君そら 派生編 | ナノ
疫病神 2


 きゃっきゃと戯れる二人を、秀一は生暖かい目で見ている。

 今は周りに人気(ひとけ)もないし、ハルも記憶を失っているとはいえ妖狐なのだから、しばらくは二人の好きにさせよう。二人は精神年齢が近いせいか、よく気が合っているようだ。

 それに、もしかしたら。


(これがキッカケで、妖狐としての記憶を取り戻す可能性も……)


 そこまで考えて秀一は頭を振った。

 何度も自問自答を繰り返して決めた筈だ。彼女が自発的に思い出すまで待つと。それまで、彼女のそばで彼女を守る。それが彼女に出来るせめてもの罪滅ぼしだ、と。


「……ちゃん、しゅうちゃんってば!」

「え? なに?」

「んもう! ちゃんときいててね! あのね、ハルたちかぞくになったの!」

「は? 家族?」

「そうなのだ! しのぶが言ってたのだ、いっしょに仲良くくらすものたちを家族というのだ!」

「え? つまり、二人はこれから一緒に暮らすって事かい?」

「「そうなの(だ)!」」


 仲良く手をつないで「ねー」と頷きあう二人を見た秀一は、次は飯事(ままごと)遊びが始まったのかと納得した。しゅういちもだ!と誘ってくる八紅氷に苦笑付きで頷く。

 無難な所で二人の設定は兄弟か、若しくは夫婦といったところか。

 いくらハルが異性と仲良くしていようとも、流石に飯事の、しかも子供相手にまで悋気を見せる事は無い。

 二人が夫婦で、お父さんとお母さんなら自分は子供だろうか。などと考えながら、自分の役割を尋ねる。すると。


「しゅういちは『げぼく』だ!」


 思ってもみない役名に唖然とする。しかもその上。


「やっくん、げぼくってなぁに? それじゃあ、ハルは?」

「ハルは『めかけ』だ!」


 秀一は今度こそ盛大にズッコケた。


(どこで覚えてきたんだ、そんな言葉!! 彼の保護者はどんな教育をしているんだ!!)


 今日初めて会った彼だけれど、彼の家庭環境が大いに気になる。いくら稲荷神とはいえ、こんな 馬鹿っぽい 小さな子が一人で暮らしている筈がない。


(そういえば、さっき『しのぶ』って名を口にしていたな。その人が原因か?)


 子供になんて言葉を教えているんだ。情操教育に悪いだろう!

 などと八紅氷の為に憤慨していた秀一だったのだが、彼の次の行動で、ソレは遥か彼方に打ち捨てられることになった。


「めかけ?」

「そうだ、妻はしのぶだからな。ハルはおれのめかけになって仲良く暮らそう!」


 そう言って手に取った葉っぱを頭に乗せた八紅氷は、再びポンっと軽い音を立て、煙を上げた。かと思うと、なんと長身の青年の姿に変わったではないか。

 そしてハルを膝の上に乗せて、彼女の額に口づける。


 秀一の耳に、ブチッと何かが千切れる音が聞こえた気がした。


 急に姿が変わった八紅氷に、ハルは驚いた様子でパチパチと瞬きを繰り返していたが、八紅氷の「嫌か?」の言葉に慌てて首を振った。


「いやじゃないよ、ハル、やっくんのめかけにな…」


 八紅氷に返事を返そうとしたハルを制したのは秀一の右手。彼女の口元を覆うことで、止めたようだ。

 秀一はそのまま、とりあえず八紅氷を殴った後、ハルを引きずるように帰宅の途に就くことにした。

 彼らの後ろでは子供に戻った八紅氷が、見知らぬ女子高生に怒られていた。聞こえてくる口ぶりからすると、彼女が彼の保護者で、人前で変化したことを怒っているようだが、最早そんなことはどうでも良かった。

 八紅氷が確信犯だったのか、本当に飯事のつもりだったかも、もうどうでも良い。人間界の狐の強かさも然り。

 今大事なのは、やはり目が離せないと痛感した自分の恋人の事だ。そう、彼女は自分の恋人なのだ。いくら記憶を失っているとはいえ、簡単に他の男の妾になると宣言するのは如何なものか。

 とりあえず、帰宅してからゆっくりお仕置きしようと誓う秀一だった。
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