御礼小話 4
〜花火〜
人間界の海へ環を連れて行ったとき、下手な贈り物をするより余程喜ばれた事から、蔵馬は度々彼女を連れて遠出するようになった。
これまで彼が連れて行った場所は、珍しい花が群生する人間界のなだらかな丘であったり、見応えのある魔界の古い遺跡であったりした。自然物、人工物を問わず、彼女が心を動かした時、素直にそれは表情として現れた。
「わぁ……綺麗ね……」
先ほどから、彼女は大きな音を立てて上げられる花火に感嘆の声を漏らしている。蔵馬はこの顔を見るのが好きだった。
今日の二人は人間に化けて川開の花火見物に来ていた。川に浮かぶ多くの納涼舟の一つに揺られている。
毎年開かれているこの花火大会は、将軍が飢饉や疫病を祓う神事を行ったのがキッカケだ。しかし今ではすっかり民の娯楽と成っていた。大勢の見物人が夜空に浮かぶ花に喝采を送っている。
この時代の花火は単色のみで規模も小さい。環はもっと発達した、カラフルで派手なモノを知っているが、それでも大勢の見物客に交じって楽しむ花火は格別だった。
何より――。
一緒に見上げる蔵馬の横顔を盗み見て、そっと彼の袖を握った。
〜ピカピカ〜
※過去編155〜161辺りの話です。
「おはよう、葉月……」
まだ眠くて仕方がないが朝が来てしまった。頑張って起きたものの、再び落ちそうになる瞼を気力で持ち上げる。抑えきれない欠伸が飛び出しそうになったので手を当てたが、眠くて眠くて仕方が無い。
「すっごく眠そうだねー。もう少し寝てる?」
「ううん、支度したら出かけるよ」
ありがとね、と幼い妹の頭を撫でると、葉月は嬉しそうに笑った。
気遣ってくれる彼女には悪いが、今日は棗さんと約束をした日だ。正直、もう一度眠りたいところではあるけれど、そうすると今日はもう起きられない気がする。
彼女のとの約束を破るのは身の破滅を招いてしまうから、決して二度寝の選択肢は選べない。冷たい水で顔を洗ってシャキッとしよう。そう考えた私は洗面に向かう前に葉月に尋ねた。
「何か摘めるモノある?」
「さっき獲ってきた果物があるよー」
「じゃあそれ頂戴。用意をお願いしてもいい?」
「うん、任せて」
快諾してくれた彼女にお願いして顔を洗いに行った。戻ってくると急ごしらえにしては立派な盛り合わせが用意されていた。褒めて貰いたいと訴えているキラキラとした目を見て、私はまた彼女の頭を撫でながらお礼を言った。パタパタと振られる尾と相まって無邪気な様が可愛くて仕方がない。
「…………?」
視線を感じて顔を向けた。穴が開きそうな程に見つめられていたので首を傾げた。
「どうしたの? 顔に何か付いてる?」
食べカスでも付いているのだろうかと口元に手を当てるが、正解では無いようだ。
「なんかね。今日のタマちゃん、すごくお肌がピカピカしてると思って」
「ゴホッ!! ゴホッゴホッ!!」
盛大に咽せてしまった。咳き込み続ける私に慌てた葉月は、背を撫でながら大丈夫かと聞いてくる。
「だ、大丈夫! 何でもないから! 本当に何でもないから!!」
思わず何でもないと大声で連呼してしまった。かえって怪しいと思われたかもしれない。
彼に止めるようにお願いしても、いつも付けられてしまう鬱血痣。これはいわゆる内出血の跡なので、治癒の力で消す事が可能だった。今朝も習慣とばかりに行い、ちゃんと鏡で確認してきた……けれど、流石に肌の調子にまでは気が回らなかった。
「ご馳走様! 行ってきます!!」
葉月に特別な意図はなく、気付いた事を何気なく口にしただけだと分かってる。それでも子供の純真な視線を受け続けられなくなった私は逃げるように席を立った。