君そら 派生編 | ナノ
番外)そうだ 牛丼屋、行こう。


 通りの向こうから歩いてくる幽助と桑原君を見つけた。彼らは何かと目を引く存在だと思う。それにしても、彼らの通う学校から離れたこの地域で見かけるのは珍しい。

 私がジッと視線を送っていると、彼らもこちらに気付いたようだ。手を挙げて挨拶してくれたので、私も笑顔でソレを返す。


「どうしたんだ? こんな処で」

「それはこっちのセリフだよ。この商店街は家の近所だから買い出しに来たの」

「お宅はこの近くなんですか?」

「そうだよ。そういう二人はどうしたの?」


 聞きたかった事を聞くと、彼らは憤慨した様子で教えてくれた。他校生からケンカに呼び出されて来てみたものの、ちょっとすごんだけで逃げられたとの事だ。武術会仕込みの殺気でもぶつけたのかな、と予想して苦笑した。


「君たちは曲がりなりにも暗黒武術会の優勝者だからね。弱い者イジメはダメだよ?」

「んな事言ったってなぁ〜〜……」


 どうやら納得いかないらしい。少し前まで普通に行っていた事が出来なくなった違和感を感じているのだろう。


「ちっ、逃げられたモンは仕方ねー。せめてなんか食って帰るか」

「そうだな」

「ご飯食べて帰るの?」


 時間を確認するとまだ少し早い。それにご家族が用意してくれているのではないかと聞くと、幽助は至極当然と言った風に。


「晩飯とはまた別だ。おやつみてーなモンだよ」


 などと言ってのけるので驚いたが、桑原君は当たり前だと言った顔をしている。成長期の男の子の胃袋はブラックホールに違いない。……蔵馬もそんなに食べていただろうか?

 どうだったっけと考え込む私に幽助が「おめーも一緒に食うか?」と声を掛けてくる。夕飯用の買い出しに来ていたわけだが、たまには外食もいいかと御一緒することにした。父は出張で母は夜勤。今晩は一人で夕食を取る予定だったのだ。


「大盛りツユダクで!」

「オレは大盛りと味噌汁!」

「じゃあ私は……ネギダクと野菜サラダください。ゴマドレッシングもお願いします」


 近くの牛丼屋に入ってそれぞれ注文を終える。お冷を飲んで一息つくと、二人が驚いた顔をして私を見ていた。


「どうしたの?」

「いや、天下の盟王の生徒でも牛丼屋で飯食うんだなと思ってな」


 私の注文が手馴れていると思ったのだろう。実際手馴れているのだから当たり前だ。


「進学校の生徒だろうと牛丼くらい食べるよ。流石に一人では入らないけど、友達とならたまに来るよ」


 幽助達が盟王にどんなイメージを持っているのか知らないが、私たちだって普通の高校生だ。ファーストフードにも行くし、カラオケだって行く。プリクラの交換も普通に行っている。


「蔵馬もッスか?」


 桑原君が不思議そうな顔で聞いてきた。そんなに彼のイメージと結びつかないのかな?


「基本的に蔵馬は何でも食べるよ。誘われればそれなりに付き合いで行ってるみたいだし」


 部活があるからという理由で断る事が多いけど、ハンバーガーも牛丼もラーメンだって食べる。そう話すと、二人は首を傾げながら唸りだした。


「蔵馬がハンバーガーに齧りついているところなんか想像できねぇ……」

「オレも。何となくヤツはお上品にナイフとフォークで飯食ってる気がしてた。……そういや、アイツ。武術会前の特訓の時は何食ってたっけ?」


 ナイフとフォークのみって、どんなイメージなんだろう。今度幽助達を誘って皆でご飯に行くのもいいかもしれない。それならどうやって飛影を捕まえようかな? そんな事を考えていると、注文した品が運ばれてきた。流石に早い。

 いただきます。手を合わせてから、まずサラダにドレッシングを掛けて牛丼を一口。久しぶりだな、と思いながら咀嚼していると隣から「ごっそーさん!」と元気な声が聞こえてきた。

 幽助早すぎ! そう言いたいところだけど、口の中に入っているのでそれも叶わない。と、思っていたらトンとお椀を置く音がして、桑原君も食べ終えてしまった。


「ゆっくり食ってていーぞ」


 彼らにゴメンねと手を合わせて大急ぎで食べ始める。しかし、急激にスピードが上がるわけもなく。彼らが話している横で頑張ってモグモグしていると、突然バターンと勢いよく入口が開いた。


「か、かか金を出せ!!!!」


 真っ黒な服に真っ黒なキャップをかぶり、極めつけに真っ黒なサングラスで顔を隠した男が刃物を持って登場した。近頃流行りの牛丼屋を狙った強盗のようだ。

 不謹慎だけれど一番に思ったことは、まだ夕方だよ、だった。


++++


「食べ損ねちゃったなぁ……」


 いい腹ごなしになったぜ! と輝く笑顔を見せた幽助と桑原君を思い出しながら帰路に着く。強盗さんはアッサリ二人に打ち負かされ、御用となった。ケンカ相手に逃げられた鬱憤も入っていたのかもしれない。

 事件、と呼ばれる前に早々に解決されたのだが、結局私は食べそびれてしまった。最初に食べた1/4程では流石に満足できず、ならば当初の目的通り買い出しに行こうと思うも、夕方の繁忙期に起こった件だったので、警察の聞き込みや野次馬の群れやらで無理だったのだ。

 家にカップメンのストックあったかな、と考えていると、後ろから肩を叩かれた。


「あれ? 蔵馬、どうしたの?」

「そっちこそ。手ぶらでどうしたの?」


 私は苦笑して事のあらましを話した。彼は「それであっちの商店街が騒がしかったのか」と言った後、手に持ったビニル袋を持ち上げて見せた。


「オレは母さんに頼まれておつかいにね。材料が足りないからって」


 駅の反対側の商店街は普通に買い物が出来たと教えられた私はショックを受けた。すっかり忘れていたからだ。

 間抜けな私を笑った蔵馬は「じゃあ家においで」と招待してくれた。いいのかな、という思いはあったものの、背に腹は代えられない。有難く申し出を受けさせて貰うことにした。


「その分、しっかりお手伝いさせて頂きます」

「そうしてくれると母さんも助かるよ。よろしくね」

「はーい!」


 ちょっとふざけて敬礼すると、蔵馬はまた笑った。


「南野家の今晩のメニューは?」

「牛丼だって」


 蔵馬が買ってきたのは玉ねぎだった。今日はとことん牛丼に縁があるらしい。よし、ネギダクにしよう。
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