05: 恋夜。■高桂(幼少)



夜道、こたと二人、手を繋いで歩く。

萩の夜は、寒い。


枝垂桜が、はらり、はらり、咲いた花を散らしていく。


「もっと、厚着をすべきだったな、」


ぽつり、

申し訳なさそうに、こたが云う。

俺の体調を気遣うこたが、なんとなく、遠くに見えた。


「平気だろ、」


握り締めた手に、

ぎゅぅ、力を込めた。

少しでもいいから、互いの体温を分け合えればと思った。



塾の帰り、こたが使いを頼まれていると二人で城下町へ出かけて、気がつけば辺りが暗くなっていた。

俺とこたの周りを行き交う人々も、心なしか早足ですれ違っていく。


「しん、」


不意に、こたが口を開いた。

手には、頼まれた物を包んだ風呂敷を抱えて、


「手、暖かいな、」


ありがとう、


笑う顔が、きれいだと思った。







こたの家に辿り着いて、一旦俺は家に戻ってからすぐにこたの家に向かった。

今日はこたの家に泊まる約束をしていた。

何故か気持ちが急いで、胸の中がぐるぐる、回るような感覚がする。


家が近く、生まれた頃から一緒に育ってきた。


互いに武家の子でありながら、俺とこたの境遇は少し異なっている。

武家の長男であり、後に当主となる立場は互いに違いはない。



こたは、桂家の実子では無かった。



桂家に引き取られて間もなく、養父である桂家の当主は逝去した。

程なくして養母も無くなり、元の家で育てられているが、現在の桂家の当主は、まだ子供のこただった。


「しん、こっち、」


玄関先まで行った所で、こたが手招きをする。

着替えと勉強道具を包んだ風呂敷を持って、冷える頬を嫌だと思いながら、勝手口から顔を出したこたに駆け寄った。


途端、ふわり、と、

暖かい、こたの匂いがする襟巻きが降ってきた。


「夜は冷えるな、」
「…あぁ、」


優しく巻かれた襟巻きを握り締めて、こたの匂いを吸い込んだ。


心臓の音が、妙に大きく聞こえた。




通されたのは、こたに与えられた小さな部屋。

桂家の当主とは云え、まだ子供。

待遇は決して悪くは無かったが、なんとなく、さみしいと思った。


「夕飯は、食べてきてないんだろう、」
「あぁ、」
「そうか、じゃあ一緒に食べよう、しん。」


嬉しそうに、笑う。


この笑顔を知っているのは、もしかしなくても俺だけなのかもしれない。


ほんの少しの優越に、頬が緩んだ。





二人一緒に夕飯を食べ終えて、布団の置かれた部屋で先生から貰った新しい教本を開いた。

こたも俺も風呂にも入り、こたは普段高く結っている髪を肩まで下ろしている。


端麗な容姿のせいで、よく周囲に女子のようだとからかわれているが、本人は気にしている様子は全くなかった。


けれど一度だけ、からかったことがある。


− 細っせぇ腕だよな、


剣の修行をしている最中、普段なら平然としているこたの顔が、一瞬、歪んだ。

すぐにもとの表情に戻ったが、稽古の後、こたが一人、道場の裏手にある大きな木の陰で泣いているのを見た。


見てはいけないものを見たような、心臓が握りつぶされるような気がした。



− 晋助にだけは、云われたくなかったんだ、



翌日、悪かったと呟くように言葉をかけると、嬉しそうな、困ったような笑顔で言葉を返された。






人を傷つけるということを、初めて知った。











「しん、そろそろ寝よう、」


部屋に灯された灯篭がゆらり、こたの気配と共に揺れた。

机の上に広げられた教本と筆を片付けて、部屋の隅に置かれた布団をふたつ、横に並べる。


きし、きし、


畳を踏む互いの足音が、静かな部屋に響く。

布団を握る俺の手は、何故か汗をかいていた。


「もう一枚、毛布があったほうが良かったか、」


敷いた布団に二人、もぐりこむように横になった。

向かい合わせになった状態で、こたが俺の頬に手を添える。


触れられた頬が、熱を持った。



「しん、寒くないか、頬がつめたい、」
「…平気、」


熱を持った頬を悟られまいと、顔を布団に埋めた。


「おやすみ、」


こたの手が頬から離れて、優しい声がかけられた。


心臓が、煩い、


なんで、今日に限って、




一向に来る気配のない眠気を待ちながら、向かいに居るこたを、もぐった布団の隙間からそっと見つめた。



白い肌、

綺麗な黒い髪、

長い睫、

薄い紅色の唇、





今まで、意識したこともなかったのに、



すぅ、すぅ、



こたの寝息が聞こえる。

安心するように眠る顔が、きれいだと思った。


起こさないように布団から身を出して、左手でそっと、こたの頬に触れた。




指先から、溶けていくような気がして、





薄く息をするこたの唇を指でなぞって、そのまま自分の唇を落とした。



「ん…、」



もぞ、

眠っていた筈のこたの瞼がゆっくりと開かれて、俺をじぃ、と見つめた。

慌てて身体を離した拍子に、ごろん、後ろに倒れた。


「…しんすけ、」
「き、急に起きるなよ…っ、、」


心臓が煩い、煩い、煩い、


いま、俺は、なにを、




後ろ手を布団についたまま、じり、こたから遠ざかる。



「…なんだ、やっぱり寒かったのか、」



ああ、折角俺が逃げてやったのに、

きゅ、

掴まれた寝着の裾を、振り払えないだろう、このばか、



「しん、一緒に寝よう、」
「は、」
「実は俺も寒いんだ、」


むぎゅ、

ぐい、



じゃれあうように抱きつかれて、こたの布団に引きずり込まれた。

触れ合った頬が、心地良くて、


「あったかい、」


くす、くす、笑って、


嬉しそうに、云う、


俺に抱きついたまま眠りに落ちていくこたを、そっと抱き返した。




− ずっと、きみと、こうしたかった、




こたの髪に顔を埋めて、長く、長く、息を吐いた。

煩い心臓の音が、次第に心地良い音色に変わっていく。



互いの心臓の音が、静かな部屋に小さく響いて、何故か遠く、海の音が聞こえる気がした。






明日起きたら、

精一杯、優しくしよう、




この想いの意味がよく分からないまま、ただ、優しくしたいと想った。



もし、

夢の中でも、こたに会えたら、




また頬に触れたいと想いながら、布団の中で二人を包む眠気に、意識を預けた。







誰かを好きになるということを、


初めて知った。
















/了/




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桂さん祭り五つ目ー!

…自分が怖い…(連日更新4日目だよ

高桂は絶対高杉が先に桂さんに惚れたと信じて疑わない管理人です。
この後高杉は優しくしたいけどどうしていいのか分かんなくて(ヘタレだ…)結果からかったりして喧嘩。
両想いだけどちゅーから進展しない幼少期。高杉は桂さんに銀さんからちょっかい出されて苛ついてればいいよ!ふはは!(鬼
桂さんは無意識に高杉が好きなんだろうと思います。でなけりゃ無防備に抱きついたりしないよ!寝ぼけてるけど!(ちょ

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