*残酷描写注意

 血を浴びすぎた刀身はもはや鉄の塊と成り果てていた。肉を裂き血管を破った刃が骨にぶつかって止まる。咆哮と共に敵の身体を蹴るようにして無理に刀を引き抜けば、断ち切られた首が跳ねた。派手に血飛沫を上げて倒れる男は天人ではなく幕軍の人間である。銀時は事切れた男が地面に臥すさまを見届けることなく、次に己に向かって刃を振るう敵へ向かっていく。

「撤退! 撤退!」

 と、どこからか聞こえた撤退を指示する声に、幕府軍は波を引くようにして退却していく。このままでは本陣まで攻め込まれると危惧し護りを固めるつもりか。この機を逃してなるものかと銀時は足に力を込める。朝からこちらの奇襲で幕を開けたこの戦、押し合いを繰り返しながらすでに太陽は空の真上に近い位置にある。これ以上長引かせれば数で劣る攘夷軍は劣勢に立たされる。
 しかし、幕軍を追うべく駆け出そうとした銀時は、背後から聞こえた「追うな!」という声に阻まれ足を止めた。振り返れば全身を赤く染めた坂本が立っていた。

「奴ら大量に銃火器ば仕入れちょるき、深追いはせんゆー作戦やったがやろ」

 言いながら背後から斬りつけてきた敵の喉仏を一突きにする坂本は、しかしいつもの人懐っこい笑顔である。目の瞳孔は開ききっているが。

「俺ァ過ぎたことは忘れる主義なんだよね」
「おんしの場合は聞いとらんだけじゃろ!」

 アッハッハ、と坂本が笑う間にも、幕軍は本陣へ引いていく。そういえば、今朝桂が深刻な顔で「銃火器の実態が掴めるまで深追いはしない」と言っていたような気がする。敵の撤退を好機と見て進軍したところを、仕入れたという銃火器で一網打尽にされる可能性を危惧しているのだろう。
 撤退し損ねた残党と幾度か刃を交えながら、銀時たち攘夷軍も本陣へじりじりと退いた。

 帰陣すると本陣前で待っていた医療班に担いできた負傷兵を任せ、二人は井戸へ向かう。幸い治療を要する傷は負わなかった。帰り血まみれの羽織を脱ぎ捨て、もう使い物にならないであろう刀をその上に置く。その時、二人が歩いてきた方向から、砂利を踏みしめる足音が聞こえてきた。

「銀時兄! 辰馬兄!」

 忙しなく駆けてきたのは和月である。背丈ほどの刀を右手に器用に持ち、全く速度を落とさず駆けてくる子供に、銀時は慌てて胴を外した。胴が落ちた次の瞬間、懐に飛び込んできた和月を受け止める。

「おかえりなさい!」
「おう、たでーま」
「わしには無いがか和月?」
「辰馬兄もおかえりなさい!」

 坂本ががばりと手を広げ、和月は今度はそちらに飛び付いた。和月がここに来て四日目だが、二日目の一件以来あっという間に銀時たちに懐いた。この子供は本来人懐っこい性格をしていたらしい。

「あのね、桂兄と久坂さんが怪我したからふたりを呼んでおいでって言われたの」
「ヅラと久坂が? 誰に言われたんだ」
「えっと……えっと、くろ? 黒子野、さん?」

 自信が無いのか和月は首を傾げたが、それは銀時と坂本も同じことで、黒子野という名前を聞いても薄らぼんやりとしか顔が浮かんで来なかった。
銀時と坂本を呼ぶように言いつけたということは、それなりに大きな怪我をしたということだろうか。兎にも角にも行ってみなければ分からない。銀時はひょいと和月を抱え上げた。



