君そら 派生編 | ナノ
番外)頑張れ、神無さん


 今日も一日が始まる。この森で最も朝が早いのは神無だ。彼は今朝も日課の散歩をしていた。


「穀物の備蓄は大丈夫か、ああ、そろそろ南の畑が収穫時期だったな。収穫後、あの地は暫く休ませる必要があったから……明日には休ませている東の土地を見に行くか」


 本人は散歩だと言い張っているが、彼のコースはいつも決まっている。備蓄庫を回り、田畑を回り、シメとして朝食の食材を調達してくる。極めつけに最近では他者に任せていた朝食作りにまで手を出していた。


「カンちゃんの味噌汁は最高だよねー。最近のあたしはコレを飲まないと一日が始まらないよ」

「本当に美味しいよね。神無はどこに出しても恥ずかしくない、立派なお嫁さんになれるよ」

「……いいから黙って食え」


 褒めているのか貶しているのか。神無は葉月と環のコメントを流して味噌汁をすすった。今日も中々の出来だと胸中で頷いた。

 本人の話では、その日によって濃かったり薄かったり、出汁の取り方に納得がいかない味噌汁を飲まされるより自分で作った方が余程ストレスが溜まらない、とのことだ。


++++


 朝食を終えたら子供たちの世話だ。とはいえ直接担当しているのは葉月をはじめとした他の大人たちだ。神無はバックアップの立場にいる。ことのほかそのバックアップが多忙なのだ。居住場所や食料の確保、最近では森印の酒を筆頭に結界装置その他諸々の販売の経理まで行っている。余談だが営業は主たる環だ。


「あいつら、あれだけ使い過ぎるなと言っておいたのに」


 纏めた数字を見て文句が出た。開発費は既に使い果たしている。本来予定していた額より遥かに増えた金額をつぎ込んだお陰というか、本人達の並々ならぬ拘りのお陰というべきか。彼らが開発した結界装置は今では森印の筆頭商品にまで上り詰めている。しかし、まだ改良し足りないとばかりに予算ばかりを計上してくるのだ。遂には原材料費に手を出したようだ。前回と比べて格段に費用が嵩んでいる。

 神無の口から「一回、シメておくか」と不穏な言葉が漏れ、目はランランと怪しい光を放ち始めた。


「おーい神無兄さーん、ここか?」


 呑気な声が彼を呼んだ。


「……なんだ凪か。どうした? 珍しいな」


 思っても見ない人物の登場で、般若と化していた神無の顔が元の仏頂面に戻った。眉間の皺は常の1.2倍に増えていたが。

 成人した凪は独立してからというもの、滅多に森へ帰ってくることは無くなった。彼の幼い頃を知る面々は、はじめは心配したものの、便りがないのは無事な証拠を地で行く彼に――何より今ではすっかり実力者である彼に――たまには帰ってこいと声を掛けるだけになっていた。その彼が戻ってきた。しかも母親である環の下ではなく、自分を訪ねて帰って来た様子の彼に神無は不思議そうな顔をしたが、


「また見繕って貰おうと思ってさ」


 納得したとばかりに「ああ」と頷いた。そしてふと「今日こそ連れて行くか」と声を出して「ちょっと待ってろ、今日は同行者を連れて行く」と言い残して急ぎ目当ての人物を探しに行った。


++++


「神無さん勘弁してくれよ! 今いいところだったんだぜ!?」

「煩い! お前らの尻拭いをしているのは誰だと思っているんだ! 黙って付いてこい!!」


 今日の同行者はメタル族三兄弟の長兄だ。彼ら三兄弟が結界装置の開発者である。彼らは金の能力者ゆえか、機械いりじが大の得意だった。神無の頭を悩ませている予算バカ食いの張本人たちでもある。


「お前も金の能力者だろ、少しは働け」


 目的地に到着した神無は凪が見守るなか、三兄弟の長兄と共に目当てのモノを探し出した。ここは森から少し足を伸ばした場所にある鉱山地帯だ。長兄は「うへぇ」と泣き言を零しながら、原石が眠る宝の山に向かって行った。

 暫くして集められた鉱物たちに凪の目が輝いた。


「やっぱ神無兄さんの見立ては最高だな!」


 いたくご機嫌の凪は「たまには環たちに顔を……」と神無が言い終わらないうちに早口で礼を言い、風を纏って飛んでいった。忙しない彼の様子に、どうせ納品期日が迫っているか、とうに過ぎてせっつかれでもしたのかと嘆息した。

 たまにではあるが、本業が刀匠である凪は神無の元へ刀剣の材料となる鉄鉱石を見繕ろって貰おうとやってくる。神無と双子であり、同じ能力をもつ葉月が名乗り出て二人で出かけた事があるが、凪曰く「葉月姉さんの見立ては大雑把過ぎる」らしい。以来、凪は神無を頼りにやってくるようになった。神無の選ぶ鉄鉱石は他よりも粘り気が強くて扱いやすく、製鉄し易い。とのことだ。


「神無さーーーん!!!!」


 長兄が興奮した面持ちでやってきた。大量の石を抱えている。石とは言ってもただの石ではない。


「見てくださいよ! こいつらまだ原石ですが、銅、ギブス石、菱苦土石、紅鉛鉱、少量ですが金に白銀までありましたよ!!!」

「この短時間によくそれだけ見つけたな」


 神無が素直に感心していると胸を張った彼は、


「こいつ等がオレに使ってくれって言ってくるんですよ! いやー、試してみたい事が増えて困っちまいます!」


 当初の目的である原材料費をカットする作戦は成功しそうだと考えた。わざわざ貴重な時間を潰してやって来た甲斐があったというものだ。


「それにしても、神無さんもヒトが悪い! こんないい場所知ってたのなら教えてくれたって良かったのに!!!」


 計画通りに事が進んで満足気な神無だったが、彼が余計な一言を言ったお陰で機嫌は地に落ちた。


「……本気で言っているのか? オレが何度同じ事を言い続けていたと思っているんだ?」


 神無の背後に周りの鉱石から作り上げたナイフがズラリと並ぶ。能力によって瞬間的に作られたソレは、鉄鉱石から鋼として刀剣と成す凪の作品には到底及ばないものの、それでも中々の切れ味だ。長兄は青褪めた。


「………………あれ? そーでしたっけ?」


 とぼけてみると、神無の眉間に更にシワが増えた。


「す、すみま「せんですむかーーーー!!!!!」」
















「……晴れ時々、ナイフの雨?」

「主先生、どーしたの?」


 ポツリと呟いた言葉を拾われた環は苦笑した。


「神無先生が疲れているようだし、おやつは甘いケーキでも作ろっか?」


 ケーキという言葉に反応した子供たちが歓声を上げた。


「それじゃあ、皆にも手伝って貰おうかな。木の実たっぷりのケーキを焼きたいから一緒に獲りに行こう」

「「「「「「「「はーーーーい!!」」」」」」」」


 その後――。


 子供たちから「先生いつもありがとー!」とケーキを渡された神無はひどく感激したのだが(頑張って表情には出さないようにしたらしい)、子供たちが「自分たちも作りたい」と皆で大量に量産したケーキの山と、激減した備蓄庫の様子を知った彼が激怒するのはまた別のお話。
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