狩人さん、こんにちは 2
現実逃避を決め込んだ環が、会場の端っこに蹲ってどれだけ過ぎただろうか。
「……環?」
不意に彼女の耳に、最も聞きたかった声が聞こえた。自分を呼ぶ、彼の声。
「くら……ま?」
環が顔を上げると、いつも見慣れた赤い髪と臙脂色の制服を纏った彼が居た。座り込んだ環を心配そうに覗き込んでいる。なんだ、やっぱり変な夢を見ていたんだ。目が覚めて良かった。
安堵の思いから、彼女は思いきり飛びついた。蔵馬は勢いよく抱きつかれた事で後ろに転びそうになったが、何とか踏ん張って彼女を抱きとめる。
グスグスと鼻をならす彼女に苦笑して、よしよしと頭を撫でてやった。
「その子が探してた女の子? 見つかって良かったね!」
元気な声が聞こえた。環が声のした方へ顔を向けると、緑のジャケットとズボンで身を固めた男の子がニコニコ笑っていた。手には釣竿が握られている。
彼の少し後ろには、金髪の男の子とメガネを掛けた長身の青年が居た。共に少し顔を赤らめて「見せつけてやがって」とか「野暮な事を言うな」などと会話をしながらこちらを見ている。
「あれ? 夢だったんじゃ?」
思ったことがそのまま口に出てしまったらしい。蔵馬は嘆息して「残念ながら夢じゃないようだ」と彼女の疑問に答えた。
環は再び混乱の渦中に追いやられたが、蔵馬は至って冷静だった。既に彼の中では結論が出ているらしい。諦観なのかもしれないが。
「ゴン、クラピカにレオリオも。お陰で連れが見つかりました」
ありがとうと、蔵馬は彼らに礼を述べたあと、環を連れ出した。「もうあまり時間は無い筈だ」と前置きをして、彼女に手短に事情を説明し始めた。
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「私、また死んじゃったのかと思った……」
縁起でも無い事を言い出した環に、蔵馬は取り敢えず彼女の頬を抓っておいた。だが、ふと思い出す。以前、彼女が語った事だ。自分達が居た世界の記憶を有したのは、生まれる前だと言っていた。だから今回もそうかと思ったのだろう。馬鹿な子だ。
「オレがいるよ。一緒に帰ろう」
今度は痛みによる涙を流していた環は、目をパシパシと瞬かせたあと、ようやく笑った。
蔵馬も笑みを見せて、二人は作戦会議を始めた。
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二人の認識は一致していた。ここは、先程の緑の少年がハンターと呼ばれる花形職種の資格を取り、父親を探す物語の世界だ、と。
何のことはない。二人が通っている高校のクラスで回ってきたのだ。割と中のよいクラスだったこともあり、名作漫画と呼ばれるものは、男女問わず巡回される傾向があった。クラス中の手垢が付いた、草臥れたモノが。
それは少年・少女漫画を問わず、『ガ○スの仮面』であったり『ブラッ○・ジャック』であったり『ナ○ト』であったりした。
この話もそうだった。もっとも環の場合「冨○先生の呪い?」などとワケの分からない事を呟いていたが。
ここに来てしまった原因は恐らく帰る方法に繋がるだろう。だが、今は直ぐに帰れなかった時の事を考えて行動する事にした。
つまり。
「……あと何キロでゴールするのかな」
「まだ階段にすら辿り付いていないからね、まだまだだろう」
余計な体力を使うべきではない。二人は口を噤んで黙々とマラソンに勤しむことにした。
ハンター試験の第一次選考は、スタートしたばかりである。