羅城門
女は死肉を食(は)んでいた。手に持ったしゃれこうべに愛おしそうに口づけを落とし、丁寧に、ねぶるようにこびり付いた肉をそぎ落としてゆく。
黒々として艶のある射干玉の髪は、場違いな程に美しく波打っていた。闇の中にぼうと浮かび上がる白い顔。その中に一際目を引くアカがあった。形のよい唇を真っ赤に染めているのは紅(べに)では無い。
女がこちらの存在に気付いたのか顔を向けた。微笑む女に吊られるように口角を上げる。
「そうやって、ここへ来た男共を喰らっていたのか」
「いやだねぇ、タダでとは言わないよ」
夢のようなひと時を与えてやったさ。みぃんな、幸せそうな顔をしていたよ。女はくつくつと嗤った。
「あんたは狐かい? あたしを祓いに来た陰陽師ではなさそうだ」
「祓いに来たワケではないが、これ以上部下を減らされるのは御免だからな」
女はおや、と目を丸めた。
「銀髪の狐……ひとつ聞くがあんたは盗賊かい?」
「それがどうした」
「それじゃあ、あんたが悪名高い妖狐・蔵馬かい。あたしみたいな小物がお目にかかれるなんて光栄だねぇ」
あんたを呼んじまうなんて、少しばかり派手に遣りすぎたようだと嗤う女に、蔵馬は嘆息した。
「その様子だと、オレの部下はお前の腹の中で間違いなさそうだな」
「血の一滴までありがたく頂いたよ。ここに来た男はみぃんな、ね」
いい栄養になったよ。目を細めて薄い腹を撫でる女に注意を置きながら、蔵馬はそれとなく辺りを見回した。
人間が作った巨大な門のあるこの場は、かつては栄華の象徴とされたが今では見る影も無い。国が傾くに従い、治安は悪化の一途を辿った。既に遺棄されたも同然の此処は、昼でも陰の者が蠢く、まさにあの世とのこの世の境となっていた。
しかも、ここは女の領域だと見て取れる。絡め捕られた部下たちもこの女に魅了され、喰われたようだ。女の力を象徴するかのように積み上げられた幾つもの髑髏が目の端に映った。
「さぁ、あたしはどうされるんだろうねぇ。あんたに宝を差し出せば見逃して貰えるのか。それとも……」
女はすっと立ち上がって、蔵馬の首筋に腕を絡めた。
力のある部下も、頭の回る部下も居た。あの髑髏の山が見えなかったとは思えない。
「オレも喰うつもりか」
「あたしに、負けたらね」
女は蔵馬の装束を肩から滑らせ、胸板に舌を這わせだした。
目を細めると、ザワザワと蔵馬を取り囲み始めた細い糸が僅かな月の光を反射して見えた。
ピンと指で弾くと、警戒したように動きを止めた。
「……男を喰らって己の糧にする、か」
面白いとばかりに蔵馬は女の足を割って強引に持ち上げた。唇が触れ合うかと言う程にぐいと顔を近づけ、妖艶に嗤う。
バランスを崩した女は慌ててしがみ付いた。
白い股を露わにされ、辱的な格好を強いられているだろうに、負けじと口角を上げた。
「それが絡新婦(じょろうぐも)の本分なのさ」