企画 | ナノ
鐘の音


 憎らしいくらい晴れ渡った青空の下に、見飽きた景色が広がっている。小さな窓から目を背けた少女は溜息をついた。今日もアイツが来るかもしれない。そう考えるだけで、鬱々とした気持ちと共に、静かに怒りがこみ上げてくる。


「あの豚野郎……こんなか弱い女の子を監禁しただけでなく、毎回毎回鬱陶しい程ボディーガード引き連れてきやがって……! 一回シメたくらいで情けねー! 男なら根性焼きくらい一人でやりにこいってんだ!!」


 少女が思いの丈を吐き出すと、窓辺に居た小鳥たちが、今は近寄らない方がいい、とばかりに飛び立った。

 一人憤慨するこの少女、名を雪菜という。

 彼女は雪女に分類される、氷女(こおりめ)というれっきとした妖怪なのだが、見た目は普通の少女となんら変わりなかった。

 いや、普通以上の見た目といえるだろう。彼女は絵にかいたような美少女だった。雪のように白い肌に、華奢な体つき。こぼれ落ちそうなばかりに大きく、物憂げな瞳にじっと見つめらると庇護欲を掻き立てられる――そんな容姿をしていた。

 ただしその中身は、


「だからって泣いてなんかやらねーけどな! 女が涙を安売りするか!! ふざけんじゃねー!!」


 少々、というより、かなり気丈な性分だった。いじらしく、可愛らしい外見に反して『お淑やか』という言葉が裸足で逃げ出す程だ。

 余談であるが、彼女を闇ブローカーから買い取った垂金 権造(たるかね ごんぞう)――彼女曰くの豚野郎――が、自ら彼女に涙を流させ、氷泪石という宝石を得ようと――彼女が闇ブローカー(人間)に狙われた理由でもあるのだが――ムリヤリ呪符を押し付けてきたことがあった。

 呪符を押し付けられると、氷女は酷い火傷を負ってしまう。勿論、それを知っての行動だ。そんな最低な行為を、下卑た笑いと共に行おうとする垂金にキレた彼女は、容赦なく彼をシメた。その時に逃げ出せれば良かったのだが、念入りにトドメをさしている間にボディガード達が駆けつけてしまった――というエピソードがある。

 以来、彼女は厳重な檻で飼われる、籠の鳥となってしまった。


「そもそも、なんでアタシが『雪菜』なんだ! タチが悪いにも程がある! アタシの名前は雪菜じゃない! 『メイ』だ! やっとの思いで根暗ババァ共の巣窟から脱出できたってのに、あの豚野郎に監禁されるなんて、アタシの運はどこに行ったんだっ!! だからテレビ一つない氷河の国はイヤだったんだ……昔は朝の占いチェックを欠かした事なんて無かったのに!!」


 活火山のごとく感情を爆発させる彼女の生い立ちについて説明しよう。

 雪菜、もといメイには、生まれた時から生まれる前――つまり、雪菜になる前の記憶があった。更に雪菜という人物が登場する、『原作』と呼ばれる記憶まで持ち合わせていた。

 それは不幸といえた。なぜなら、前世の記憶を持って生まれた彼女は、既に出来上がった人格と、前世の常識をも持ち合わせていたからだ。それによって生まれた国――氷河の国――の習慣や考え方が理解できず、馴染むことも受け入れる事も出来なかった。

 何かにつけて国の者達と反発を繰り返し、殆ど放逐という形で国を出る結果となった。生まれた国で生涯を終える氷女は、外界で生きてゆく術を知らない。普通なら、放逐後の生は絶望的だ。

 しかし、メイにとっては絶望ではなく希望の幕開けだった。国からの脱出は自由への第一歩なのだ。しかも宛てがある。兄だ。

 メイには双子の兄がいた。

 双子を産んだ母は、出産後すぐに死んだと聞かされた。父は、顔はおろか名前すら知らない。それでも唯一残された家族である兄を――産まれてすぐの、満足に発達していない目と耳で、ぼんやりと、共に生まれた兄を認識した。その記憶が、彼女にとってのただ一つの希望であり続けた。


