番外)しゅがーらっしゅ
○月×1日 晴れ
今日も現れた。しかし、1時間ほど店の外から中を睨み付けたあと、彼は去っていった。これもいつも通りだ。
○月×3日 曇り
今日は2時間だった。あと一歩踏み出せば入店なのに、どうしてもその一歩が出ないらしい。
○月×5日 雨
今日は流石に雨だから来ないだろうと思っていた。だがふらりと現れた彼は、雨のお陰か中に入るキッカケを掴んだようだ。彼は、ついに。
「いらっしゃいませー!!」
私はとびきりの笑顔を向けた。彼がはじめて姿を現して早一週間。はじめて、そう初めての入店だったからだ。
「お客様、どれになさいますか? 今でしたら全種類取りそろえておりますよ?」
「あ、ああ……」
そういえば、彼が通い出してはじめて全種類が揃っているのではないかと気が付いた。自慢じゃないが、ウチはちょっと名の通った名店で、時々雑誌にも載るから、早い時間から欠品が出ることもザラなのだ。
雨のお陰といえるのかもしれない。もしかしたら、彼はずっと今日を待っていたのかもな、という考えが浮かんだ。
彼は顔を俯けて、ボソボソと何かを言っている。しかし、申し訳ないが、全く聞こえない。店内の雰囲気作りに一役買っているBGMが邪魔をしてしまっていたからだ。
「すみません、お客様。もう一度お願いできますか?」
私がそういうと、彼は益々顔を俯けて、「女が喜びそうなモノを、2、3用意してくれ」と何とか聞こえるくらいの小声で呟いた。
「はい、かしこまりました! では、ご用意させていただきますね」
お客からこのような注文が来るのは珍しいコトではない。やはり、お店の雰囲気からか、男性客には入りにくいものらしいし、詳しくない人だって少なくない。
だから私は当店一番人気のモノと、定番のモノ、そしてコレなら彼も大丈夫じゃないかと思うモノを選んで手早く詰めた。
「お待たせしました。××××円になります!」
会計を済ませ、品物を受け取った彼は、私にも分かるくらいホッとした顔で去っていった。
あんなに逡巡して、それでも頑張って買いにきてくれたんだもの。よっぽど大事な人にあげるに違いない。聞いてみたい気もしたが、私はプロ。お客様の込み入った事情には踏み込みません。
それに。
「ありがとうございました、またご贔屓に」
彼の背中にかけた言葉に、僅かに頷いてくれたのが見えて、私は口角を上げた。