「ヅラァ。大したことねェじゃねぇか」
「ヅラじゃない桂だ」

 怪我人で溢れる医務室の一角に桂が座っていた。桂の傷はふくらはぎを銃弾がかすめたのと左腕に浅い刀傷が一つで、それほど深手を負ったわけではないようだった。

「おんしはこっぴどくやられてしもうたようじゃのう、久坂!」

 からからと笑う坂本の傍らに、総髪頭の男が座っている。名を久坂と言って、銀時らと同じ師の元で学んだ同門の男だった。その久坂の左足は大腿から踵にかけて添え木をされ、その上から包帯をこれでもかと巻かれ固定されている。彼の右腕もまた、刀傷を負ったようで手当てがされていた。

「喧しいわ! こいつは名誉の負傷だ、なんせ敵さんの小隊長の首を取ったんだからな!」
「それで手前が骨折ってちゃ世話ねェや。敵さんの首取ったところで戦線離脱してちゃプラマイゼロだろ」
「全くだ。俺が近くにおらねば身動きの取れなくなっていた貴様は雑兵の餌食になっていたところだぞ」
「ひっでェな、もう少し幼馴染をいたわってくれよ。なぁ和月?」

 銀時の斜め後ろに座っていた和月のほうへ久坂が身を乗り出すと、和月は突然の行動にぎょっとして身を引いた。

「久坂ァ、急に動いてんじゃねェよ」

 慣れたとはいえまだ四日だ。和月が年相応の顔で接する相手は、銀時、桂、坂本の三人に限られていた。勿論他の好意的な人間に対しても、少しずつ心を開こうと幼いながら努力している様子が見て取れたーーが、こうやって突然距離を詰められると警戒してしまうらしい。金色の目は丸くなり、中央の瞳孔が細く開いている。

「悪かった悪かった!」

 本当に悪いと思っているのかいないのか怪しいが、久坂はからからと快活に笑う。そうすると安心したのか和月の表情が和らいだ。
 両親に惜しみなく愛情を注がれて育った久坂は竹のように真っ直ぐで、坂本に負けず劣らずよく笑う。

「しかし久坂、おんしゃその怪我じゃあ暫く戦にゃ出られんのう」
「ああ、残念ながらこの足じゃ暫く留守居役だ。戦に出たところで足でまといになっちまう。何、どうやら折れちゃいねェようだから、一ヶ月もすれば治るだろう」

 久坂は固定した足をぽん、と陽気に叩いてみせた。医者の息子故に己の怪我の程度を把握でき、手当の心得もある久坂は、常に人手不足の攘夷軍では救護班としても重宝されている。
 俄に外が騒がしくなった。駆け回っていた救護班に尋ねると、殿の鬼兵隊が帰陣したらしい。大きな損害も無いようですと、まだ子供のような顔つきの救護班は言った。

「戦に出られない間、和月のことは俺に任せとけ。な、白夜叉殿!」
「いてっ、怪我人は怪我人らしくしとけっての! つーか任せてたまるか!」

 本当に怪我人かと言う程の勢いで肩を小突かれた。その様子を見て、周囲の手当を受ける仲間達からもそこかしこから笑い声が上がる。いっそのこと身動き一つ取れない程の怪我を負っていればもう少し静かになるのではないかと思う。
 すると、くい、と右の袖を引っ張られ、そちらを見遣れば和月が銀時を見上げていた。

「しろやしゃって何?」

 言葉に詰まった。そうだ、和月は知らないのだと今更ながら思い至る。もういつからそう呼ばれるようになったのか分からないが、銀時は白夜叉という異名を持っている。幕府軍や天人軍は銀時の姿を見れば白夜叉と叫ぶので、彼らは坂田銀時という名前を知らないのではないかとさえ思う。いや、きっと知らないのだろう。今や仲間内にさえ銀時を白夜叉と呼んで憚らない者もいるのだ。