(……アタシは本物の『雪菜』じゃない。だから原作通り、霊界探偵とそのダチが助けに来てくれる保証は無い。だけど、今でも兄貴が生きているのなら……)


 きっと、来てくれる。

 そう信じて、垂金をシメる方法――当面の問題は、いかにボディーガード達を掻い潜るか――を画策するメイであった。


++++


 今日はいつもの時間に垂金が現れなかった。その上、屋敷が騒々しい。更にあり得ないことに、メイを結界――監禁されていた部屋――から連れ出す始末だ。


(なんだ? 何かが起こっている?)


 周りの人間の話に聞き耳を立てて総合した結果、どうやら学生服を着た二人組が暴れているらしい。


(学生服の二人組………………まさか!!)


 真っ先に思い当たったのは、霊界探偵とその友人の存在だ。


(もしかして、助けにきてくれたのか!?)


 期待していなかった原作通りの展開に――忌々しいこの監禁生活に終止符を打てるのかもしれない。期待に胸を膨らませたメイが連れてこられたのは、半球体の形をした闘技場を一瞥できる傍観室だった。垂金は既に居た。

 闘技場では、垂金に雇われたと思われる新しいボディーガード二人と、学生服姿の二人組が闘っていた。


(アイツらがそうなのか? 霊界探偵の名前って何だっけ……そもそも漫喫で一回流し読みしただけだから、よく覚えてないんだよな。確か……ウラメシ、か? 霊界探偵の方は主人公だからなんとなく覚えているが、もう一人はサッパリだ。ここからだと角度が悪くて二人の顔もよく見えないし……。それより兄貴だ兄貴!! 確か兄貴もアイツらと同じ日に来てくれる筈! そこは覚えてるぞ!!)


 長年会いたいと願っていた兄に会える。そう思うと、自然と笑みが漏れた。

 メイが浮かべた笑みを見た垂金は、ここまでの霊界探偵達の快進撃、つまりは垂金にとっての莫大な損失で腹を立てていた分、大いに癪に障った。乱暴に彼女の顎を掴み、闘技場の方へ向かせた。

 闘技場では、ようやく垂金の期待通りの展開を迎えていた。


「よく見ろ! お前を助けようとした愚かな人間の最期を! お前がワシの元から逃(のが)れられる日など永遠に来やしないんだからなっ!!」


 唾を飛ばしながら叫ぶ垂金の言うとおり、メイを救いに来た二人は、ボディガードたちによって地に伏せられていた。メイは垂金を殴りたい衝動に駆られたが、側近二人に腕を掴まれて適わなかった。だが、激しい怒りの感情そのままに、めいいっぱい垂金を睨みつけた。


「化け物が、なんだその目は! お前はお前でいつまで経っても反抗的な態度を改めない! また躾し直す必要があるようだな!!」


 垂金は金切り声を上げてメイを殴った。衝撃でメイの身体が揺れた。


(この豚野郎……!! ふざけやがって!!)


 垂金はその後もメイを殴り続けた。メイで鬱憤晴しをしているのだろうか。メイは「やめて」「助けて」と懇願するどころか、一言も悲鳴を上げなかった。ただ、こみ上げてくる怒りを余すことなく全身に纏わせた。絶対に屈しない、その気持ちで垂金を睨み、浴びせられる暴力に耐え続けた。だが、何度目かの殴打がメイのコメカミをとらえたことで、彼女の意識はフツリと切れた。


++++


(ち……くしょう、あの豚野郎……)


 メイが再び意識を取り戻した時、部屋の片隅で寝かされた状態だった。傷む頭を抱えて、ゆっくり上半身を起こした。


(目が霞む……殴られどころが悪かったのか。あの野郎、女の顔を殴りやがって! 絶対コロス!!)


 怒り心頭のメイがふと顔を上げると、目の前にボンヤリと黒い影が見えた。影は彼女を見下ろしていた。


「あんた、誰だ?」

「……お前を助けにきた霊界探偵の仲間だ。意識が戻ったのならオレはもう行く」


(仲間?)


