疫病神 1
「遅いと思ったら……」
思わず頭を押さえて、溜息をついてしまうのは仕方がない。普段はきちんと『子供らしく』を心がけているが、時折、長年染みついた無意識の行動が出る時がある。
とはいえ公園の入口で、呆れた眼差しで幼馴染みの女の子を見つめながら溜息をつく5歳児、というものは中々にシュールだろう。もちろん、周りにこちらを伺っている者がいないのを知っているが、自重した方がいいのは確かだ。
しかし最後に、と今度は意識的に大きく溜息を吐きだして頭を振り、彼――蔵馬こと南野秀一は、無邪気に遊ぶ幼馴染みの方へと足を向けた。
「ハル、何してるの?」
「しゅうちゃん! かえったんじゃなかったの?」
「ん?」
「ハルが遅いから迎えに来たんだよ。まだ帰らないの? その子は?」
「やっくんだよ。さっきおともだちになったの!」
「そうなのだ、ハルとおれは友達だぞ! つぎはブランコにのるのだ! いくぞー!」
「あーやっくん、まってよー!」
キャーと奇声を上げながらブランコの方へ走ってゆく二人の子供。
秀一の幼馴染みは基本的に臆病で人見知りのきらいがあるが、慣れてくるとあっという間に仲良くなる。普段はそれが良い方向に作用しているが、今回は秀一の眉間に皺を寄せる事となった。
(なんだあの子……うっすらと感じるこの気は……妖気、とも少し違うな)
駆けてゆく同じ背丈の二人の背を目で追っていたら、ハルがくるりとUターンしてこちらに戻ってきた。
「しゅうちゃんもいっしょにあそぼう! みんなであそんだほうがたのしいよ!」
息を弾ませ、満面の笑みで誘ってくる幼馴染みに手を取られた秀一は、まぁいいかと、流れに身を任すことにした。
++++
人間界へ逃れてきて早6年。生まれてから5年。秀一と歳を同じくするハルも共に5歳。そして『やっくん』と呼ばれた彼も恐らく同じくらいだろう。
彼らは先ほどから鬼事に興じている。そして鬼は秀一が勤めていた。しかし彼は中々鬼役をバトンタッチ出来ずにいたのだ。
文字通りどこぞの名探偵のキャッチコピーそのままに『見た目は子供、頭脳は大人』な彼だが、だだっ広い公園の鬼事で、頭脳戦など挟める隙などない。
しかも相手はたかが幼児と侮る事無かれ。ペース配分を知らない分、全力で遊ぶ様は凄まじい。そんな二人に途切れることなく、こっちだ、早く捕まえろ、と名を呼ばれ続けるのだ。ある意味、耐久マラソンを強要されるに等しかった。
「……っ、ちょ……っとタンマ……!」
ぜいぜいと膝に手を置き、息をつく。そんな彼を哀れに思ったか、ハルとやっくんは一足先に休憩を取りだした秀一の元へ行き、一緒に座り込んだ。
「……ハァ、君すごいね」
情けないことに、妖狐だったのは昔の話。今の秀一は中身は兎も角、身体は正真正銘5歳児だ。体力もそれ相応しかない。しかも中途半端なペース配分を無意識にしてしまう為、余計に疲れてしまった。
だが、それでも多少は疲れたらしく息が上がっていたハルに比べても、やっくんは全くそんなそぶりを見せなかった。しかも汗一つ掻いていない。
「ほんとうにやっくんはすごいね! とってもあしがはやいし、あーんなたかいところまでひとっとびだったんだよ!」
そう言って、ハルはジャングルジムのてっぺんを指さした。その高さは2M程もあり、とても子供が『ひとっとび』出来る高さではない。秀一はまた眉間に皺が寄りそうに成るのをなんとか堪えて「それはすごいね」と相づちをうった。
二人に褒められたと感じたやっくんは大いに気分を良くしたらしい。えへへへと後ろ手に頭を掻いてモジモジし始めた。
「だっておれは神様なのだ! このくらいなんでもないぞ。もっとすごいこともできるのだ! 見たいか? 見せてやろうか?」
むしろ見てくれと言わんばかりのキラキラとした眼差しで、秀一とハルに詰め寄ってきた。そして、興奮したやっくんからポンっと音がしたかと思うと。
「「「あ」」」
やっくんの頭から、彼の髪の色と同じ薄茶色の『耳』が生えてきた。しかもおしりにはボリュームたっぷりの尻尾まで。
「わー! すごいすごーい! やっくん、きつねのかみさまだったんだね! ままにきいたことがあるよ。あかいとりいのじんじゃがおうちなんでしょ?」
正体がバレてしまうと、拒絶されてしまうと思ったのだろうか。うっすらと目に涙が溜まりだしたやっくんだったが、ハルの喜色の言葉を受けて、満面の笑顔になった。
「そうなのだ! おれの名は八紅氷(やくびょう)! 八紅氷神社の神様なのだ!」
胸を張って名乗りを上げるやっくん――もとい八紅氷に、ハルは目を輝かせて拍手を送った。対する秀一はガックリと肩を落とす。
(こんなヤツが稲荷神だなんて……大丈夫なのか?)
昔はもっと粒が揃っていたように思う。何より彼は見た目通り、中身までまるで子供ではないか。
それは兎も角、これで彼の気を特殊に感じたワケが分かった。所謂『神気』なのだ。……こちらが心配してしまうほど微々たるモノであるが。