君そら 派生編 | ナノ
番外)11月22日


 明日の仕込みのチェックを行った幽助は、実にかったるそうに閉店作業を終えた。鍵を締めて外に出る。夕暮れが残る空は、まだぼんやりと明るい。せっかく早く切り上げたのだからパチンコなり雀荘なりに行きたい、という衝動が湧き上がってくる。
「ったく螢子のヤツ、理由ぐらい言えってんだ……」
 ガリガリと頭を掻きながら、つい先日家族となった相手の不平を述べる。普段なら、幽助がどれだけ遅くなろうが、魔界の呼び出しに応じたまま何日も家を開けようが、ひとしきり文句を言ったあと「ちゃんと連絡しなさい」「分かった、すまん」で終わるというパターンだというのに(約束が守られる確率は五分五分である)、今日に限って早く帰ってこいと注文をつけてきたのだ。
 お蔭で行きつけのパチンコ屋の掲げる「新台入荷」のノボリや、馴染みの焼き鳥屋から漂ってくる食欲をそそる香りなどの誘惑を振り払うのに苦労した。
 もっとも幽助自身、少しは悪いと思っているからこそ、まっすぐ家へ向かっているのだが。
「よお、蔵馬じゃねぇか。今帰りか?」
 道すがら、サラリーマンの群れの中に見慣れた顔を見つけた。
 踏切に止められた彼の隣にならぶ。互いに社会人になって何年も経つ。彼のスーツ姿もすっかり見慣れたものだ。
「幽助も今帰りですか? お疲れ様です」
「おお、お疲れ。つっても、今日はあんまり客のない暇な一日だったけどな」
「まだ店を開いたばかりですからね。客足が安定するには時間がかかるものですよ」
 律儀にフォローを入れてくれる彼は、屋台時代からの固定客はついているのだから大丈夫だ、最近はご無沙汰だったから今度食べに行く、と言ってくれる。
「おう! とびきり美味いヤツご馳走してやるぜ! あいつも連れてこいよ!」
 幽助は彼の背をバシンと叩いた。うっかり手加減しそびれた幽助の馬鹿力に、蔵馬はゲホゲホと咳き込んだ。
「それ何だ? ケーキか?」
 幽助はワリィワリィと軽い謝罪をしながらも、咳き込み続ける彼が必死に死守している箱に首を傾げた。あいつの誕生日はこの時期だったのだろうかと記憶を探ってみる。
「ゲホッ……え、ええ、そうです。今日は11月22日ですから。君のところと違って新婚家庭じゃありませんが、形だけでも一応、ね」
「んん?」
 どうやら誕生日ではないらしい。が、新たな疑問が出てきた。
「今日って何かあったか?」
「へ?」
 蔵馬からすっとんきょうな声が出た。だが幽助の表情から冗談を言っているワケではないとすぐに気づいたようだ。
「今日はいい夫婦の日です。数字の並びから、11(いい)22(ふうふ)となるでしょう?」
「なんだダジャレかよ。んなのに従うお前も律儀だなぁ」
 呆れた風に言う幽助に蔵馬は苦笑する。
「まぁ、そうかもしれませんが、馬鹿にしたものじゃないですよ? 最近ではこの日に入籍する夫婦も増えているようですから」
「へぇ、縁起担ぎみてぇなもんか」
「そうでしょうね」
 帰宅ラッシュの時間帯らしく、長く閉じていた踏切がようやく開いた。待ちかねた人ごみが進むに従って二人も歩き始めた。
 一転、無言となった二人であったが、分かれ道に差し掛かった段になって、蔵馬が幽助に声を掛けた。
「余計なお世話かもしれませんが、これどうぞ」
 と、彼はカバンの中から一本のワイン瓶を取り出した。
「同僚に貰ったお土産なんです。二本貰ったので、おすそわけに」
「あー……わりぃな」
 少し逡巡したが、ありがたく貰っておくことにした。
「ラーメン楽しみにしてますね。それじゃまた」
 またな、と軽く手を挙げて別れた。
 通いなれていない家路の途中、なにげなく左手を持ち上げた。辺りはすっかり暗くなっていたが、夜目の利く幽助には薬指にはまる真新しい指輪が細部までハッキリと見える。
 その手をギュッと握りしめ、乱暴にズボンのポケットに突っ込んだ。家はもうすぐそこだ。速足で進むとあっと言う間に辿りついた。
 煌々と明かりが灯る我が家の前で、一度深呼吸する。
(これは土産、土産だ……よし!)
 次に蔵馬が店に来たとき、一緒に来るだろう彼の妻ともども全トッピングを付けたスペシャルメニューを四の五の言わさず食わしてやる! と、かたく決意しながら、幽助は思い切り扉を開けた。
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