02:煙管と接吻 ※
煙管と接吻
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錯覚。
髪の匂いが、ぐらり、脳に直接吸い込まれるような。
白すぎる肌に長い黒髪は、綺麗というより、淫靡。
必死に唇を閉じる様が、いつ見ても、愛しい。
向かい合うようにして抱き合う。繋がった箇所が異様に熱い。
こいつの熱だけ感じていたくて、奥まで暴きたくて、理性は足の先から腰を伝って、脳を溶かす。
「・・・っ、ぁ、」
ぴくり、肩が震える。
流れ落ちた髪の匂いが、濃くなる。
「まだ早ぇだろ、ヅラぁ、」
「ヅラ・・・じゃ、な・・・、あ、あ、」
着崩れた着物が余計に欲情を刺激する。素肌同士の馴れ合いと、揺れ動かすたびに擦れる着物の、音。
「ぁ…っ、た…かす、たかすぎ・・・っ、、」
漆黒の瞳が涙で揺れる。
必死に求めてくる、表情が、綺麗で。
「・・・、キス、」
「ぇ・・・、あ、あぁっ・・・、」
「キスしろよ、イきてぇだろ、」
理性なんてものは放り投げたんだろう。
迷うことなく唇が降りてくる。
触れるだけのモノなんざ欲しくねぇって、云っただろう、
貪るように口内を舌で犯す。息継ぎを許さない。
「…ぅ、んぅ、」
細い指が、肩に、食い込む。痛みすら快感に感じるのは、お互い様だ。
ぐらり、
唇を塞いだまま、押し倒して。
何度放っても足りない欲を、何度も求めた。
■
ふわり、煙を吐き出す。
気だるい躰に、染み渡る、味。
肌を合わせている最中とは、違う、安堵。
見上げれば、星が見えない夜空。月だけが異様に存在を主張している。
月明かりに照らされた寝顔。
煙臭いから、吸うな。それに、躰に障るだろう。
きっと今起きたら云うであろう言葉を連想して、口元に笑みがこぼれる。説教臭いのは、ガキの頃から変わっちゃいねぇ。
「変わる方が、想像できねぇなぁ…、」
寝顔を眺めて、呟く。
ふるり、震える、躰。
ゆっくりと瞼が開いて、互いの眼が合う。
長い睫毛、無駄に、綺麗な。
「ん…、」
ゆっくりした動きで、躰を起こす。
首筋に、紅い、痕。
白、黒、紅、
紅く染まった唇が、動く。
「…ここでは、吸うなと云っただろう、」
「本当に同じだなぁ、」
にやり、笑ってやる。
何が、と、眼で問いかけてくる。
眼許も、うっすら、紅い。
まるで薄化粧でもしたような。
本当に、無駄に、綺麗。
「旨いンだよ、」
「ただの煙ではないか、」
「情緒のカケラもねぇな、」
くくっ、
喉を詰まらせたように、笑う。
吸ってみろよ、
笑いながら、右手で差し出す。
要らん、とか、なんとか、云って。
手を叩かれるだろうと踏んでいたのに、
じ、
煙管を見つめていた顔が、そのまま近づく。
ゆっくり唇が開かれて、咥える。
ほんの少し驚いて、眼を見開いた。
薄い胸が上下して、煙を吸い込むのが分かった。
「う、」
綺麗な眉を寄せて、苦い、顔。
げほ、ごほ、ごほ、げほ、
大げさに咳き込むから、ついいじめたくなる。
にやり、笑って、煙管を戻す。
「一気に吸うからだ、」
「ぅ…、」
思いの他、苦くて、たまらん。
咳き込みながら文句を云う。
「だったら、吸うんじゃねぇよ。」
「貴様が、吸えと、云ったのだろう、」
咳が止まらないまま、言葉を繋げるから。
眼許に溜まった涙を、指で掬う。
「…同じと思ったのだが、違うのだな、」
「あぁ、何が、」
顔にかかった髪を、耳にかけてやった。月明かりで、睫毛の影が、白い肌に落ちる。
「口付けているときと、味が、違う。」
さらり、
煙管を見つめながら、真顔で云い放った。
ついでに、少し、寂しそうな眼で。
顔を引き寄せて、呼吸を奪う。
「ん…っ、」
「だったら、覚えとけ。」
云いながら、何度も。
「吸えねぇんだろ、」
からり、
火の消えた煙管が、床に転がった。
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床がたたみだったら火事になるよ?(いろいろだいなし[ 33/79 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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