狩人さん、こんにちは 5
第二課題担当のメンチが発表した内容は、予想通り『握りスシ』だった。
二人は作戦通りの行動に移して課題を提出した。共同作業は禁止されていなかったという屁理屈のような言い分はアッサリ認められたが、一番の問題は、やはり提出物――スシの出来だろう。
「で、これは何?」
メンチは目の前に出された黄色い物体が乗ったスシに眉を寄せた。
「卵の握りスシです」
説明した環に「そんな事分かってるわよ」とメンチは口を尖らせた。
「アタシが言いたいのは、どうして卵なのよってことよ。スシのネタは魚がジョーシキでしょーが!」
メンチの言葉に、環と蔵馬は揃って無理だろ! と胸中でツッコミをいれた。海辺ならともかくここは森の中だ。採れたとしても川魚。淡水魚だ。スシのジョーシキである海魚など手に入るわけがない。
明らかに場所、もしくは試験内容のミスだ。との認識はあったが、とりあえず出来るもので用意したのが――ベタではあるが――卵のスシだった。
肝心の卵は森に住む野鳥の巣から失敬した。
ちなみに開き直ったメンチの『魚』発言で、レオリオやハンゾーのウッカリ発言を聞き逃した者達も残らず川へ駆けて行った。
ブツブツと文句を言うばかりで中々食べてくれないメンチに環は嘆息した。
「一口でいいから食べてください。これでダメなら諦めますから」
「……仕方が無いわねぇ」
メンチは実にガッカリといった様子で口に運んだ。彼女からしたら、いくらマイナーな民族料理だとしても、志願者は世界各地から集まるのだから一人くらいはスシを知っている者もいておかしくないと思っていた。むしろそのような者こそ、この逆境の中で変りダネを持ってきてくれるのではと期待していた。だから在り来たりなネタ――しかも不完全なモノを持ってこられてガッカリしたのだ。
卵のスシと言っても、どうせダシ巻き卵ではない。ただ焼いただけの卵焼きだろう。ここにはダシをとれるモノなどないのだから。
と、思っていたのだが。
咀嚼したメンチは目を丸くした。ふんわりとした食感。溢れるジューシーな汁。仄かな甘みを訴えるコレは甘味料ではない。出汁(ダシ)だ。
「うそっ、ちゃんとダシ巻き卵になってる!?」
「昆布や煮干、鰹節などは手に入れられなかったので別のモノ代用しました。これは」
「ああ、待って言わないで! これは、そう、キノコね! しかも一種類だけじゃなく、複数使用することで味の深みに相乗効果を起こしている。えぇと、この風味はアミガサタケとウサギタケ。そうよね!?」
環は、へー、そんな名前だったんだ、と内心コッソリ感心しながら、キノコであるのは間違いないので笑顔で肯定した。ちなみに調理は環が担当したが、食材の調達――という名の、毒キノコか否かの判別は蔵馬が担当した。
「なるほど。ジャポン料理の出汁は鰹節や昆布から取るのが相場だけど、キノコが似たような働きをしたのね」
「はい。キノコに含まれる『うま味』成分であるグアニル酸で、鰹節や煮干に含まれるイノシン酸、昆布に含まれるグルタミン酸に代わる働きをして貰ったんです」
「考えたわね。…………ちなみに動物性スープを使わなかった理由は?」
メンチの挑むような目に、環はうん? と首を傾げたが、いつか読んだ本を思い出すように顎に手を当てた。
「えーと、うま味は舌が感じる5基本味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)の一つですよね。うま味物質はタンパク質などに多く含まれていて、舌がタンパク質が豊富な食物に触れることで発達する味覚とされています。動物の肉やガラ、骨、貝柱や海老などからも抽出できるのは知っていましたから動物性スープも選択肢にありました。でも、今回は合わないと思って」
「合わない?」
「だって主役は卵でしたから」
当初は豚(グレイトスタンプ)の肉や内臓(取り除いて取っておいたモノ)を使うことも考えていた。しかし、肉は味の主張が強い。それでは卵の味が霞むと思って選択肢から外したのだ。煮込むだけの時間もなかった理由もある。
「ふーん? ダシは味の奥行きを担った大事な役割でもあったけど、風味止まりにして主役を際立たせたのね。繊細なうま味を感じ取れるか否かは食べる者の技量にかかっていた……もしかして、逆に試されていたのかしら?」
「いえいえ、ただ美味しいおスシを食べて貰いたかっただけです。どうでしたか?」
「もちろん、美味しかったわよ」
二人はガシリと固く握手を交わしあった。
シングルライセンスを持つ美食オタクと、本の虫である雑学オタクがスシで通じ合った瞬間だった。
余談であるが、蔵馬は少し離れたところで空笑いしていたという。
更に余談であるが、結局、審査が偏っていたとされ、再試験が実施されることになったのだった。