「175 終わりと始まり」のIF話
「……!……さん! おねーさん!!」
「……環?」
「急にどうしたんです? 大丈夫ですか?」
「大丈……夫? お前こそ……いや、なぜそんな姿で……」
先ほどまで血濡れで倒れていた彼女が目の前にいた。目にする事が叶わなくなったハズの黄金の瞳がまっすぐ注がれている。しかし不思議なのが、なぜか彼女は幼い子供の姿だ。
だが――。
「環……!!」
蔵馬は力いっぱい抱きしめた。腕の中の彼女は苦しいと不平を訴えているが、構う事無く、彼女の匂いで自身が満たされるまでの間、ずっと抱きしめ続けた。
初めのうちはもがいていた環も諦めたのか、大人しくされるがままとなっていた。
「……なぜ、その姿なんだ?」
「?」
しばらくして、腕の力を緩めた蔵馬が彼女の顔を覗き込んだ。環は質問の意図が分からず首を傾げている。
「どうしてと言われましても、生まれてから10年、ずっとこの姿ですよ? それより次代様は私の名前をご存知だったんですね」
「……次代様?」
その呼称は随分久しぶりだ。なぜ今になって――と考えかけて、先ほど彼女が言った「生まれて10年」の言葉に愕然とした。まさか。
「お前の歳は?」
「10歳です」
眩暈を感じた。10歳。だから幼子の姿なのか。
(まさか、時が遡ったとでも言うのか?)
信じられない。ありえない事態であるが、自身の変化に気付いて再び愕然となる。髪が短い。それだけなら切ったとも言えるが、視線が低くなっている上に腕も足も細い。
(これでは……まるで、子供じゃないか)
傍にあった池に姿を映して声を上げそうになった。かつての自分がこちらを見ていたからだ。今の自分は、まるでではなく、正真正銘の子供だ。
「あの! 次代様!」
呼ばれてそちらを向くと、真剣な顔をした環が居た。
「わ、私と、と、友達になってください!」
真っ赤な顔でぺこりと頭を下げられた。
――えーと、あの、ね。お、お友達になって欲しいな……って思って……
過去の言葉が蘇る。もしやこれは、彼女と初めて会った時なのだろうか。確かに息を引き取った彼女を見て、もう一度会いたい、もう一度やり直したいと願った。
(だから、か……?)
余りにも都合が良すぎる。常ならあり得ないと――。
「環……」
蔵馬はもう一度彼女を抱きしめた。そうだ、有り得ない。有り得ないが、目の前に彼女がいるのだ。
「え? えと、あの」
腕の中の彼女はやはり慌てた。それでも、
「……もちろん、だ」
彼女の温かさを――生を感じて、込み上げてくる涙に奥歯をかみしめた。