04:願い。(攘夷)
願い。■高桂(攘夷)
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いつからそう呼ばれだしたのかはもう覚えていない。
それくらい幼い頃からだったのだと思う。
「ヅラァ、」
「ヅラじゃない、桂だ、」
きっかけは、誰だったか、
銀時だっただろうか、
晋助だっただろうか、
「本当、長ぇよなァ、髪、」
「今更何を、」
ぢり、
ばち、
目の前に焚かれた火が、夜の空に舞った。
じわり、燃えていく薪は半分以上が炭と化している。
夜の見張りの最中、
火が消えてしまうことは避けなければならない。
前日は酷い雨だった。
ぬかるんだ地面が、今の戦況を象徴しているようで、
ばち、ばち、
ちり、
昔、晋助と、銀時と、一緒に、
まだ、萩に居た頃、
その頃から、だっただろうか、
− ヅラ、
不名誉な渾名だと憤慨したのは、実は最初だけで、
いつしか、そう呼ばれて、そうじゃないと否定することが、心のどこかで、安心に変わっていた。
何気ないやり取りだった。
それは、幸せというもの、
そう気づけたのは、自分が子供と云える年齢から、もう離れてしまった頃、
何気ないやり取りが、皆の平穏だと思っていた。
生まれ育った萩は、穏やかで、優しい場所だった。
海の音、
風の音、
風に揺れる、花の音、
葉が重なって揺れる木々の音、
先生の塾の帰り道、三人で歩いた砂利道、
茶菓子屋の匂い、
松陽先生の家があった、高台の丘の匂い、
白い蜜柑の花が咲くたびに、甘くなればいいなと呟く銀時に苦笑していた。
もう一度、あの場所に、
帰りたい、
帰れない、
帰りたくない、
まだ、
帰るわけには、いかない、
ぬかるんだ地面から躰を起こし、消えかかった焚き木を見つめて、想う。
「何処行くンだ、ヅラ、」
「ヅラじゃない、桂だ。薪の補充をする。高杉、少しの間頼む、」
晋助、とは呼ばない。
戦場では、呼んではいけない気がしていた。
戦が始まって間もない頃、晋助に躰を求められた。
縋り付いて来る晋助が、幼い子供のように見えた。
− だいじょうぶだ、しん、
滑稽だと、分かっていた。
慰めにしかならないこと位、嫌というほど、
それでも、戦えるなら、
共に、この世界を生きていけると云うのなら、
それが、自分のエゴだと分かっていたとしても、共に生きていきたかった。
晋助が自分を抱くことで、それが叶うなら、
「なぁ、」
「何だ、ああ、水か何かを一緒に…、」
「こた、」
火が消えようとしている。
一歩間違えれば、暗闇に飲み込まれていく、恐怖、
掴まれた腕を、振り払う術も、理由も、自分には無かった。
「におい、消えねぇんだ、」
「…そうか、」
「こた、」
「…うん、」
「こたろう、」
長い髪をぐい、引っ張られて、互いの唇が重なる。
慣れてはいけない匂いに、感覚に、自分たちは溺れてしまっている。
だから、せめて、
「だいじょうぶだ、晋助、」
せめて、あの不名誉な渾名を呼び続けてくれれば、
まだ、あの頃のままで居られるから、
「やっぱり俺ァ、こたの匂いが、いい、」
「そうか、」
「こた、は、」
お前は、違ぇってのか、
問われた言葉に、両手で頬を包んで、言葉の代わりに、唇を重ねた。
ぱち、
火花が散って、星の無い夜空に一瞬の明かりを灯した。
「晋助、」
首に腕を回して、抱きしめた。触れ合った首筋から、互いの体温が行き来する。
「生きるんだ、最後まで、」
自分たちが目指した、その夜明けを見るまでは、
我武者羅でいい、
泥塗れでいい、
血塗れになってでも、
「一緒に、」
そして、
最後まで生きて、全てが終わったら、
「俺は、晋助と一緒に逝きたいんだ、」
抱きしめた腕の中の躰は、震えてはいなかった。
「そりゃぁ、途方も無ぇ話だな、」
「そうだろう、」
だから、その日までは、
「火、消えちまうなァ、」
「誰のせいだ、誰の、」
「ヅラが早く薪、取ってこねぇからだろ、」
「ヅラじゃない、桂だ。」
幼い頃の呼び名を呼ばれる度に泣きたくなるのは、隠したままで、
この不名誉な渾名のやり取りを、
ずっと続けられればいいと、
願わずには、居られなかった。
了
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桂さん祭り四つ目ー!
相変わらず桂さんがオカンです…高杉もっと頑張れよ!(おま
裏の高桂攘夷の続き?っぽいです。申し訳ない。
現代が中々進まないよ!もどかしいよ!
桂さん祭り、ここまでくるともういっそ奉ってしまえと思うんだ…
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[mokuji]
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