初恋味バター、トーストにぬって


食べることに興味がないの。
少し前までそんな風に言って、食事を共にすることなんて考えられなかったメラエラと朝食を食べている。
トースト、サラダ、目玉焼きにウィンナー。飲み物にはココア。日替わりでデザートがつくけど、今日はヨーグルトだ。昨日は杏仁豆腐だった。
それぞれ量こそ少ないけれど、健康を考えて作られたメニューだ。
目の前でトーストにバターを塗っているメラエラを見つめながらラップランドはコーヒーを飲み込む。朝からしっかり食べている彼女を見ていると天変地異でも起きたのではと思ってしまう。
食べ物に対しての意識がそこまで急に変わるとは思えないから、一日三食をしっかり食べるようになったのはあのフォルテのおかげだと思っている。ロドスに協力している長身のフォルテは厨房であっという間にドクターをはじめとして、オペレーターの胃袋を掴んでいった。
目の前でトーストをかじっているメラエラを眺めながら、またコーヒーを一口飲み込む。あんまり味になんてこだわったことはないけど、ここ最近目に見えて美味しくなったことは確かだとラップランドは思う。
スープひとつにしても味が単調ではなくなったし、野菜の大きさとか切り方とかも変わった。たまに卵が入っていたり、バリエーションも増えた。
あのフォルテが厨房に入っただけで料理がアーツにかかったみたいに劇的に美味しくなったのだ。本当にびっくりするほどに。
「ラップランド、あたしの顔に何かついてる?」
大きな瞳をぱちぱちさせて、メラエラはココアを飲む。熱かったらしく、すぐにカップを離してから息を吹きかける姿が面白かった。
熱いものが苦手なのに朝は必ずホットココアを飲むのが最近の習慣になったようだ。
「アッハハ、何もついていないよ。いつも通りの君の顔だよ」
「じゃあ、あたしが食べてるところがそんなにおかしい?」
「おかしくはないよ。ただ珍しいだけさ」
「そうかしら…?」
考えるような顔をしてフォークに刺したトマトを一つ食べる。無自覚のようだが、食べ物に執着しないメラエラが食堂にいること自体珍しいのだ。そんな彼女が食事をしているのだからなおさら。いつも栄養剤と栄養補助食品だけで生きていたような彼女が、トーストを食べココアを飲んでいるだけで褒めたくなるほどには。
「滅多に食堂になんて来なかった君が固形物を食べているだけで称賛ものだよ」
「……言われてみたらそうかもしれないわね」
こくん、とトマトを飲み込んでから頷く。メラエラはやはり無自覚だ。自分のことにはとことん疎くて、周りのことには聡いこのフェリーンは誰かがそばにいてやらないとだめだ。
庇護欲を抱かせる容姿に違わぬ己への無頓着さ。けれど、戦場では誰よりも勇ましく強敵相手にも怯まない。そのギャップに惹かれる者はどれくらいいるのだろう。
「まぁ、君が食べるようになったのなら、ボクはそれでいいよ」
「ありがとう、ラップランド」
急にお礼を言われてラップランドは瞬きをする。何も感謝されるようなことは言っていないはずだが。
今度はメラエラがくすくす笑って、またトーストをかじる。トーストを食べ終えた彼女はウィンナーを口にする。
「貴女がそういう時はいい時だわ」
「よく覚えているね」
「こう見えて、あたし参謀だもの」
この小さなフェリーンがドクターやケルシー先生、アーミヤに次ぐロドスの権力者であることを時々忘れそうになる。戦場でどれほど彼女に助けられたか、ラップランドは覚えている。
「こうしてメラエラがちゃんと食べるようになったのはマッターホルンのおかげだね」
「そうね。彼に一度ひどく怒られたのよ。しっかり食べないと戦場に立つなんて許可できないって」
「まぁ、たしかにボク達戦闘オペレーターは体が資本だからね。食べないと体が持たないし」
けれど、よほどマッターホルンは怒ったのだ。そうでなければ、頑固な彼女をここまで変えることは難しかっただろう。
明るく無邪気で、天真爛漫。だが、それはほんの一面だけであることをラップランドは知っている。頑固で感情的。レユニオンに対しては攻撃的な言葉を使うことも多い。
マッターホルンは穏やかな立ち振る舞いであっという間にロドスに馴染んでいる。厨房で料理を作っているとあっという間に食堂に人が集まってくる。
「マッターホルンはすごいよね。あっという間に君を変えちゃったんだ」
「変えたっていうより毎日あたしのいる場所を特定して呼びにくるんだもの。食べないとまた怒られるし…」
むぅっと頬を膨らませてヨーグルトを口に運ぶ。酸味が苦手なメラエラはいちごジャムを掛けている。
「お母さんみたいだね」
「……お母さんってこんな感じなの?」
「少なくとも世話好きだよね」
ラップランドがそう言うとメラエラは諦めたように一口またヨーグルトを食べた。
食べている姿を観察するのもたのしいが、もう少し彼女が食べ進めたら訓練室に誘ってみようか。テキサスがいなくて、エクシアやソラも任務に行っていていない。
マッターホルンの話をしているときは照れ臭そうにしながらも、メラエラはほんのり頬を赤らめて嬉しそうにしている。もしかしたら、彼女は恋をしたのかもしれない。
「ねぇ、メル」
「うん?」
「この後何か用事ある?」
「…んーと、特にないはずよ」
思案顔をした後、メラエラはそう答える。
「なら、ボクと訓練室に行こう? 誰も相手になってくれなくてさ。退屈してるんだ」
「えぇ、いいわよ」
こくりと頷くメラエラはほぼ皿のものを食べ終えて、ココアに口をつける。今度は熱くなかったようで、そのまま飲み込んだ。
トレイを返却口に返しに行くメラエラを見ているとたまたま厨房から顔を出していたマッターホルンと目があった。
ひらひらと手を振ると会釈が返ってきた。律儀な男だ。真面目が服を着たような彼は朝から晩までよく働く。
二言三言話してからメラエラはラップランドの元に戻ってきた。今にも飛び跳ねて踊り出しそうなほどご機嫌だ。
「何か良いことでも言われたの?」
「ふふっ、最近ちゃんと食べてるなって言われたの。嬉しかったわ!」
「良かったね」
ラップランドはそう答えて、メラエラの手を引く。もう待ちきれない。これ以上は体が鈍ってどうにかなってしまいそうだ。
「はやく訓練室に行こう!そろそろ基地のメンバー交代もあるはずだよ」
「えぇ、そうね!」
自分よりも少し小さな手を握る。
彼女を独り占めしたいと思うのは、彼に対して嫉妬しているのかもしれない。
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