もしくはこんな未来も 5 (by かがわ)
元々弟を追いかけて行ったのだから気配も妖気も普段のままだった。弟もそのままだしこちらに気付いているようだから、かるーく声を掛けようとしたのだが。
なぜか急にこちらと距離を取ったと思ったら、姿も気配も妖気すらも綺麗に消して隠れてしまった。
あいつ盗賊の才能があるんじゃないのか? なんて感想と共に、そこまであたしに会いたくないのか、という結論に達して怒りが込み上げてきた。しかし、その原因に気付いてあたしもすぐに隠れた。ボソボソと聞こえて来るのは二人の男女の声だ。
隠れた茂みから少しだけ身を乗り出して様子を見る。始めはこの里の男女が逢引をしている現場に居合わせた気まずさから姿を隠したつもりだったのだけど。
その二人は、なぜか黒髪黒目の子供の姿に化けた彼女と、見た事のない剃髪の男だった。あの男が里の者で無いのは一目瞭然だ。妖狐の証である耳と尾がない。彼女はまるでそんな男に倣うかのように、耳と尾を隠した姿を取っている。わざわざ妖狐の里でなぜそんな事を。却って目立つのと言うのに。あたしは首を捻った。
(それにしてもあの男、タダ者じゃないな。姿を見るまで、居たことに気付かなかった)
二人に気が付いたのは、彼女の妖気を感じたからだ。寂しそうに別れを告げる彼女に男は励ますような声を掛けている。
「見慣れたその姿も今日で見納めだと思うと寂しいですね」
「私もです……本来の姿より、こちらの方が落ち着くようになってしまいました」
「妖狐の貴女は目を引く存在でしたからね。色々大変だったでしょう。お疲れ様でした」
「いえ、その度に北神さんが助けてくれたので、そこまでは」
「私が貴女を助けていたのは、王に頼まれてた仕事の一環ですよ?」
「いつもそう言って、私の負い目を軽くしようとしてくれてましたよね」
「ハハ、ばれてましたか……環、さん。また、会いに来ても宜しいでしょうか?」
「もちろんです。力いっぱい歓迎しますね」
「力いっぱいですか? それは楽しみだ」
いつの間にか彼女は本性に戻り、二人は実に和やかに、楽しそうに談笑している。もしやこの二人は……と、あたしが邪推していると。
「それにしても、色々な事がありましたねぇ。貴女が泣きながら私の寝室に来て、一緒に夜を明かした事もありましたっけ?」
あ、やっぱりそーなのか? なんて思っていたら、あたしの斜め前の茂みから、実に奇妙で特徴的で気持ち悪い奇声がけたたましく響いた。慌てて耳を抑える。魔界の者ならこの声を聞いただけで死ぬ事は無いが、多少なりともダメージを負ってしまう。いやーな夢を見る程度だが。
それより……あんなところにアレ、植わってたっけ?
驚いたのはあたしだけではなかった。談笑していた二人も突然の奇声に揃って耳を抑えて驚き、茂みを注視している。
「どうした、こんなところで何をしている」
いつの間に移動したのか。実に飄々と、全く別の方向から弟が姿を見せた。
「クラちゃん、あの、さっきすごく変な声が聞こえて……」
「オレもそれが聞こえたから来たんだ。おそらく父さんの趣味で栽培している人型根の植物だろう。滅多にないが、時々勝手に暴走するんだ」
うわっ、こいつ父さんのせいにしたよ。さっきのはお前の仕業だろ! とツッコみたいあたしを余所に、弟はそろそろ帰ったらどうだ、とあくまで自然に二人を引き離しにかかっている。
「おい、瑞穂。オレは環を送っていくから、お前はそちらの官吏を案内してやってくれ。父さんの客だ」
「……わかった」
『王』、『仕事』というキーワード。何より彼女が行っていた国を思い出して、男は闘神の国の官吏だったのかと心中で納得した。弟も同じ考えに行きついたのだろう。だが、なぜこのタイミングで話しかける?
三人の視線を感じてしぶしぶ姿を現した。すると、危惧したとおり(案内を押し付けられた)官吏が、さっきのはまさか……と疑惑アリアリな目を向けてくる。
弟で遊ぼうとしたあたしに対する意趣返しのつもりか!? やっぱ可愛くない!! 可愛くないぞ、蔵馬!!!!
++++
「ところで、環。あいつの部屋で夜を明かしたというのは……」
「それは向こうに行ったばかりの子供の頃の話! 北神さんったらもう!!……あれ? クラちゃん、なんでソレ知ってるの?」
「いや、それは……」
仕方なしに官吏を案内しているあたしの耳にこんな会話が聞こえてきた。官吏をチラリと見る。彼は聞こえていないようだ。彼は妖狐ほど聴覚が鋭くないのだろう。
どうやら弟は弟で随分と必死らしい。
だがそんなの関係ない。
この礼はたっぷりとしてやるからな!!!
To be continued?