「その男、銀色の髪に血を浴び、戦場を駆る姿はまさしく夜叉。誰が言い出したか分かりゃせんが、銀時をそう呼ぶもんもおるのう」

 坂本の声はよく通る。救護班や怪我人の声で騒がしかった部屋の、銀時達の集まる一角だけが少し静かになったような気がした。

「夜叉?」

 首を傾げる和月は夜叉という言葉を知らないらしい。歳を考えれば無理もないだろう。

「異国で獰猛な性質を持つとされている鬼神の事だ」

 夜叉の語源や国の話にまで言及する桂の話を、和月は真剣な表情で聞いている。何となく和月の顔を見ることができず、床の間に掛けられた誰の作かも分からない水墨画を眺めた。紙は黄ばんで四隅は破れかけている。

「夜叉ってこわいの?」
「どうかのう。わしゃ夜叉や鬼よりよっぽどおまんま食いっぱぐれる事のほうが怖いぜよ!」

 まぁ怖いだろうな、普通は、と戦場で血塗れになった白装束の自分を想像して思う。慣れたことだが、この見た目は人目を引く。今だってそうだ。銀時は改めて己の姿を見下ろした。着替えの途中だったので、着物の袖や襟元には返り血が着いたままだ。
 その袖を突然掴まれた。掴んだのは和月で、銀時を覗き込むようにして見上げている。光の加減で飴色にも見える瞳に銀時の顔が映っていた。

「じゃあ、銀時兄は夜叉じゃないね!」

そして和月は、にこー、と擬音のつくような顔をした。

「銀時兄、優しいもん。だから夜叉じゃないよ」

 誰も予想だにしていなかった答えに、桂や久坂はおろかいつも煩い坂本さえも硬直した。和月は無邪気ににこにこ笑っている。
 さも当たり前であるかのように言ってのけた和月に、銀時は何も言えずそのふくふくとした頬を見つめた。笑う和月の手はまだ汚れた銀時の袖を握っている。
 静寂を破ったのは久坂の笑い声だった。

「あはは優しい!? 銀時がやさし……こいつは傑作だ!」
「笑うな久坂、貴様が気付かんだけで銀時は優しい男ブフォッ」
「ヅラ、おまんも笑い堪えきれて無いぜよ! アッハッハッハッハッハ」

 一度堰を切るともう止められないようで、ついに三人はひっくり返って声を上げ始めた。久坂は患部を床にぶつけて呻き声を上げている。
 ――これ、俺馬鹿にされてねーか?
 ふと我に返り周りを見れば笑い転げる仲間たち。五人を眺めていた他の志士たちからも、堪えきれず思わず、といった体の笑い声が漏れている。

「……てめーら笑い過ぎだコラァ!!」

 どん、と床を踏み締め怒鳴りつけてもまだ桂、坂本、久坂は笑い続けている。爆弾発言を落とした当の本人は、何故皆が笑っているのかさっぱり分からないようできょとんとしていた。
 笑い過ぎて息が出来ず、喉をひいひい鳴らす坂本の背中は取り敢えず蹴っておいた。

「あー笑った笑った……ま、あくまで夜叉ってのは例え話だよ。銀時が鬼みてぇに強いって事だ」
「仏教では夜叉は守護神とも言われているからな」
「へええ。凄いね銀時兄!」
「あ? ……あぁ、まぁその……そうだな、少なくとも俺ァこの馬鹿共の何百倍も強いぜ? 銀さん最強だから」
「ああそうだな。銀時は強くて……優しいからな」
「オイヅラ、優しいの所でニヤけてんじゃねーよ」

 優しい、なんて今まで言われたことがあっただろうか。言葉に何の裏も無く無邪気に、銀時を優しいなどと評せるのは和月が子供だからだ。子供だからこそ、本気で銀時を優しいと信じている。そう思うとむず痒いような居心地が悪いような気がしたが、嫌だとは思わなかった。
 血で汚れた着物の袖を平気で握り、たった今戦場から帰ってきた男に飛び付いてくる和月は、世間一般で言う“無邪気な子供”とは少し違うのだろう。だけれど、この子供の高い体温が、銀時にはどうにも愛おしいものに思えるのだ。

い て ど け
20180111
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