君そら 派生編 | ナノ
番外)白澤様の為にならないお話


 人間界の大陸に父と渡った時のことだ。立ち寄った村にたまたま彼がいた。

 うん、それで? と期待した眼差しでワクワクと続きを促す、先日友人となった少女に話して聞かせた。


++++


 父に、彼の話を聞ける機会に恵まれたのは僥倖だと言われた。彼は大陸の妖怪を統べる神獣とされ、漢方薬の権威とも言われている。

 植物を扱うオレや父からしたら彼の深い知識には学ぶべきところが多い。それは理解出る。しかしオレには話に聞いた程、彼が大層な存在だとは思えなかった。

 実際に僥倖だと言われた彼の話を聞いての正直な感想だ。


「いやぁ、今思えばアレはかなり笑えたなぁ。だって、いっそゴリラと言ってもいい容姿で本人たちは熱心に恋愛してたんだよ?」

「……はぁ」

「一応北京原人ってヒト扱いされてるけど、アレは無いよね。やっぱ毛深い女の子よりもスベスベのお肌の子の方が良いなぁ。君もそう思わない?」

「……はぁ」

「僕は乳の大きさは拘らないんだけど、形には拘りたいね。……こう、こんな形が理想かな」


 北京原人の恋愛を覗き見したという出歯亀話から始まり、目の前でこうだ、と身振り手振りを交えながら女の胸の形を訴えられても理解できるハズもない。したいとも思わないが。


「あの……」

「ん? なんだい?」

「今日は、漢方薬のお話を伺うハズだったのでは」


 父からくれぐれも失礼の無いように、と言い含められていたので控えめに申し出た。本音をいえば無駄な時間をこれ以上消費したくないところだ。彼は「やっだなー」とオレの修正を物ともせずに持論を展開した。


「君はまだ若いんだから、今のうちにしっかり遊んでおくべきだよ。女の子と遊びたいと思わない?」

「…………」

「大丈夫、僕が編み出したナンパのテクニックを教えてあげるから!」


 神獣どころかゴミを見るような目で見られている事に気づかない彼は、オレの沈黙を『自信が無い』と捉えたらしい。自信満々に胸を張ってこれまでの『武勇伝』を披露し始めた。


「白澤様!!!!」


 彼の話を右から左に聞き流していると、父が慌てた様子で駆けつけてきた。


「あれー、伊吹くん。お仕事終わったのー?」

「はい、お陰様で。……ところで、先程は何のお話をされていらしたのでしょうか。確か息子に貴方様の知識を授けて下さるとのお話だったのでは……」


 父の耳にも先程の会話が届いていたのだろう。尋ねる形をとっているが、顔色が悪い。


「うん、色々教えてあげたよ。これで蔵馬くんも女の子の落とし方がバッチリになった筈さ!」

「……っ!!」


 …………オレは、これまで父がこれほど気の毒に見えた事があっただろうか。額に青筋を浮かべながら拳を握り締め、殴りたいのを無理に我慢している父が……どう控えめに見ても、哀れに見えて仕方が無い。

 オレが子供の特権を利用して一発この阿呆を殴っておこうかとも考えたが。彼の話は全く利にならないと判断したのか、父に下がるように言われた。


「伊吹くんってば硬いよねー。後妻さん貰っちゃえばいいじゃん、一緒にひっかけに行ってあげてもいいよ」

「結構です! 私は妻一筋ですので!!!」


 大声で恥ずかしいことを叫ぶ父の声を背に受けながら、せいせいしたと身体を伸ばしつつ、その場をあとにした。


++++


「……そんなワケで、白澤は極度の女好きでだらしない性格であり、ああ、漢方に手を出した経緯も……いや、それはいいか」

「……そう、なんだ。神獣、なのに……」


 話を聞く前と打って変わって、どこか影を負った少女を眺めていると、なぜかあの時の父を思い出した。
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