 ボンヤリとしていた視界が少しずつ回復し、クリアになってゆく。広がった視界が映し出したのは、先程までメイを殴り続けた諸悪の根源――垂金と、その側近達が転がされた姿だった。辛うじて命はあるらしいが、辛うじて、だ。


(もしかして……!!)


 誰がこれを行ったか、瞬時に察しがついた。慌てて先ほどの影を探すと、早くも部屋から出て行こうする後ろ姿を見つけた。メイは思わず叫んだ。


「待って!! ずっと、ずっと会いたかったんだ!! あんたアタシの…」


 全てを言い終わらない内に、黒ずくめの少年――飛影は、姿を消した。


「兄貴……」


 どうやら、彼は兄だと名乗る気がないようだ。


「……上等だ」


(助けられた礼を含めて、きっっっっちり、兄妹の感動の再会を味あわせてやる……!!)


 正直、気落ちするモノはあるが、新たな目標が出来た。メイは力強く拳を握った。闘技場に目をやると、霊界探偵達がボディーガードを倒したところだった。


(これで晴れて自由の身か……。兄貴にも感謝だが、アイツらにも大感謝だな。とりあえず礼を言いに行くか)


++++


 どこからともなく鳴り響く鐘の音が聞こえる気がした。闘技場へ降り、助けに来てくれた二人にお礼を言いに来たはずだったのだが……。


(アタシ、何か変だ……)


 霊界探偵の幽助に促されたメイは、彼の友人の元へ行った。「あいつ頑張ったんだぜ」と言われたメイは、友人の方が怪我が酷いのだと解釈した。少しでも恩を返したい。大した力ではないが、やらないよりは、と彼の怪我を治療するつもりでいた。であるのに、なぜか行動に移せない。足も手も、指の一本すら動かせないでいた。

 彼の――桑原の顔から、目が離せなかった。


(おかしい……殴られたのは顔と頭だけだったのに……なんで動悸が?)


 桑原も頬を赤らめて硬直している。しかし、メイの顔の、ある部分を凝視したかと思ったら、直ぐに泣きそうな顔で謝罪を口にした。

 同じ人間がすまない、と。殴られた際に出来た、痛々しい跡に気が付いたのだ。

 久しぶりに聞く『人間らしい』言葉。それまで意地でもこぼすまいと思っていた涙が一つ二つとメイの頬を滑った。


「こっちこそゴメンな。こんなにボロボロになるまでアタシの為に……」


 零れる涙を止められないメイが礼を述べると、桑原は顔を歪ませた。


「謝るのはこっちの方だ……。こんなヒデー目にあってんだ。許してくれなんて言わねー……」


 桑原は、自分の方がよっぽど酷い怪我であるにも係わらず、メイの傷に痛みを感じているようだ。


「言わねーけど……、けど、人間には気のいい奴もいっぱいいて……オレの周りはバカばっかりだけど……そんな奴らばっかりで。だから……だから、人間全部を嫌いにならないでくれ。……たのむ」


 頭を下げる桑原に、メイは目を細めた。


「……大丈夫だ。人間全部は無理だけど」


 鐘の音が聞こえる。ゆっくりと、垂金に掛けられた見えない鎖が解けてゆくようだ。

 動悸が早まった胸に手を当てた。生まれる前は人間だった。だからとはいえ、そして、負けるまいと意地を張り続けていたとはいえ、ずっと不安だった。


(そっか……自由に、なったんだな……)


 本当はずっと、人間が怖くて、恐ろしかった。――だけど。


「アンタは……いや、アンタが好きだ」


 会えて良かった。そう、心から思った。





















++++


後書き。

初の成り代わり夢を書けて楽しかったです。

成り替わり主が誰でも良いとのお言葉に甘えて、まさかの雪菜ちゃんチョイスでイってみました。受け取って下さると幸いです。

匿名様、リクエストありがとうございました!
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