちた。
綺麗だった。
■
「あっはっはっはー、こりゃたまげたのー、」
陽気に笑いながら坂本が云う。こっちは心配で来ているというのに、本心の見えない態度に少しだけ苛立った。
小太郎は店の奥に、坂本の助手だという奴に連れて行かれた。
「まぁ、心配することはないぜよ、」
「そうなのか、」
「ありゃぁ、“育って”しもうただけじゃ。」
「育って…まさか、枯れるんじゃねェだろうな?」
「“大人”になってしもうとるだけじゃ。心配は要らん。」
坂本の言葉がいまいち理解できずに居ると、奥のほうから助手だと紹介された女が出てきた。
後ろに小太郎も続き、俺の姿を確かめると足早に走ってきた。
「大丈夫か、」
「うん。」
新しい着物を着た小太郎は、匂い立つ様な美しさだった。
「大人になるってのはどういうことだ、」
「そのままの意味じゃよ。大人になるっちゅーだけじゃき。」
そういって坂本は意味深な笑顔を浮かべ、俺と小太郎をゆっくりと眺めた。
恐らく俺と小太郎の間にあった事を見透かしているのだろう。昔からこういう所の嗅覚だけは鋭い。
「身体に害はねェんだろ、」
「無いにはないが、年をとる早さは遅い。そこは大人になろうとなるまいと変わらん事じゃ。」
つまり、俺だけが歳をとっていくということか。横に居る小太郎を抱き寄せ、その香りを確かめる。
― 置いていく事なんて、出来るのだろうか、
答えの出来るはずも無い問いを心の中で繰り返し、その日は帰路についた。
■
大人になったといっても、小太郎の生活は今までと大差なく過ぎていった。
基本的な食事は金平糖と暖めたミルクのみで、たまに他のものを食べるくらいだ。
表情や感情表現が前よりは豊かになった気がするが、微かな違いでしかない。
「小太郎、」
名を口にするたび、愛しさが増す。自分が此処まで小太郎に溺れるなんて思いもしなかった。
「晋助?」
金平糖を食べていた手を止め、じ、とこちらを見つめてくる。そのまま頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。
甘い、味。
「なぁ、」
「うん、」
「どうして、俺だったんだ、」
どうして、俺を選んだのか。
小太郎が家に来てから、ずっと疑問だった。あの場には銀時も居た。
今更手放す気など全く無いが、時折どうしようもなく不安になる。
何故、俺を選んでついてきたのか。
「呼んで、くれたから。」
― あのとき晋助が、俺の名前を呼んでくれたから。
ゆっくりと唇が動き、潤んだ眸は愛しさを訴えている。
初めて小太郎に出会った日、閉じられたままの奥、その眸の色を連想して、その通りだったと心が満たされた記憶が蘇る。
漆黒と、深い茶色が混ざった、綺麗な眸。
そのままの色をした眸をじ、と見つめ、腕の中に閉じ込めたまま口付けをした。
■
「その時は、連れて行って。」
不意に、小太郎が呟いた。明け方、ベッドの中で二人寄り沿っている時だった。
「どうした?」
「俺は、晋助より、長く生きてしまうから、」
だからどうか、いつか枯れてしまう“その日”まで。
「置いていったり、しねぇと云っただろう、」
いつか、そんな日が来るのだろうか。
けれどもし、そんな日が来たとしても、きっと。
「ずっと一緒だ。」
寄り添った身体を抱き締め、髪に顔を埋めて囁いた。
まだ残るまどろみに意識を預け、ふたり一緒に眠りに落ちた。
/了/
//
月光花の月城さんと出した合同誌よりWEB掲載です。
初回に刷っただけしか配布していなかったので(少なくてすみません…)こうして掲載できてよかったです。
そしてお互いの名前を作品に明記していなかったので(本当にすみませんでした…!汗)改めて。
【涙の色】がみつきです。
続きを書きたいんですが、全体の話をまったく別のものに作り直すことになりそうなので、のんびりやろうと思います。まあ元々のんびりなんですが(殴)←
そんなこんなで、高桂愛も6年目に突入です。@2007〜
月城さん、合同誌&今回の掲載許可有難うございました!
-->> 2010/4/4 攘夷喫茶 発行 【観葉少年】 より // 涙の色。
■2012/12/10 WEB掲載(一部加筆修正)
[ 67/79 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]